2026年8月22日土曜日

古書を巡る旅(81)アイザック・ウォルトン『釣魚大全』:The Complete Angler by Izaak Walton 〜釣りの手引書はなぜ古典文学作品になったのか?〜


'Complete Angler' edited by John Hawkins in 1815


表紙
Izaak WaltonのIWと、Charles CottonのCCを組み合わせたロゴ

Izaak Walton肖像

共著者Charles Cotton肖像






魚釣りの思い出

私は特に釣り好きというわけではないが、子供の頃は父に連れられて樋井川の河口で、よくハゼ釣りやキス釣りをやった。餌はゴカイで、干潟で見つけることもできたが釣具屋さんに売っていた。最初は気持ち悪くて触るのも嫌だったがだんだん針につけるのも上手くなった。付け方を間違えると餌だけ取られて魚に逃げられる。父に教えてもらってだんだん腕が上がり結構釣れるようになり面白かった。時々、真っ黒なドンポが釣れると、「これは要らん」と逃したものだ。時々は小さなカレイが掛かる事もあった。真夏に糸島の今津橋に釣りに行った時には、父が朝から一日かけて釣り上げた魚がずっしりと入った魚籠を、私は橋から川に落として流してしまった事がある。釣った魚を見ようとしたのだ。父はひどく落胆した。しかしあの時の父は私を叱りもせず、「バッサリやな」と一言。片手で長い釣竿を肩に担ぎ、もう片方の手で私の手を握りながら夕焼けの道をトボトボと帰った。橋の上には二つの麦わら帽子の長い影。あれはまだ私が幼稚園くらいだったと思う。

中学生になると投げ釣りが面白くて、友達と自転車に乗って釣りに出かけた。短めの竿と投げ釣り用のリール、それに浮がついた錘をつけて、針が錘からまっすぐ下に垂れるようにする。防波堤や岩場を避けて遠くに投げる。そろそろとリールで巻いて魚を誘き寄せる。そんなテクニックも覚えた。ちなみに祖父(父の父)はあまり釣りをやらなかったが、父に勧められて樋井川の河口で釣りをしたことがあった。祖父は悠長に一箇所でじっと釣り糸を垂れて気長に待つことのできない性格であった。あちこち場所を変えて動き回る。今そこに居たかと思うと、もう居ない。あっちに居たかと思うと、今度はこっちに居る。祖母がそれを見ていつも笑っていた。「あれじゃ魚がついて来れんわ」。釣りは気長に事がなるのを待つという精神修行に良いと感じたものだ。

大人になって都会生活が長くなり、海や川が遠くなると釣竿を持つ事も無くなった。と、それは言い訳にすぎない。機会はあった。ロンドン郊外のテムズ上流にはマス釣ポイントがあったが行かなかった。ニューヨークのロングアイランド・モントーク沖でマグロのトローリングが仲間内で流行っていたが行った事もない。伊豆の隠れ家は釣りのメッカであるが、あの少年時代以来トント釣りにはご無沙汰だ。私にとって釣りとは、父や祖父との思い出に出てくるハゼ釣りであった。それで良いと思っている。

前触れが長くなったが、今回の古書はアイザック・ウォルトン『釣魚大全』である。釣り人の古典的バイブルである。しかし私は釣り人としてこの本に出会ったわけではない。17世紀イギリス文学作品としての出会いであった。神保町の古書店での出会いである。釣り人の手引書が文学古典となる。その不可思議なズレ感。それが存外ズレでもない事が読み進めるうちに分かってくる。父に連れられて釣りに興じた子供の私は、英国古書に魅せられた老境の私と出会った。これも時空旅である。


アイザック・ウォルトン『釣魚大全』とは?

アイザック・ウォルトン:Izaak Walton (1593-1683)は、17世紀のイギリス・スタッフォード出身でロンドンで商売を手がけ成功した商人である。すなわち新興の都市ジェントリーであった。しかしイギリス革命の影響でロンドンを離れることを余儀なくされ、故郷のスタッフォードシャーへ戻る。そこで、コテッジを買い取り、ささやかな農作業と釣り三昧の毎日を送る。やがて執筆活動に取り組み、のちに伝記作家としても作品を残している。

その故郷の田舎で、ウォルトンは60歳の時に『釣魚大全』The Complete Angler を刊行する。初版を1653年に、以降1676年まで増補、改訂を続けた。途中から彼の友人の息子チャールズ・コットン:Charles Cottonが釣り仲間として加わり、共著者として第2部を追加し、2部構成の書籍となる。釣り人(Piscator)と道連れ(Venator )、鷹匠(Auceps)の三人による、釣りと魚にまつわる対話という形で話が進んでゆく。その会話を通じて、魚の生態や釣りのテクニック、料理法を語り合う。第二部はコットンによって、清流でのマスとカワヒメマスの釣り方について十二章にわたって解説する。またフライフィッシングとフライ(疑似餌)の作り方を解説している。こう説明するとこれは全くの釣りの指南書であるが、それだけではないところが妙である。自然の風景、地域に伝わる伝承や故事来歴、また地元の歌謡、詩歌も登場する。彼の自然観が随所に散りばめられていて、いわば隠遁者の随想作品といった風情に仕上がっている。

ちなみに 文中で魚類の解説をするところでは、フランシス・ベーコンを盛んに引用している。彼のA Natural History(1627)を参考文献とし、正確性を確認しながら書いた様子が窺える。しかし、ベーコンを引用したと言ってもそこには「偉大なる哲学者」の姿も「王権にへつらう大法官」の姿もなく、魚類をつぶさに観察し記録した「科学者」ベーコンの姿が見えるのが面白い。同時代人のウォルトンにとってベーコンは「さかなクン」だった。

イギリスの17世紀という時代はピューリタン革命、王政復古という、政情不安定な時代であった。ウォルトンはその只中にロンドンで商工業者として活躍し成功した。やがて戦乱の中で故郷に戻るのだが、彼の描きだす世界は、そのような騒然とした世相ではなく、ロンドンを離れ故郷のスタッフォードシャーの穏やかで美しい川と魚たち、そしてそれを愛でる人々。紳士の嗜みとしての釣りの世界が、村人達との会話を通じて描かれる。しばし、世俗を超越した桃源郷に遊ぶ、といえば東洋的かもしれないが、そんな隠遁生活の気分にさせてくれる随想集である。

共著者のチャールズ・コットン:Charles Cotton (1630-1687)は革命の混乱を避けてロンドンを去り、Stafordshereに隠棲した詩人で文筆家。モンターニュの『随想録』を英訳したことでも知られる。彼の父はIzaak WaltonやBen Johnson, John Seldan, Sir Henry Wottonなどと交友関係にあった.


革命の時代と隠遁生活「穏やかになることを学べ」

しかし、ウォルトンの作品は、そんな牧歌的なものではなかったと解釈する研究者もいる。確かに、世の中を達観し超越したかのような「隠遁者の境地」的なトーンは、厳しい時代のウォルトンなりの現状批判の反映と見ることが出来る。ピューリタン革命、王政復古という激動の世紀に身を置いたウォルトン自身は、カトリックでもなく、ピューリタンでもない、国教会の保守的なジェントリーであった。政治的には王党派でピューリタンには批判的であった。のちにウォルトンが伝記を書くことになる詩人ジョン・ダンは教会を通じた彼の友人であり、国教会の聖職者であった。しかし、王党派は議会派のクロムウェルによって敗北させられ、国王は処刑される。イギリス史上初めての共和政:Commonwealthが生まれる。国教会はピューリタンのクロムウェルにより解散させられて聖職者は地方に隠棲を余儀なくされた。ウォルトンの名言の一つに「穏やかになることを学べ」:Study to be quietというのがある。これはこうした隠棲を余儀なくさせられた聖職者に共感し、彼らや自分自身に向けて放たれたメッセージではないかと考えられる。また副題のContemplative Man's Recreation:「瞑想する人のためのリクリエーション」は、「釣り」が「瞑想」につながる。瞑想できる人が成果を獲得できる。その「人間の理性に基づく瞑想」が真理に至る道であると、哲学的な暗喩を込めている。アングル(釣り針)はアングリカンチャーチ(国教会)を掛けた暗号ではないかという批評家もいる。ウォルトンは、超保守主義/権威主義のカトリックでもなく、過激なピューリタンでもなく、その中道をゆく国教会の立場をこの書で暗に主張した。イギリス人の保守主義、急進的改革よりも漸変的改革を好む。そうした思想をベースにしたメッセージがこの作品に潜んでいると考えると、この「釣りの手引書」の読み方も変わってくるだろう。我々日本人から見ると、仏教的な「無」の境地とは異なるかもしれないが、乱世を生き抜く中庸な生活とその瞑想:Contemplativeによる達観はどこか禅的である。方丈の庵を結び隠棲した鴨長明は言った。行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」

ちなみにウォルトンはこの他にも幾つかの名言を残している

「魚釣りは奥深い数学のような物だ。誰も完全にはマスターすることはできない」

「芸術家として生まれた者が居ないように、釣り師として生まれた者はいない」

やはり彼は釣りを単なる余暇とは見做していないようだ。「道を極める」修行のプロセスこそRecreation:余暇、いや再生なのだろう。


19世紀のウォルトンブームと『釣魚大全』復刻企画

やがて血生臭い革命が収束し、ウォルトンが亡くなった後には、議会優位の立憲君主制国家が生まれ、植民地アメリカが独立し、隣のフランスで革命が起き、産業革命で社会が激変する時代を経て、19世紀近代合理主義の時代へと場面転換する。確かに急進的ではないがイギリスは大きく変わった。この間しばし忘れられていたウォルトンの『釣魚大全』は、17世紀のロマン主義への回帰の潮流、また自然を尊ぶ「Quality of Life」に憧れる19世紀の「近代人」によって、再び古書棚から取り出され愛されるようになる。

『釣魚大全』初版は1653年の刊行。生前最後の改訂版は1676年である。それ以降、この名作の刊行が長く途切れたが、しかし、1760年に文筆家で音楽史家の教養人サー・ジョン・ホーキンス:Sir John Hawkinsによってこの名著の復刻、改訂が企画される。ホーキンスは、自身の研究成果を取り入れ、アイザック・ウォルトン、共著者のチャールズ・コットンの評伝、肖像画を新たに掲載、本文中には多くの注釈(脚注)を加えて読み手にわかりやすい解説を心がけるなど、原作を実用書としても充実させた。さらに、音楽史家ホーキンスらしく、文中に登場する歌(「釣り人の歌」など)を採譜して楽譜を掲載し、演奏会も開催したほか、著名な挿画家のイラストを導入し、より魅力的な書籍に仕上げた。この復刻が世に出回りブームを呼ぶのは19世紀の初めで、ここに、新しい19世紀版『釣魚全書』が完成した。このホーキンスのフォーマットは人気を生み出し、彼の死後も、その子と、出版社サミュエル・バグスター:Samuel Bagster (1772-1885)によって改訂が続けられウォルトンブームを生み出した。本書は1815年刊行のホーキンス版第8版、バグスター改訂の第2版である。これ以降、19世紀の古典書の復活ブームにも乗って、ジョン・メジャー:John Majorなどにより、美しい装丁、精緻な挿画によるイラスト付きの豪華本、愛蔵版の刊行が続いた。20世紀に入るとアーサー・ラッカムによる豪華な挿画版も刊行されるなど、今も世界中の人々に愛される古典作品となっている。

サミュエル・バグスター:Samuel Bagster (1772~1851), はこの時代の代表的な出版人の一人である。1794年ロンドンのStrandでBagster & Sonを創業。国教会公認の英訳聖書などを出版した。のちにPaternoster Rawに移る。前回紹介した『ベーコン全集』1836年版を出版したWilliam Ballも同じParnoster Rawの出版業者。一帯は19世紀初頭の出版文化の中心で、多くの出版業者が古典書の復刻を中心に競い合っていた。現在でもロンドンの出版、メディアの中心である。この頃は都市部のジェントリー層や学生、知識人向けに、比較的手に入りやすい価格帯の書籍や、愛蔵版の豪華装丁が企画、出版された。


日本における受容

こうして時代を経るに従って、『釣魚大全』は単なる釣り案内ではなく、随想集として文学作品に昇華され、不朽の名作と評価されるようになる。その時間による熟成課程そのものがなんともイギリスらしい。イギリス人の自然、田舎生活、趣味、読書と共に生きる、静謐で精神的に充実したQuality of Lifeへの憧れを体現する作品の代表となっている。しかも先述のように、イギリス人の保守、中庸の精神の表出としても読むことができる。さらには、この作品がイギリス経験論哲学が生んだ自然思想、観察と実証を重視する科学的思考を基盤としていることにも、改めてイギリスの精神文化の奥深さを感じる。日本語翻訳も多く出されており、日本人に愛読者が多いのは、釣り人が多いだけではなく、「釣り」というものに、自然と共に生きる精神と、「達観」し「道を極める」生き方を重ねることができるからではないかと思う。

ちなみに、小泉八雲は彼の東大での英文学講義で、ウォルトンの本書をを自然史文学作品の傑作の一つとしてとして紹介している。しかし「確かに素晴らしいが、結局は釣りの理論書以上のものではない」とも評している。彼のこの論評は自然史文学領域における、18世紀の自然観察作家、ギルバート・ホワイト:Gilbert WhiteのNatural History of Selborneをより高く評価する引き合いにされた感もある。日本人の精神性との共鳴について、八雲はどう評価するのか、ぜひ聞いてみたいものだが。

日本で人気の映画、私の大好きな『釣りバカ日誌』でスーさんが英国紳士の出立で釣りに興じるシーンが出てくるが、これは三國連太郎がウォルトン『釣魚大全』へのレスペクトを込めて衣装選びしたとの逸話が残っている。『釣りバカ日誌』と『釣魚大全』に作品的な繋がりはないし、またウォルトン作品を原作マンガや映画作品に翻案した形跡もないが、三国連太郎のセンスが光る。西田敏行の浜ちゃんこそ、ここでは釣りの師匠であった。相方が自分の会社の社長であっても、釣り人がその立場や社会的身分、年齢を超えて水辺に集い、魚を相手にゆったりと時を過ごす。そして人生を語る。釣りとはそういう余暇:Recreationであることを教えてくれた。二人ともあの世でウォルトンと釣り談義に興じていることだろう。


釣りの舞台リア川地図

ロンドン時代の店舗兼住宅

故郷のスタッフォードシャーに購入したコテッジ

ミルクメイドの歌