| 知の殿堂「北澤書店」 |
書籍・出版文化の危機、活字離れ、書店の経営危機が叫ばれて久しいが、ここにきて書店業界に新しい潮目が現れているようだ。建て替えを終えた「三省堂書店」の本店開業が大きな話題となっているように、本の街、神田神保町は活気付いている。和書、洋書を問わず多様な専門分野の書店が軒を連ねる世界最大の古書街。130店余がひしめいているという。その神保町での古書店巡りが、海外からのツーリストの東京への来訪目的の一つとなっている。それぞれに特色を持った古書店には外国人ブックハンターが押しかけている。イギリスのTime Out誌で「世界で最もクールな街」に選ばれた。この空前の「神保町」ブームは何を意味しているのか。
日本は、和書、洋書、漢籍を問わず古書/古典書をよく保存し、流通させている国の一つであるとみなされている。イギリス人がシェークスピアやディケンズを求めて神保町にやってくる。フランス人がデカルトやニーチェを探しにやってくる。中国人が杜甫や白楽天を求めてやってくる。それが不思議でないのが神保町だ。浮世絵やジャポニズムだけでなく、日本文学の古典の英訳版が人気である。最近は、漫画やアニメ、映画に加えて日本の新しい文学作品が欧米諸国で人気が出ていることも話題となっている。注目すべきは、こうした「聖地」神保町ブームが、インスタやX、YouTubeなどのSNSによって世界中に拡散している点である。読書離れ、書店や本の衰退が云々されがちだが、神保町を歩いてみると、新しいかたちの書籍ブーム、古書店人気が起きつつあると実感する。
もちろんロンドンにもチャーリングクロス・ロード(あの映画や小説で有名な)やセシル・コートなどの古書街。フリート・ストリートなどの出版、新聞雑誌街がある。周辺にロンドン大学や大英博物館、高等法院などの教育・研究機関が数多いなど、その成り立ちも神保町の書店街と似ている。しかし、その古書店の集積度と多様性は、はるかにロンドンのそれを上回っている。またロンドンの老舗古書店は、最近は店舗をたたみ、郊外に移転するか、オンライショップに変更しているケースが多いと聞く。あの伝説の「Mark's Book Shop」も今はなく、ファーストフード店になっている。神保町でも廃業した古書店もあるが、盛業中の実店舗が130店舗以上も軒を連ねていることにはおどろかされる。これが世界的に注目されて外国人が殺到する理由となっているとしても不思議ではない。
「知の迷宮」を彷徨う
そもそもかつて古書店は、一種、日常から隔絶された別世界であった。ドアを開けて(ほぼ例外なく)静寂で薄暗い店内に一歩足を踏み入れると、足元から天井まで本、本、本。壁という壁は古色蒼然たる本のモロッコ革の背表紙て埋め尽くされている。そう、本の大海に揺蕩う漂流者になる。ここでは時間の流れが止まっている。いや数百年の歴史が重層的に折り重なっている。本の間から滲み出てくる何百年も前の文字が空間を浮遊している。この「知の迷宮」を彷徨う至福の時間。それが古書店探索の魅力だ。これは決してオンライン書店では味わえない。
ロンドンの古書店の中には、どこに何の本があるかわからないようなダンジョンのような本屋が珍しくなかった。ロンドンで古書店通いしたのは、70年代に留学した時と、90年代にロンドン勤務した時なので、もう随分と前のことだ。古書店の建物自体がチャールズ・ディケンズの時代から変わらぬものである。狭い店内に入ると足の踏み場もない。店員はこちらから話しかけない限り近寄ってこない。それでも薄暗い片隅のデスクに佇む店主に聞くと、たちまち目当ての本を取り出してくれる。魔法だ!いや彼の頭の中にはこのランダムに積み上げられた古書のインデックスが保存されていて、たちどころに脳内のサーチエンジンが起動し、検索、取り出しができるのだ。達人技、いや神技である。そして先ほどまでの寡黙さと眼鏡の奥の無愛想な眼は、芝居だったのかと思わせるような饒舌さで語り始める。本への愛が止まらない。こうした人種はロンドンのダンジョンには生息しているが、現代のアマゾンのジャングルではお目にかかれない。
目当ての本などなくても、ただ迷宮をあてもなく漂うのも楽しい。目についた古色蒼然とした革装の本を梯子を頼りに取り出し(周りの本が崩れ落ちないように気をつけながら)、そこに思いもよらない世界を発見することも古書店の醍醐味だ。数百年という「時間の経過」を纏った古書。先人の知恵との出会いに心が震え、自ずと時間の経過にしかるべき敬意を払うようになる。 17世紀イングランドで刊行された本が、本棚から私に向かって目配せするなんてことが他にあろうか。
古書には前の所有者の蔵書票や、サイン、書き込みがあることがある。時には小さな紙切れに記されたメモが入っていることもある。蔵書票によっては、所有者自身も歴史的な人物であったり、著者と深い関わりを持つ人物だったりする。購入した年月日、誰かへの特別なプレゼントを示す署名。文中の下線や、チェックの部分には所有者のその時の心の動きや愛着が読み取れる。なのになぜそんな本を手放したのか、そして、どんな旅路の末に私の手元に届けられたのか。そんな以前の所有者の痕跡にこの本にまつわる物語を嗅ぎ出すことができる。そして私の人生もこの本にしかるべき痕跡を残して未来に引き継がれる。ロマンチックではないか。
製本・装丁(Book binding )の世界
そしてまた、洋古書には蠱惑的な奥深い世界がある。製本と装丁である。本は活版印刷された文字列を記録する紙媒体であるだけではない。モロッコ革装、マーブルボード、天金、金文字、羊皮紙、簾の目紙、背表紙補強(five raised band)、アンカットページ、エッチング挿画。製本技術や装丁が本を工芸品にする。時間という試練に耐えた装丁の書籍の存在にクラクラしてしまう。あるいは、時の経過(aging)により、背表紙が外れボロボロな姿になって書棚に横たわっている古書にも、詫び、寂び、古びといった美を感じることすらある。昔は出版人(Publisher)とは別に、装丁専門のBook binderがいて、書籍の購入者が、アンカットの紙の束を買って、製本・装丁を依頼した時代もあった。活版印刷が普及したとはいえ、本は貴重で高価なもの、誰でも購入して読めたわけではない。詩人が事前に購入予約者を募り、代金を支払ってもらってから出版し、装丁家が買主の注文に応じてデザインを施すこともはやった。詩集の装丁が殊に美しいのはそのせいか。蔵書家が著者への敬意を込めて、あるいは知的資産への愛着を込めて、美麗な装丁を施して大切に所蔵する。これも本の文化の一つである。それを今、古書店で手にすることができる。
今でもイギリスの田舎のマナーハウスを訪ねると、立派な書斎に天井まで高い書庫があり、美しい革装丁の背表紙がずらりと並んでいる光景を見ることがある。特に全巻揃えの古典書全集などは壮観である。本は絵画や彫刻、調度品などと共にその家の品格、教養、趣味といったものを誇示するアイテムである。知性と身分を誇示するステータスシンボルであった。
著者や出版人は表紙に名を残し、後世まで記憶されるが、装丁家は、その名が小さな字で裏表紙にクレジットされていることもあるが、多くは歴史に名を残さない。そんなBook binderという工芸家、職人の見事な「お仕事」を今に残すのも洋古書である。一方で、和綴本に魅せられて、神保町で古書店に群れている外国人コレクターの熱量もわかる気がする。
神保町から見る西洋古典書事情
このように神保町は世界的にもユニークな古書街として賑わっているが、一方で、これまでの大口顧客であった国内の大学図書館や、公共図書館、研究機関からの学術的にも貴重な古典書への引き合いが減少しているという。今やネットで世界中から本を取り寄せることができる時代なので、神保町の古書店に来て本を探す必要も無くなったというわけだ。これが一時期神保町に閑古鳥が鳴くようになった原因の一つだという。もちろん読書離れ、学生すら本を読まないなどの、知的欲求の低下が残念ながらある事も否定できない。しかし、バブル時代に日本が海外で買い集めた貴重な洋古書は日本の古書街に眠っている。今やネット時代。東京の神保町にお宝あり!が世界中にが拡散している。そして円安もあり、欧米のバイヤーや古書コレクターによって買い集められている。すなわち神保町の客層が日本人から外国人に移りつつあるようだ。
かつては日本マネーが海外でアンティークや貴重な古書を買い漁ったものだ。これまでは日本で開催される国際的な古書フェアーは、日本マネーを狙って海外の売り手が殺到したものだ。日本にはそれだけの需要があった。しかし、今は日本に眠る洋古書や和書を買い付ける海外バイヤーや古書マニアが押しかけるようになった。長いデフレと円安で、今や「日本」は海外バイヤーによって買い漁られる国になってしまった。彼らから見れば「爆買い」は、かつての「ジャパンアズナンバーワン」時代に海外流出した「文化財」の買い戻しである。神保町が世界の古書の共有市場(common market)となることは嬉しいが、流出一方では寂しい。国の経済的な衰退が、知的な欲求の衰退、ひいては文化的な衰退につながりかねない。「貧すれば鈍する」だ。
神保町の古書店組合は、こうして蓄積された古典書の、言わば書庫的機能を果たしている。書誌データを記録し、情報発信し、貴重書が散逸したり、価値の毀損が起こらないよう保全する役割を担っている。協同で古書フェアーを開催したりオークションを開催して、歴史的遺産たる古書の適正な取引の仕組みを保持している。そうした地道な活動が世界に評価され、世界的な古書市場としての信頼を獲得しているという。
ある老舗洋古書店の「ビジネスモデルイノベーション」物語
創業120年の老舗「K書店」は、4代続く神保町を代表する英文書籍の殿堂である。かつては多くの文人墨客が集い、大学の研究者、学生にとっては憧れの書店であった。この店に出入りすることが知的なステータスですらあった。戦後、高度経済成長期には店頭での洋古書販売。新刊書販売も併設し全盛時代を迎える。しかし、21世紀に入りネット全盛時代を迎えると、大口の注文が減り、徐々に書店経営受難の時代の波をかぶることに。やむえず店舗縮小し古書専業へ。それでも一時は廃業の危機に。伝統ある老舗の事業継続を維持しようとする経営の苦労は察して余りあるものがある。しかし、ここからが老舗古書店の新たなスタートである。
4代目店主は3代目の娘さんで、大学を出て全く先祖代々の家業たる書店とは無関係な仕事についていたが、実家の危機を目の当たりにして、仕事を辞め家業を継ぐことにしたという。古い商慣行や、付き合いが横行する業界での若い店主デビューは苦労の連続であった。しかし2代目(祖父)、3代目(父)の背中を見て育った。持ち前の才覚はメキメキと発揮され、オンラインショップ開始。さらにディスプレー書の販売と書籍を活用した空間デザインコンサルという新基軸を打ち出す。ネット店舗とリアル店舗をうまく融合させた事業モデルを開発していった。
着想の背景には、売れなくなった古書の存在。大量の廃棄本という社会問題がありこれに着目した。捨てるなんて勿体無い!まずデザインの優れた装丁の本をディスプレー用(ホテルや、インテリアショップ、アパレルショップ、レストラン、バーなど)にセット販売。セッティング受託やディスプレーのコンサルもやる。重厚で整然とした書店内を古書をテーマとした写真撮影の場として提供。これが話題となり多くのメディアで取り上げられ注目を浴びる。「カリスマ店主」からの提案である。
最初は「本を何と心得るか」とか、「老舗も落魄れたものだ」「邪道の古書販売だ」とか、色々批判が殺到したという。しかし、革新には抵抗がつきもの。革新は常に伝統とセット。若い感性と問題意識が洋古書への関心を高め、古典への関心、書籍に囲まれた生活への憧れ、といったライフスタイルが広まっていった。それにまず反応したのが海外の客というのが興味深い。それだけ日本人の読書離れは深刻なのだろう。実店舗は数年前までは閑散としていたが、今では連日外国人客で賑わっている。この言わば「神保町現象」が、古書の魅力を思い出させ、個人の研究者や愛好家などの、いわば古書マニアが戻ってきたのだ。かく言う筆者も明らかにその一人である。
最後に、今どきの「世界の神保町」を象徴するようなエピソードを紹介したい。アメリカの比較文化学の女性研究者は、数年前から神保町を拠点に、古書店でインターンをしながらフィールドスタディーを続けている。そんな彼女は最近、「神保町の沼」にハマってしまったのか、「古書の大海」に飲み込まれたのか、研究対象の古書店の店主とめでたく結ばれ、神保町の「女将」に収まってしまった。なんと、神保町も女性のパワーと感性に活気付いている。ワクワクさせられる。
| KITAZAWA DISPLAY BOOKS |
![]() |
| このディスプレーもオシャレ |
![]() |
| 今や神保町のランドマーク |
![]() |
| 老舗「八木書店」 |
![]() |
| 「一誠堂書店」は建物もクラシック |
![]() |
| 「大久保書店」 |
![]() |
| 「文房堂」書店ではないが |
![]() |
| 浮世絵・版画といえば「大屋書房」 |
![]() |
| 「三省堂書店」新本店開業 |
![]() |
| ロンドン セシル・コート古書店街 |
参考:
84 Charing Cross Road:Marks Bookshop:マークス書店
1986年制作の映画の復活 出演:アンソニー・ホプキンス、アン・バンクロフト
へレーヌ・ハンフ(NYCの作家)、フランク・ドエル(Londonの古書店主)
日本語文庫本『チャリング・クロス街84番地』へレーン・ハンフ編著、江藤淳訳 中公文庫





















.webp)

















































