2020年3月17日火曜日

クラシックカメラ遍歴(7)スイスの時計部品メーカが作ったテッシナ 〜スパイも愛した超絶技巧カメラ?〜

Tessina

前回はスイスの時計屋さんが作った精密コンパクトカメラ、コンパス(Compus)をご紹介したが、今回は、これと双璧をなすもう一つの精密コンパクトカメラ、テッシナ(Tessina)を取り上げてみたい。イタリアとの国境に近いルガノにあるスイスの時計関連メーカーで、ロレックスなどへ部品供給していたコンカバ社(Concava S.A.)が1957年に売り出した。本機は初期型のTessina Automaic 35mm。このあと改良版のTessina 35, Tessina 35Lが続き、計3タイプが1996年まで製造された。結構な長寿製品と言うことになる。サイズはタバコの箱くらいで極めてコンパクト、かつ精巧で仕上げも美しい超絶技巧カメラだ。フィルムは35mmを専用パトローネに詰め替えて使用する。このパトローネはデュカティ(Ducati)と同じサイズ(内部の軸が異なる)なのでハーフサイズ。フィルム巻き上げはゼンマイ式で、一回の巻き上げで7〜8枚程撮影出来る。レンズは固定式のテシノン(Tessinon) 25mm f.2.8。なんと二眼レフ方式で、ピント合わせは距離計ダイアルを回すと同時に測距レンズが繰り出される本格的なものだ。おそらく世界最小の二眼レフカメラであろう。レンズ前にはスライド式のレンズカバーがあり、屹立式のビューファインダー(ツアイスイコンタの様なアルバダ式)が装備されている。またこのファインダー台座の下にピントグラスが在りピント合わせが出来る。しかしこのピント合わせは極めて見難く、アクセサリーでピントルーペやプリズムファインダーが供給されている。撮影レンズからフィルム面までの光路がユニークでミラーで45°曲げてフィルム面に到達させる。従ってフィルムには画像が反転して投影されるのでプリント時に裏焼きしてさらに反転させる必要が在る。5×5cmサイズのコンパクトなボディーに、シャッター速度設定ダイアル(なんと500,250,125,60,30,15,8,4,2,Bの10速)、絞り設定ダイアル、距離ダイアル、フィルムカウンター、シンクロ設定ダイアル(シンクロ速度1/125を誇る)、フィルム巻き上げ用ゼンマイチャージャー、フィルムリワインドノブ/レバー、交換式ファインダー、アクセサリーシューが精密に実装されている。なんとアクセサリーシューにはセレン式露出計の他に、時計(ジャガー.ルクルトール社製)を装着するオプションもあり、テッシナ本体を腕に装着するためのリストバンドまで用意されている。今で言うウェアラブル端末だが、かなり目立つのでこれをつけて自慢げに歩く人の気が知れない。精密さという点ではコンパスに負けないが使いやすさと言う点ではテッシナの方が有利。

テッシナには超絶技巧カメラというだけでなくスパイカメラという受け止め方もされてきた。スパイ仕様の静音シャターバージョンもある。つまり巻き上げギアーをナイロン製にしたり、ゼンマイ式フィルム送出機構を排して、できるだけ音がしない工夫をした物があるそうだ。実物を見たことはないが諜報機関でも使われたという。実際にあのウオーターゲート事件の時にも登場して名を馳せたことがある。スパイカメラといえばラトビア・リガのミノックス(Minox)が有名である。こちらは8×11mmのミノックス版フィルムを使うマイクロカメラである。しかしスパイにとって潜入先で入手困難な特殊サイズのフィルムより、どこでも手に入る35mmフィルムの方が便利なのと、特殊フィルムを購入することにより足取りを追跡されるリスクを避けたい(すこし話を盛ってる感もあるが)ということから、このテッシナのほうがスパイには人気だった(?)という。しかし、専用カートリッジに詰め替えないといけないので、かえって面倒な気もするが...

この個体はニューヨーク勤務を終えて帰った翌年に、有楽町のDカメラで購入した。アメリカでも人気がありそれなりに出回ったカメラなので、ニューヨークのダウンタウンのAカメラにもそこそこの数出ていたが、程度の良いものが少なかった(別にスパイが酷使して使い捨てた物が多いというわけではなかろうが...)。少なくとも整備された状態ではなかった。どれもジャンクに近い状態でゼンマイが切れたものもあり、他のカメラと一緒に箱にぶん投げられていた。ガラガラと引っ掻き回して安くて程度のマシなやつを探して持ってけという感じだ。そこにはvatue for moneyという経済合理性は働いているが、道具に思い入れを持って愛おしむ心に欠けているようで買う気が出てこなかった。日本人はモノにモノ以上の感情を移入する性質がある。特に丁寧に作られ、歴史を刻んできた「お道具」には、何かしら作り手や、歴代所有者の心とストーリが住み着いていると考える。この超絶技巧カメラ、テッシナがジャンクボックスに放り投げられているのを見るのはいたたまれなかった。東京のDカメラでこのテッシナに出会ったときは、ショーケースの中から「おおい!ここに居るよ」と手招きしていた。目と目があった。一期一会、出会いである。脳内で「有楽町で逢いましょう」のメロディーが流れた。というわけで連れて帰ることになった。


正面
レンズカバーを閉めた状態。
ファインダーも折りたたんでいる状態なのでとてもコンパクト。

正面
ファインダーを立て、レンズカバーを開けた状態。
レンズが互い違いに二個ついていて二眼レフであることがわかる
向かって左がシャッターボタン

後面
アルバダファインダーを覗いて撮影する。
向かって左は絞りダイアル。右は距離計ダイアル。ピント合わせができる。

向かって左から、巻き戻しダイアル、シンクロ接点(シンクロダイアル)、シャッター速度ダイアル、リワインドレバー、そして右がフィルム巻き上げ(ゼンマイチャージダイアル)


フィルム装填は裏蓋を外し、専用カートリッジ(手前)を装着する

ちょっと見難いがレンズ上部にレフレックス鏡が仕込まれている。

同じくスイスの時計メーカーのコンパスとの比較写真

本機のボディーはメタリックだが、黒やカラフルな貼り皮のものもある
左レンズが撮影レンズ、右が測距レンズ


黒皮のケース、フィルムローダーといった付属品の他に、腕時計式のリストバンドやプリズムファインダ、セレン式露出計、はたまた時計まで豊富なオプションが用意されている。
腕に装着!
ちょっとなあ〜