2011年12月17日土曜日

教王護国寺東寺 ー空海の描く地上の宇宙ー

 京都の東寺といえば、新幹線で京都駅を新大阪方面へ向うと、左手に五重塔が見える、あのおなじみのお寺だ。京都を代表する風景として、旅人、いやサラリーマン出張族、単身赴任族に親しまれている。しかし、実際に行ってみるのは、ウン十年前に父の車で連れて行ってもらった「しまい弘法の市」以来だ。

 東寺は平安京遷都の2年後の796年に造営が開始された。平安京の南、大極殿から真南に伸びる朱雀大路の羅城門の東に東寺、西に西寺が建立された。今は西寺は残ってないが,東寺の西に地名が残っている。遷都時の平安京大極殿は今の千本通り、JR二条駅付近にあったそうで、現在の京都御所は江戸時代に公家屋敷街に新たに造営されたものだ。このように後世、全体に京の中心が東によってしまった為、東寺の位置は今の御所の西を南北に走る堀川通のさらに西に位置している事になる。しかし、この東寺こそ、その遺構は平安京オリジナルの位置に存在し、それが現代の寺域となっている点でも貴重だ。

 東寺は天皇/国家が造営する官寺であった。奈良の平城京で言えば東大寺,大官大寺に相当する。当時の官寺は、鎮護国家思想のもと国家経営の根幹に関わる学問や海外文化の受容、消化を進める機関だったとも言える。今で言えば国立大学のようなものだろう。当時、僧侶は知識階級であり、官寺は学位の代わりに戒位を授け、公認の僧侶を世に輩出する機能を担っていた。東大寺や東寺はさしずめ東京大学、京都大学だ。筑紫の観世音寺は九州大学、下野薬師寺は東北大学みたいなものか。ちなみに、興福寺は藤原家創設の私寺だから、早稲田大学、慶応大学か。唐招提寺は海外からやってきたミッショナリー、鑑真創設の非官寺だからさしずめ上智大学か。

 そういう例えの適否はさておき、造営途中の東寺は823年に嵯峨天皇によって空海に下賜される。中国留学から帰ったばかりの空海は真言密教の拠点として、この東寺を教王護国寺(王を教え国を護る)と名乗り、諸堂を整備した。高野山金剛峰寺は修行の場、教王護国寺は信仰の場という、真言宗の二大センターとして、その後の時代を生き続ける事になる。

 東寺は、現代においても、その象徴である五重塔はじめ、金堂、講堂、大師堂(御影堂)、食堂が建ち並ぶ京都でも屈指の大寺院である。その大伽藍の配置自体が、境内に曼荼羅の世界を表現したものだとも言われている。また、その大寺の佇まいは、平城京、奈良の都の大寺の風格を色濃く残している。平安遷都に伴い造営された官寺であるので、平城京の香りを引き継いでいるのだろう。そういう点で,他の京都の寺院とは異なった趣を感じることが出来る。

 しかし、これらの建造物はその後の歴史の流れの中で、焼失や破壊で創建当時のものはほとんど残っていない。それでも五重塔(国宝)は江戸時代初期、徳川家光の寄進によるもので、現存する日本の古塔中最高の塔である。堂々たる金堂(国宝)は豊臣秀頼寄進のもので、桃山時代の代表的建築だ。講堂(重文)は1492年に再建されたもの。このように度重なる再建でも、国宝、重文級の建築物が後世に残されているという事は、いかにその時代の権力者や民衆が、この寺を慕い敬っていたか、という証査でもあろう。

 このように建物群も目を見張る素晴らしさがあるが、東寺を有名にしているのは,講堂の立体曼荼羅(金剛界曼荼羅)であろう。大日如来を中心に居並ぶ五智如来、五菩薩、五大明王、四天王、梵天、帝釈天という二十一体の仏像が壮観だ。奈良の大寺の中心仏は釈迦如来であるが、真言密教の中心仏は大日如来。空海は真言密教を、ただですら難解な世界であるのに、なんとか一部の知識階級だけが観念的に理解出来る世界ではなく、民衆にもわかりやすいようにできないものかと、立体曼荼羅という形で可視化してみせた。この講堂にビジュアル展開した仏の世界は壮観である。空海がこの世に仏教世界、心象宇宙を再現して見せたものだ。なんという宇宙観... 今でも観るものを圧倒するが,当時はいかばかりであった事だろう。

 金堂の薬師三尊(薬師如来、日光菩薩、月光菩薩)とその基壇部にあしらわれた十二神将も、真言密教的な薬師信仰を留めるものとして名高い。その密教世界の姿も魅力的だ。桃山時代の再建であるが、十二神将には奈良時代の香りが残されているという。最後に,食堂にずらりと並べられた焼けこげた天の立像群に心打たれた。幾多の戦乱、火災,災害による破壊にもめげず、再建された金堂、講堂、諸仏の陰に、その災厄の犠牲となった生々しい黒こげの諸仏の姿に、その天の憤怒の形相に、連綿として生き続ける法灯と、それが発するの強い歴史のメッセージを感じる。

  残念ながら,というか,例によって、諸堂内の撮影は禁止されており、立体曼荼羅も撮影出来なかった。しかし,これだけは是非観ていただきたい,という事で、東寺のパンフレットの写真のコピーを添付。したがってスライドショーは、外回りの写真ばかりである事をお断りしておく。


東寺講堂「立体曼荼羅」
東寺パンフレットより










































(撮影機材:Leica M9 Summilux 50mm f.i.4, Ricoh GRX Tri-Elmar 16-18-21mm f.4)