ページビューの合計

2016年11月15日火曜日

イサム・ノグチ美術館探訪 〜The Noguchi Museum in Queens, New York〜 

 イサム・ノグチは20世紀のアメリカを代表する日系人彫刻家、総合アーティストである。そのアトリエと美術館がマンハッタンのイーストリバーを隔てた対岸のクイーンズ(ロングアイランドシティー)にある(The Noguchi Museum in New York公式HP)。ニューヨークにいた時、国連本部近くのアパートに住んでいた私は、そこから展望する川向こうにクイーンズ地区の古びた倉庫街、工場街の光景が広がっていたことを覚えている。JFKからマンハッタンに車で入るときに通る渋滞で有名なミッドタウントンネルのクイーンズ側入り口がそこにある。華やかなマンハッタンと荒涼たるクイーンズ。此方岸と彼方岸。いずれにせよ、憧れるような楽しい印象はなく、足を踏み入れて見たいとも思わなかった。そこにイサム・ノグチ美術館があることは知っていたが、そんなこともあって一度も行ったことがなかった。

 孫娘がその美術館の子供向けのクラスに通い始めた、というので娘に連れられて、ようやく行ってみる気になった。案の定、周りは人気のない倉庫街。夜間は絶対歩きたくない雰囲気だ。最近ようやく再開発で忽然とコンドミニアムが建ち始めるようなところである。人気の街アストリアが比較的近いので、悪くないロケーションといえばそうだが、あんまりグリニッチヴィレッジのようなアルチザンな場所という雰囲気でもない。なぜ彼はここをアトリエに選んだのだろう。重い石材を搬入し、重機を使う石像彫刻の工房なのでこうした汗臭いところの方が良かったのだろうか?

 美術館の外見は意外なほど殺風景でコンクリートの建物に小さな入り口が一つあるだけ。そのファサードも美術館という趣ではなく、むしろ周りの倉庫街にマッチした感じだ。しかし、一歩中へ入るとそこは別世界。イサム・ノグチの世界が隅々まで広がっている。その内外のギャップがドラマチックだ。光をいっぱいに採り入れることのできる大きな窓が作品を際立たせている。庭園は緑と彼の石像彫刻とのコラボレーションが心地よい。この日は子供たちの来館者が多くて、庭園で何かキッヅ向けツアーをやっている。うちの孫娘もこうした仲間に入っているのだろう。来館者も引きも切らず訪れてなかなかの盛況だ。マンハッタンの有名どころであるメトロポリタンやMoMaのようなわけにはいかないが、それでも世界中から人が集まっている。みんなどうやってここまで来たのだろう?バスもないし地下鉄だと結構不便なロケーションなのだが。イサム・ノグチに引き寄せられてきた人々にとってそんなことはどうでもいいのだが。


美術館入口!
これが外観!

 
 以下に、美術館の雰囲気といくつかの作品の写真(人が入らないように撮るのが苦労であったが)を掲載しているのでご覧いただきたい。イサム・ノグチの略歴と所感はこの写真集の最後に。





















庭園





 イサム・ノグチは1904年ロサンゼルス生まれの日系アメリカ人。1988年ニューヨークに歿す。彫刻家であり、建築、作庭、公園設計、舞台美術、環境設計、インテリアデザインなど多彩な分野で活躍した。「地球を彫刻した男」と呼ばれているくらい世界中に彼の作品が広がっている。父親は英文学者で詩人の野口米次郎。母親はアメリカ人で小説家のレオニー・ギルモア。ロサンゼルスに生まれ、日本とアメリカの間を行き来して育つ。多彩な人々と交流し、非凡で数奇な人生を送っている。その作品は枚挙にいとまがないほどである。

 1961年にクイーンズ、ロングアイランド・シティーに工房を開き、1985年には同地にイサム・ノグチ庭園美術館を開館する。日本には1969年に屋島と五剣山を背後に控えたロケーション、庵治石の産地である高松牟礼町に石像彫刻のアトリエを開いた。以降、こことクイーンズの工房を行き来して創作活動に勤しんだ。現在はイサム・ノグチ庭園美術館となっている。日系人建築家で家具デザイナーのジョージ・ナカシマとも交流があり、奇しくも同じ牟礼町にジョージ・ナカシマ記念館がある。

 父が日本人で母がアメリカ人、というイサム・ノグチは、その時代の日系米国市民の御多分に洩れず、ルーツが日本人であるというだけで困難な立場に立たされた。さらにいわゆるハーフゆえの日米双方からの微妙な扱いにも悩まされた。戦時中、彼は志願してかの日系人収容所に入ったのだが、日系人からは米国政府のスパイじゃないかと疑念を持たれ、やむなく出所を決断する。すると今度は米国政府からは「敵性外国人」は出所させないという。自由の国、移民の国アメリカの現実を思い知らされた。さらに戦後は、広島の原爆慰霊碑のコンペで提案を求められ応募したが、結果的には「米国人」の案を採用するわけにはいかないとして却下された。その一方、米国大統領の記念碑のコンペでは、「日本人」だからということでやはり却下されたという。国籍や人種を超越した人類の宝にしてこれほどの天才であっても、国家の都合、政治的なコンフリクトの都合で理不尽な扱いを受ける。人類にとっての普遍的な価値や美意識、個人の能力の評価、私人としての平和な日常生活。これらを妨げる「国家のロジック」とは一体なんなのだろうか。今回のニューヨークへの旅は、ちょうど11月8日のElections Dayに重なり、移民排斥やイスラム教徒の入国禁止を主張するような人物が次期米国大統領に選出された。これまで米国が築き上げてきた民主主義や自由主義という価値観を根底から覆しかねない「憎しみ」を前面に打ち出した人物を選んだ米国人。この結果に全世界が驚愕するという歴史的場面に遭遇しただけに、その感を強くせざるを得なかった。



ニューヨークのロックフェラーセンターの建物壁面レリーフの一つはイサム・ノグチの作品。
あまり彼の傾向と異なる作品なのでこれまでそうとは気がつかなかった。