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2018年7月7日土曜日

根津美術館探訪 〜こんな美術館があったのだ!〜

 
庭園とロビーはガラス壁面で遮られているが、まるシームレスな空間であるかのような効果を演出している。


 根津美術館のことは知っていたが、一度行ってみたいと思いつつなかなか訪れることもなく時間だけが流れた。先週のNHKの日曜美術館で、フランス人美術史家、ソフィー・リチャードが10年かけて日本各地を旅して選んだ「訪ねる価値のある」美術館の紹介番組が放映された。その中にこの根津美術館が選ばれていた。これがきっかけとなって、行ってみようということになった。ここで紹介された「フランス人がときめいた日本の美術館」という本は、英文ガイドブック「THE ART LOVER'S GUIDE TO JAPANESE MUSEUMS」の和訳版である。もともと日本を訪ねようという人々向けの旅行ガイドブックである。日本語版のタイトルがいかにも日本人受けしそうなタイトルに変更されているので、フランス人の美人がときめいた美術館だから行く価値があると言うのか?と天邪鬼を言いたくなるが、本の内容、評価の視点には傾聴に値する点が多いと感じた。ここでは欧米諸国の大美術館とは異なり、日本には小さいけれど珠玉のような、プライベートだが素晴らしいコレクションの、地方にあってもわざわざそのためにだけでも行く価値のある多様で個性的な美術館があることを教えてくれる。日本人にとっても有益なガイドブックだ。

 我々はともすれば、自分たちの文化や芸術の普遍性に気づかないでいることがありがちだ。「国内」で評価されても「国外」では通用しないという内外二元論的評価軸がある。もちろんそういったものもあるが、時としてそこに日本は遅れていて海外が進んでいる、田舎のものは都会に劣る、という自虐的な評価軸が潜んでいる場合がある。もちろん明治の頃のフェノロサや岡倉天心の日本文化の再評価活動、欧州におけるジャポニズムブームによって逆触発されるなどの経験がある。また柳宗悦や濱田庄司、バーナードリーチなどによる民芸運動により地方の生活者の中に美を発見した経験を持つ。しかしいまだに自分たちの持っている美意識や価値観のグローバル性、普遍性に気づいていないことがある。一方で「外国人が見たニホン」というと、これまた最近の流行りの「Cool Japan!」みたいな「美しい日本」「日本は素晴らしい!」的なプロパガンダやマインドコントロールに陥りやすい。これも一種の自虐的評価の裏返しに見えなくもない。そうではなく、美意識や価値観は多様であり、人によって評価は異なる。一律に海外で認められたから素晴らしい、田舎にあるからつまらない、という風にかたずけないで、異なった視点、多様なセンスからの評価に触発されることがある、という点に気づき、それを自分としてどう評価し咀嚼するかするかを考えれば良い。そうすれば新しい発見があるだろう。

 そういう視点での根津美術館巡りは確かにユニークな体験であった。ちょうど「はじめての古美術鑑賞」という企画展があり、漆の装飾と技法について古代中国の作品から近代日本の作品まで、その進化の過程を知り、それぞれの時代における美の煌めきを一堂にするというもの。まさに美の「時空旅」を楽しむ企画である。中国、朝鮮の「唐物漆器」である堆朱、螺鈿、彫漆から、これらを取り込み咀嚼した上で日本独自に発達してきた蒔絵など、まさに「時空を超えた」至極の世界を堪能できる。しかし我々にとっては珍しくないこうした「企画展」をソフィーは賞賛している。企画に応じて展示替えを行う。これが日本の美術館の特色の一つであるという。そういえば海外の美術館にそういったイベントや企画はなかったか。

 また庭園が素晴らしい。緑濃い園内には伝統的な茶室や神社、仏堂まであり、あちこちに石像の古美術が散りばめられている。個人の邸宅を用いた私立美術館ならではである。都心にこんな広大な緑の空間が存在していること自体驚きだが、隈研吾設計のの本館建築がその庭園という空間と展示室ロビーという空間が、一枚の壁面ガラスで隔てられているもののまるで一体化されていて、美術館には禁じ手である外光を建物奥深くまで採り入れる造りとなっている。まさに美術館を作品の「墓場」にしない効果を演出している。美術館エントランスは竹の生垣と白い砂利のアプローチとなっており、まるで都会の現代建築であることを忘れさせ、これから始まる美術館巡りという物語のプロローグを演出している。こうした美術館のしつらえ、佇まいも独特のものであろう。さらに、私も大好きなのは美術館にあるレストランやカフェである。これが美術館巡りにとって重要な要素となる。極端に言えば、これらの良し悪しでその美術館の好き嫌いが決まると言っても良いくらいだ。根津美術館のカフェは圧倒的な緑の海にたゆたうアトリウムだ。それそのものがこの美術館の重要なインスタレーション、構成エレメントになっている。平日にも関わらず混んでいる理由もよくわかる。

 根津美術館は、表参道交差点から明治神宮に反対方向、御幸通りを散策すること6〜7分。両サイドにはブティックやブランドショップ、カフェが並び、正面には六本木ヒルズの建物が遠望できるという、まさにお洒落な街に位置している。現代建築巡りという視点から根津美術館を眺めると、安藤忠雄の表参道ヒルズと双璧をなす隈研吾の美術館本館である。現代日本を代表する二人の建築家の作品を楽しめるそのロケーションセッティングは流行の最先端エリアのそれであるが、一方、古くからの邸宅街という戦前の東京の面影を生かしたセッティング(根津邸と同潤会アパート跡地)という、「時空ミックス」のユニークな空間となっている。

 根津美術館について:
東武鉄道社長などを務めた実業家、初代根津嘉一郎の古美術コレクションを引き継いだ社団法人根津美術館が、1941年に旧邸を改造して開館した私立美術館。国宝、重要文化財を数多く含む日本、東洋古美術約7400点を所蔵する。旧本館は戦災で茶室を含み大部分が焼失したが、戦後増改築を行い再建した。2006年から3年半をかけて大々的な建替を行い新本館が誕生した。設計は隈研吾。竹のエントランスや、庭園からの外光を取り入れて館内ロビーと一体化した自然な景観を創造した素晴らしい建物である。美しく広大な庭園を含む都会のオアシスというにふさわしい素敵な美術館である。


エントランスは竹の生垣と砂利の小道
京都の寺のようなセッティングだ















ロビーから庭園へ
七夕の笹が季節を感じさせる
初夏の樹々の緑が目に眩しい


庭園内には4つの茶室がある











赤とんぼ
青とんぼ
























庭園側から美術館本館を眺める
緑の大海にたゆたうカフェ
再びロビーへ
六本木ヒルズを望む。
次を右折してすぐが根津美術館