2019年5月27日月曜日

河津バガテル公園に春バラを愛でる 〜Jardin de Bagatelle〜






 パリ郊外のブローニュの森にバガテル庭園というバラで有名な庭園がある。毎年6月に国際バラ新種品評会が催される場所としても知られている。元はルイ16世の弟アルトワ伯爵の離宮の一つバガテル城のあった場所で、そこの庭園の一角に作庭されたバラで埋め尽くされた庭園( La Roseraie de Bagatelle)である。と言っても広大なバラ園で1100種、9500株の薔薇があると言われている。現在はパリ市が運営管理しているという。私自身はここを訪ねたことはない。ブローニュの森はパリの西郊外に隣接しており、大都会とは思えない静かな森で、当時は、昼間の散策は良いが夜は立ち入らない方が良いと忠告されたものだ。今はどうなのだろう。この文字通り森閑とした空間にバラで満たされた庭園を作ろうなどと考えたセンスは抜群だ。いや王侯貴族ならではの着想で文字通りエクスクルーシヴでプライベートな空間である。

 伊豆半島の河津のバガテル公園はこのパリのバガテル・バラ公園を忠実に再現したものであるという。2001年にその姉妹園としてオープンした。ロケーションは、伊豆急線の河津駅から車やバスで15分くらいの山の中である。バスは一時間に一本程度しかない。歩くと山道をダラダラと登らねばならない。正直に言ってアクセスは良くない。ご存知のように河津は河津桜で有名なところで、その季節になると川沿いの土手は早咲きの河津桜並木でピンク色に染まり大勢の花見客が訪れる。そんな駅近、観光スポット近くでなくてなぜこんな不便な所を選んだのか。観光施設ならもう少しアクセスの良いところに作っても良かったのではないか。河津駅のまわりにもいくらでもスペースはあるのに、とついつい観光客目線で考えてしまう。しかし、この疑問は、山の中に位置する庭園の真ん中に立ってみるとすぐに氷解した。周りは新緑美しい伊豆の山々に囲まれていて日常的な生活の風景は全く見えない。ここは日常から隔絶された、まさにエクスクルーシヴなスペースなのだ。そうブローニュの森のバガテル庭園のように。いわば借景にまで意を配した異空間を体験できるロケーション設定になっている。3ヘクタールの庭園には1000種類6000株の薔薇が、古風なオランジェリーを中心に幾何学模様のフランス式庭園に咲き誇る。またキオスクという展望台から庭園全体を一望することができる。季節としては春バラが5、6月。初夏が7月。そして秋のバラは10、11月である。なかでも春バラが一番種類が多く、一斉に咲き誇り見事である。秋バラはその香りが素晴らしい。この日は5月の薫風爽やかな、というより全国各地で30度越えるという異常な暑さ、伊豆は多少涼しくて28度という真夏日であったが、青い空と新緑輝く山々に囲まれた異空間での1日。美しく咲き誇る色とりどり、多品種のバラを満喫することができた。

 ここはバラの種類の多さにも驚嘆するがどのバラもこれまた見事な咲きっぷりだ。つるバラをタワーに仕立てたり、連続するアーチを色とりどりのバラで形作ったり人工的な造形がいたるところに現れている。自然な草花とバラを配した英国式庭園とは異なるフランス式庭園の造形技術がふんだんに取り入れられている。キオスクから展望すると幾何学模様の地割ももちろん、この庭園が自然を征服できる人間の力の誇示にすら見える。よく言われるように、自然と共生する、自然の一部である人間、という日本人の思想哲学、自然観とはある意味で対極にある。しかし、それにしてもこれだけの一本一本のバラの花と、全体のバラ園を維持管理するのは容易ではないだろう。この日も観光客に混じって、大勢の庭園師が手入れに余念がなかった。パリ市の公園管理局からの技術指導も受けながら、高度なバラ栽培技術を涵養している。これだけのバラと庭園を温帯モンスーンの日本(すぐに雑草に覆われてしまう)に維持するのには並並ならぬ苦労があろう。そのわりには季節性のある庭園なので、集客時期が限られている。しかも先述のようにアクセスが良いとはいえない。そうなると作庭時の理想の姿が現実の有様と乖離して維持できなくなってゆく。その結果、色々な集客趣向を盛り込んで、どこかテーマが曖昧になり一本通したストーリーが失われてしまいがちだが、最初のバガテル庭園の作庭思想を貫こうと努力しているように感じられる。こうしたこだわりは伝統の日本庭園のそれに通じるものがあるようにも思える。実際に事業としては苦しい状態が続いたのであろう、2001年の開園時の事業運営会社は解散してしまい、2015年からは河津町が運営しているという。なんとか事業継続(business continuity)を応援したいものだ。バラの季節の入園料は大人1000円。それほど高くない。おそらく町の税金で補助しているのだろうか。良いなと思ったら、度々訪れるのが究極の応援だろう。

 フランス絶対王政時代の王侯貴族がお金と時間に糸目をつけず作庭し、維持してきた、全くのプラーベート空間を日本で再現し、しかもパブリックに公開して商業的に成功させるというのは、相矛盾する欲求を同時に実現させる必要があり厳しいものがあるだろう。しかし、それだけにこの庭園を散策しに来る価値がある。ただし、レストランやお土産屋などいろんな観光施設を期待する向きにはお勧めできない。カフェはあるが食事はできない。バラの苗や香水は売っているが「バガテル饅頭」はない。子供向けの着ぐるみゆるキャラもいない。ペット同伴での庭園散策ができるので、多くのペット連れが写真撮影しているのが微笑ましい。子供が楽しめるかはその親と子供次第だろう。ただひたすらこの庭を愛しバラを愛する心でファンになりたい。


玄関
オランジェリー













キオスクから庭園全体が見渡せる









ペット写真撮影が人気


庭園から伊豆の海が展望できる

周囲を新緑の伊豆の山々に囲まれている








オランジェリーの窓から

プチトリアノン的な建物はカフェと休憩施設

(撮影機材: Leica Q2,  Leica CL + Apo-Vario Elmar T 55-135 ASPH. 最新のQ2は画素数4700万画素フルサイズセンサーを誇る高精細デジタルコンパクト。Summilux 28mm f.1.7というレジェンダリー高速レンズを搭載し近接撮影もできる。広角を生かした広いパースの画も、花のクローズアップもカバーできる。望遠が欲しい場面では軽量なCL + 55-135が活躍してくれる。この組み合わせ、結構気に入った!)