2014年11月25日火曜日

なぜライカMにはズームレンズが無いのか? ~ライカMでズーム使いたい人に~

 ライカMにはズームレンズが無い。何故? 「何を今更。そんなのあたりまえだろう。光学レンジファインダー(距離系連動ファインダー)カメラにズームは無理。しかも単焦点レンズの画質を維持できないズームは不要」。そんな自明の問いに答える必要なし的な、ケンモホロロの返事が返ってきそうだ。

 後者は、かなり言い訳っぽく聞こえるが、ライカはとにかくズームレンズを造ってこなかった。かつて存在したライカの一眼レフカメラRシリーズ向けに、ズームのラインアップが用意されていたが、これらは日本のメーカー(シグマ、ミノルタ、京セラ)からのOEM。しかも概して高評価ではなかったようだ。確かに28−70mm標準ズームは歪曲収差もかなりのもので、ちょっと引いてしまう代物。よくライカ社がライカブランドで市場に出すことを認めたなと思う。それくらいライカ社にとってズームはどうでも良かったんだろう。

 ようやく自社製造で本格的なズームレンズを出したのは、コンパクト機X Varioが最初だ(中判一眼レフのSシリーズは別に)。これはなかなか良いレンズだ。デジタルになって収差や周辺光量の補正がボディー側で可能になったこともあり、ライカもようやくやる気になったのだろう。さらにミラーレスカメラであるTシリーズ向けに標準ズームを世に問い、年明けには広角ズーム、望遠ズームをリリースする予定(もっともいずれも日本製だそうだ)。しかし、いずれもMマウントではなく、フルサイズフォーマットでもなく、APS-Cサイズフォーマットでコンパクト、ミラーレス用だ。

 そもそもライカはM用にはズーム出す気はないようだ。いやいやMにはトリエルマーがあるではないか。28、35、50mmと、広角寄りの16、18、21mmの2種類がラインアップされている。しかし、これらはリニアに焦点距離が変化する「ズームレンズ」ではなく、3つの画角を選択する「3焦点レンズ」だ。

 まあ言葉の定義はどうでも良いが、レンジファインダーカメラでは、焦点距離、画角の移動に伴い、フレームがリニアに変化するファインダーなんぞ無理なのだ。この時点でレンジファインダーの限界を認識して方向転換を図る、なんてライカ社でもない。徹底的にレンジファインダーにこだわる。

 そこで1997年にリリースされたトリエルマーは、レンズ側に連動カムによってファインダーのフレームを50mm,35mm,28mmと切り変える機構を搭載した。これはすごいアナログでメカニカルな仕掛けだ。レンズの後部を見るとカムを動かすバネが見えている(壊れない事を祈る)。しかし、どう見ても一眼レフ+高倍率ズーム全盛時代に対抗するための苦肉の策にしか見えない。しかもこの機構だけで大きなコストアップ要因になっているだろう。現にその市場価格は並外れている。あくまでもレンジファインダーに固執するとこうなる。最近の発売になる広角系トリエルマーになると、そもそも内蔵ファインダーの画角外(28mmが限界)なので、そんな複雑な仕掛けは無くなったが、そのかわりとてつもない外付けファインダーを用意した。画角をダイアルで選択する。視差をダイアルで調整する。大きさはちょっとしたコンデジ並み、価格はミラーレス機並み!!M9ボディーに乗っけたその姿は「怪物」だ。とても軽快なスナップシューターとは言えない。ライカMの抱えるジレンマ、矛盾を体現したような様になる?別の見方するとライカ社の、土台はそのままにして「なんとかならんか」と苦闘,工夫するアナログでメカメカした解決策が楽しいともいえる。

 しかし、時代の潮目は変わりつつある、一眼レフですら、ミラーレスの台頭という挑戦を受けている。レンジファインダーで世界チャンピオンになったライカ。その挑戦に一眼レフという答えで打ち勝ち、ライカを抜いて世界チャンピオンになったニコン。そしていま、ミラーレス、ライブビューの登場だ。そう、ライブビューを導入したM Type240では、もはやそのようなレンジファインダーの限界、制約は無くなったはずだが、それでもMレンズにズームのラインアップは考えてないという。マクロレンズの開発や70cmの最短撮影距離を短くする予定もなさそうだ。ライブビューを取り入れてもなお、あくまでもレンジファインダーが主、ライブビューは従。どうしてもズームが欲しけりゃX,Tを買えってことのようだ。そこがライカだ。頑固だ。かつての商業的敗北(と思っているかどうか)を挽回できる絶好の機会が到来したにもかかわらずだ。あくまで自分で出来ることを大事にしつつ、クラウンジュウェルのレンジファインダー方式という「伝統の味」を守って行くつもりのようだ。毎度のコメントだが、「伝統」と「革新」のライカ的両立モデルを見守ってゆこう。



 そうはいっても旅先やスナップにズームは便利だし、デジタルになるとレンズ交換の度にほこりの侵入を気にしなくてはならない。なんと言っても最近のデジイチのズームの性能は格段に良くなっている。「なんとかMでズーム使えないのか」という懲りないライカ異端者の方々に付ける薬として、次の処方箋を:


1)ライカ社純正トリエルマーという手。

① M Tri-Elmar f.4 28,35,50mm ASPH

 M6フィルムカメラ時代の1997年から売り出され,今はディスコンになっている。中古市場でも常に品薄状態。出て来ても価格は新品価格よりもはるかに高いプレミアプライス。前期型(フィルター径55mm)と後期型(フィルター径49mm)があるが、レンズ構成(非球面レンズ2枚)は同じだ。それぞれの画角とも単焦点レンズに負けない高解像度はさすがだが、50mmで逆光ハレーションが出るのが気になる。かなり深いフードが必要だ。


初期型(フィルター径55mm)。
広角側でわずかにタル型の歪曲が認められるのと、50mmでフレアーが出やすく、逆光に弱い。
しかし各焦点距離とも単焦点レンズ並みのきわめて良好な解像度。
f値が4と暗いのと、最短撮影距離が1mであることを我慢すれば、とても便利なスナップシューター。
作例1:
28mmで撮影。少しタル型歪曲があるが,単焦点レンズと遜色ない写りだ。
作例2
50mm 開放F.4で撮影。
最短撮影距離が1mという「老眼」なので寄れない。
またSummicronやSummiluxのようにはボケないが、立体感は出ているし,解像度はなかなかのものだ。
作例3
50mm F.5.6でやや逆光気味に撮影すると結構ハデなハレーションが出る。
推奨フードは24mm用と共通のものだが、もっと深いフードが要る。
しかし,此の場合良い感じの効果を出してくれている。

② M Tri-Elmar f.4 16,18,21mm ASPH

 2006年、デジタル時代になってからの発売だが、M8,9の内蔵ファインダーではカバー出来ないし、ライブビューもなかったので、こんな(写真のような)外付けファインダーを併売している。ファインダーだけでも10万円という超高価レンズ。Type240になってようやくライブビューとEVFが使えるようになり、頻繁に持ち出せるレンズになった。インナーフォーカスや、焦点距離を替えると前群と後群が別々に動くなど、非常に凝った機構を持つ。これだけの広角でも、歪曲や周辺光量が極めて良く補正されており、隅々まで解像度の高い高性能レンズである事に疑問の余地はない。


M9に外付けファインダー載っけるとこのような凄まじい出で立ちになってしまう。
Type240のライブビュー(+EVF)であればすっきりした使い勝手の良い広角レンズとなる。
レンズ自体は歪曲も少なく周辺光量落ちも少ないきわめて優れたレンズだと思う。

作例4:
16mmで撮影。遠近感の強調に良い効果を出してくれる。解像度、諧調も抜群。
周辺光量不足も見られない。これは凄い事だ。驚愕のレンズだ!
作例5
18mmで撮影。狭い室内をパンフォーカスで撮ることが出来る。

作例6
21mmで撮影。素直な画造りが出来る。ライカらしいトーンも好きだ。


2)M Type240に純正RアダプターでR Vario-Elmar 28-70mmを装着するという手。

 このレンズはライカ一眼レフの廉価版R-Eとの組み合わせで1990年発売された。設計はライカ、製造は日本のシグマ。ライカにしては価格も安価である。初期型と後期型がある。初期型はフード内蔵型。しかしこのフードがスコスコですぐ引っ込んでしまうし、ピントリングを回すとレンズ前玉も回転するのでPLフィルターが付けられないなど、造りがしっくり来ない(発注元スペックのせいで、シグマのせいではないと思う)。後期型ではフードはねじ込み式に変更されたが、レンズ前玉は相変わらず回転する。ピントリングの回転トルクは改善され、ルックスもライカらしくなった。しかし、このレンズの難点は歪曲収差。28mmではタル型、70mmでは糸巻き型の歪曲が結構顕著。周辺光量も落ちる。これらを厭わなければ、ライカ純正で固めるこのソリューションは、ライカ正教徒にとっても納得のいく手だろう。はっきり言って、あんまり高い評価のズームレンズとは言えないが。

R Vario-Elmar 28-70 f.3.5-4.5(前期型)
内蔵フードがスコスコ。
撮影中すぐ引っ込むので役に立っていない

R Vario-Elmar 28-70 f.3.5-4.5(後期型)
フードはねじ込み式になった。
ルックスもライカらしくなりMとのバランスも良い。



 3)Mをあきらめ、ライカの他のシリーズを使うという手。

 Mレンズはスッパリ諦めましょう、XシリーズとTシリーズのズームがあるじゃないか、と割り切る手もある。案外合理的なソリューションだ。APS-Cサイズセンサーで、Xはレンズ固定のコンパクト、Tはレンズ交換式のミラーレスであるが、T シリーズも基本はXを踏襲しており、どちらのズームもデジタル時代に相応しい秀逸な出来だ。コンパクトでクセがなく良い結果をもたらすコストパフォーマンスの高い優秀なズームレンズだと思う。単焦点レンズ並みの高画質で3本のレンズを合わせた価格よりは安いのだし。もっともライカにコストパフォーマンスという評価基準は似合わない気もするが。使い勝手についての詳細は以前のブログを参照いただきたい。

① X Vario Vario-Elmar 28-70mm:Leica X Varioの使用感

② T Vario-Elmar 28-80mm:Leica Tの使用感


 最後に非純正Mマウントアダプターで他社ズームレンズを、という手があるが、これではもはや「ライカのズームで撮る」というボトムラインを踏み越えてしまうので、ここでは紹介しないでおこう。

 ここまで書いて、どこぞから「そんなにズーム使いたけりゃ、ライカMに手を出すなよ!」というライカ原理主義者の一喝が聞こえてきそうだ。