2013年3月23日土曜日

紀州漆器の里 黒江町散策









紀州の黒江町は現在は和歌山県海南市の一部になっているが、紀州漆器(黒江塗)の産地として有名である。石川県の輪島塗、山中塗、福島県の会津塗と並んで、日本三大漆器の一つだそうだ。しかし、意外に知らない人が多いようだ。私の周りの和歌山県人に聞いても「へえ、そうでっか」と言っている。私も正直言って知らなかった。

知っての通り、陶磁器が中国、朝鮮から伝来の技法による工芸であるのに対し、漆器は日本固有の伝統工芸で、江戸時代から明治には盛んに海外へ輸出されていた(そこから漆器を英語でJapan, Japanese Lacquerと呼ぶようになった)。ちなみに、漆は日本でしかとれないそうだ。

とまあ、それくらいの予備知識を仕込んで黒江町を訪ねた。JR紀勢線の黒江駅で下車。山あいの狭い坂道を越えると、右手に大きな酒造会社の酒蔵と古い黒漆喰の堂々とした屋敷が並ぶ。名手酒造店だ。さらに進むと町にはいくつもの漆器問屋や工房が建ち並び、漆器が今でも町の中心的な産業である事が分かる。

黒江という地名の由来は、海の中に牛に似た大きな岩があって,これを黒牛岩といい、辺りの海を黒牛潟、略して黒江と称したのが始まりだとか。三方を山に囲まれ、南は海に面した狭隘な土地である。いまでは海も埋め立てられているが、山あいの狭い路地にぎっしりと家々が建ち並ぶ様子は今も昔も変わっていないようだ。しかし、ごちゃごちゃ雑然とした感じが無く、古民家の集積度も高く、趣のある町並みを形成している。特色は、路地に面してのこぎり型に並んだ家屋。狭い土地に多くの家を建てるために斜めにした、とか、漆器を積み出す時に、軒下に荷積みするスペースを設けた、とかいろいろな説がある。どれがホントかよくわからない。先週行った鈴鹿の関宿にものこぎり状の家並があった。

黒江の町は、このようにユニークな景観を持った町だが、残念ながら重要伝統的建造物群保存地域には指定されていない。したがって、建物の保存状況はそれほどよいとは言えない。建物の補修が進んでいない様子だし、あちこちで立て替えられたり、破壊された古民家があって残念だ。隣が海南市のリゾート地区になっていることもあり、国道の車の通行もかなり激しい。そこから取り残されたような路地に古い町家が集積しているが、何時までこの景観が保存されて行くのか心配だ。

かつて町の中心には5m幅の水路(運河)があり、そこから漆器を全国に船で出荷していたそうだ。昭和の初めに暗渠化されて、今は車も通れる広い道になっている(川端通と呼ばれている)。確かに、歩いてみると集落の狭い小路を抜けると急に広い道が街中を貫いており、少々奇異な感じがした。やっぱり大きな水路の跡だったのか。其の当時の名残だろうか、川端通沿いには大きな漆器商の店や蔵が並んでいる。

其の川端通りを再び一歩外れると、また狭い路地が碁盤の目のように縦横に走る町並みになる。西の浜,南の浜地区には数多くの漆器工房や古くて立派な漆器商の邸宅が並んでいる。その一軒の古民家が、いまは「黒江ぬりもの館」として活用されており、根来塗りの体験や、漆器の販売、喫茶を楽しめる。人々の町の交流の場にもなっているようで、中に入ると、元気な声のオカアさん達が、お茶しながらワイワイ盛り上がっている。畳の間には素晴らしい漆器の数々が陳列されていて目移りしそうだ。ゆっくりと観ていると、ここのご主人が丁寧に根来塗りの由来と、工法の解説をしてくれた。

もともと紀州漆器は、室町時代の紀州渋地椀を起源とし、後に岩出の根来寺で什器として用いられた、黒漆の下地に赤漆を塗った根来漆器がルーツだそうだ。豊臣秀吉の時の根来寺襲撃で、散り散りになった僧侶、根来衆から、その製法が黒江に伝承されたものだという。その後、江戸時代に入り紀州藩の保護育成のもとに発達し、紀州漆器(黒江塗り)として、大坂、京、江戸でもてはやされ,やがては全国に広がっていった。今では蒔絵の技術を駆使した作品など多様な漆器を生産している。

漆器の生産は、紀伊の豊かな木材を削り出して木地を作る木地師と、それに漆をかけて仕上げる塗師の分業制だそうだ。以前、富山の高岡の銅器についても同じような分業があると聞いた。鋳物師と彫金師と営業と。しかし,面白いのは、黒江にはかつては流通業者がおらず、外からの買付業者の手で全国に運ばれたようだ。特に四国の伊予の商人が紀州塗り流通に大きく貢献したという。ここ黒江は根っからの職人達の町であったそうだ。

根来漆器は、黒漆の上に赤漆を塗り、それを磨く事によって、赤色の間から黒地がうっすらと見えるグラデュエーションを楽しむ。なかなか美しい。元々は、あまり塗の技巧を身につけていなかった根来寺の僧侶が塗った椀の赤漆が使っているうちに剥げて,黒の下地見えてしまったのが、かえって趣があるといて喜ばれた事に始まるそうだ。この故事からも理解されるように、元来は日常の生活漆器として愛用されてきたものだ。陶磁器も良いが、漆器には木地の暖かみがあってよい。

古い伝統的な塗を伝承するだけでなく,新しいデザインや技法にも挑戦しているそうで、紀州漆器協同組合の「うるわし館」にはそうした新作が展示されている。その試み一つに、紀州蜜柑の皮を漆で固めて美しく塗った猪口がある。最近の人気作品だと言う。和歌山だから蜜柑、紀州漆器だから漆、二つを合わせたらどうなるんだろうという、ありがちだが、結果奇想天外な発想に驚くとともに、そのユニークなデザインの猪口は完全にアート作品に仕上がっている。実用としてはどうなのだろうか。あまりお酒入れっぱなしにしているとふやけるかも,と店の人は笑っていたが...

「黒江ぬりもの館」の棚に、ひときわ美しい形の根来塗りの盛り鉢があった。赤い衣の下から黒地がうっすらと覗いている。鉢の内側には布を塗り込んでありこれも黒地が格子のように浮き出ている。その盛り鉢が陳列棚から「私を呼んでいる」。思わず目をそらすと、そらした目線の先にはこの鉢にマッチした盆が鎮座している。これも私の方を向いて「手招き」しているではないか。先ほどのご主人に「この盛り鉢と盆の組み合わせは如何?」と問うと、「どうして悪い事があろうか、いやない」と答えるので、ついでに合った塗箸を選んでもらい、とうとう3点をゲットしてしまった。私はどうも最初に良いと思ったものに最後まで惚れる質(たち)のようだ。一目惚れって大事だ。女房もこうして見つけた(余計なことだが)。私の審美眼と目利きは確かだ。

時空を超える価値。タイムレス。プライスレス。




(漆桶に花を生ける。黒江の街角のあちこちにこのようなオブジェが置かれている。)




(古民家を利用した「黒江ぬりもの館」。素敵な作品達が並んでいる。つい買ってしまうことになるのでご用心)




(紀州漆器協同組合「うるわし館」ホームページより)

アクセス:天王寺からはJR阪和線紀州路快速で和歌山まで1時間5分。紀勢線新宮行き乗り換え約15分。黒江駅下車。駅からは徒歩15分程で「黒江ぬりもの館」。または紀勢線海南市駅下車、タクシー5分で「うるわし館」。









































































(撮影機材:Nikon D800E, AF Nikkor 24-120mm)