ついにライカも激戦のミラーレスデジタルカメラ市場に参入した。先日発表されたAPS-Cサイズセンサー搭載、レンズ交換式のライカTだ。5月26日発売開始だそうだ。フジフィルムやソニー、パナソニック、オリンパス、そして老舗のニコンやキャノンまでがこぞって参入し、いよいよ差違化戦略が難しく、またしても価格破壊を起こしつつあるミラーレス市場に、今、打って出る真意はなにか?他とは比べ物にならない魅力的なカメラに仕上がっているのか?
いつものことながら、価格合理性の考え方の少し違う富裕層を狙い、価格に敏感な「消費者」はターゲットにしてない図式が見えている。ライカが狙う市場は他とは違う。それならいっそうのこと奮発してフルサイズCMOSセンサーを搭載すれば良かったのに、と思う。この誰もが思いつく疑問に対するライカ社の答えの中に、Tシリーズが狙う顧客層の姿が見える。すなわち「我々がターゲットにしている顧客はフルサイズだかAPS-Cサイズだかにはこだわらない。美しい写真を美しいカメラで撮る喜びを感じることが出来るか。持つ喜びを感じることが出来るか。これはそういうカメラに仕上がっていると信じている」と。ようはフラッグシップM,Sのようなプロ向けではないが、日本製のようなコスパをいう消費者向けでもない、ということだ。フラッグシップMには少しハードルが高すぎる(価格も、使いこなしも)という層を狙ったライカワールドエントリーモデル、と位置づけているそうだ。Mよりは少しハードルを下げたシリーズ、という設定のようだ。エントリーといっても、そもそものバーは高い。
たしかにM240のようにボディーだけで80万円を超える価格設定に比べれば、かなりのバーゲンプライスかもしれないが、日本製のコストパフォ−マンス抜群のミラーレス機の約2倍の価格設定はいかがであろうか?別売りの交換レンズも結構なお値段だ。そろえるとなると結構なラグジュアリープライス。余程なにか無いと手が出まい。それが「ライカ」ブランドだ、ということなのか?その価格合理性を説明できる価値を訴えられているのだろうか?まだ実機に触ってないので、使用感などは分からないが、各国で行われた発表会/デモでのレポーター、カリスマブロガーたちのコメントは、例によってなかなか高評価のようだ。
アルミブロックから削りだし、手作業で磨きだしたモノコックボディー(ユニボディーと称している。この制作行程を40分に渡り見せる「退屈な」ビデオクリップCMも公開中)とフラッシュサーフィス、iPhoneのようなタッチパネル式の操作性。ストラップやプロテクターケースのようなユニークなアクセサリー群。モノとして魅力的な仕上げになっているようだ。要するにお金持ちの物欲、所有欲をくすぐる魅力は満載のようだ。オレのは人のとは違うんだ、という。これを「ドイツ製」のデジタルカメラだ、と。私の持つ「ドイツ製」の質実剛健な一生モノのイメージとは違う気がするが。かなり日本製のギミック満載に近づいた気がする。しかしデザインでシンプルさを主張しているところはユニークなのかもしれない。アウディデザインチームとのコラボだそうだから、車でいえばカブトムシフォルクスワーゲン、カメラでいえばライカM3といったプロトタイプ型ドイツ製品とは異なった世界を打ち出そうとしているのだろう。あるブロガーは「Appleがデジカメを造るなら多分こういうカメラになっただろう」と。ライカのアップル化?タッチパネルによるカメラの操作性は、撮影現場ではどうなんだろう。
肝心の写りはどうだろう。APS-CサイズCMOSセンサーと画像処理エンジンはX Varioと同じと言うから、特段の進化は無いが、悪くはなさそうだ。発売前のβ機でのサンプル画像を見る限りX Varioの高画質を維持しているように感じる。レンズ固定のXシリーズでは飽き足らない層向けに、レンズ交換式Tシリーズを設定した訳だが、成功するか?このX Vario、きわめて評価のわかれる機材で、ライカラインアップの中でトップセールとはいえないが、そのズームレンズの写りは出色だと思う。ズームレンズに対する私の偏見を見事に打ち砕いてくれた。それゆえにX Varioに対する偏見も打ち砕いてくれた。そのDNAを引き継いであるなら、かなり期待出来るか?それに操作性の向上が図られているならこれはBuyだろう。
同時発売となる別売りの交換標準ズーム、バリオ・エルマーはX Varioでは固定の27−70mm(3.5-6.4)であったが、27-85mm(3.5-5.6)相当とやや使い勝手が向上(?)したようだ。それでもスペックだけ見るとどう見ても「セットレンズ」のそれだ。交換レンズ式となることで、歪曲収差やボケや周辺解像はどうだろう?多分ボディー側で補正するんだろうな。まあ期待したい。今回新しくTマウントを開発して、今後Tレンズラインアップを増やすそうだ。Wetzlarの新工場に新たなラインを新設したというから、小さなカメラカロッツエリアとしてはかなりの設備投資、経営の意気込みを感じる。しかしレンズはドイツライカの設計(設計者Dr. Kalbeだという)、製造は日本(メーカーは不明。パナソニックではない、とのコメントもあるが)である。早速、ネット上では「残念ながら日本製」とか、「This is not made in Germany at all.」とか、ライカ原理主義信者らしい反応が散見されるのが微笑ましい。ドイツの設計、日本の製造、なんて世界最強のレンズじゃないか...てな、合理的な説明では納得しないマニアが顧客なのだから、ライカも大変だ。
ちゃんとMレンズ資産をこのTボディーで活用できる術も用意されている。ライカ社純正のM/Tアダプターがオプションで発売予定だ。APS-Cセンサーなのでやや望遠系になるが、50mmズミクロンが最短撮影距離0.7cmの75mm中望遠になる。ちなみに、私の嫌いな外付けEVFファインダーも売り出される(プラスチック製でGPS機能付きで8万円だって!)。アルミ削りだしの高品位ボディーにマッチするのか? まして、Fujifilm X-Proの内蔵ハイブリッドファインダー(これはスゴイ発明だと思う)に到底太刀打ち出来るとは思えない。
フラッグシップシリーズとは別の系統を設けること自体、一眼レフというフラッグシップを持つニコンやキャノンでもやっているラインアップ戦略で目新しいことではない。ライカもレンジファインダー機Mシリーズでは、従来からのコンサバな顧客の意向を尊重して、あまり大胆なモデルチェンジをせず(せいぜいM240程度)、新たに設けたミラーレスでズームレンズや望遠レンズ、AFなどの可能性を広げ、新たな顧客層を取り込もうとしている。しかし、前述のようにミラーレス市場は飽和状態。そこに今あえて参入する場合の立ち位置。差異化戦略。付加価値訴求。どのように実現するのだろう。
時あたかもライカ100周年。これまではライカはその伝統的なブランド価値を前面に出してきたが、このTシリーズではあらたに、商品の革新性を打ち出してきた。タッチパネル式ユーザインターフェースという... デジタルカメラという技術的には枯れてきてコモディティー化の域に達しようとしている商材で勝負するには余程の「確信・革新」が無いと勝てない。これまでみたいに「ライカはライカであるが故に尊し」とはいかない。デジタルカメラとしての機能に追いつき、追い越せたのか?ライカの提案するイノベーションとは? 新た次の100年のスタートを切れるのか。でもやはり、ニッチ市場を狙っているんだろうな。ライカだから買う。ドイツ製だから買う、という客層を。カメラ市場のパイの拡大に繋がると良いのだが。
(アルミ削り出しのユニボディー。ボタン,スイッチ、十字キーなどがなくてフラッシュサーフィスで美しいデザインだ。一瞬ソニーNEX-7に見えたのは錯覚か?)
(ブラック仕上げ。この方が黒鏡胴レンズとの相性が良いように思うが,手にした質感を早く味わってみたいものだ)
(背面の液晶タッチパネルで操作設定する。iPhoneなどのスマホ利用者には違和感がない操作感だろう。実際の撮影現場での操作性はどうなのだろう?)
製品写真はライカ社のHPからの引用。