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2019年7月22日月曜日

江之浦測候所 〜杉本博司「海景」の原点を訪ねる旅〜


冬至光遥拝隧道から見た結界の向こうの「海景」Seascapes

杉本博司の代表作「海景」Seascapes
杉本博司写真集HPより引用
Odawara Art Foundation Enoura Observatory
produced by Hiroshi Sugimoto


構想10年、建設10年。杉本博司渾身のアートコンプレックス、小田原文化財団 江之浦測候所。とうとう訪ねる機会が巡ってきた。ニューヨークからやってきた写真家でフォトブックプロデューサのVictor Siraが、ぜひ行きたいと言うので、一緒に出かけることにした。これまでも行ってみたいと思いつつなかなか腰を上げない自分に苛立っているところであった。渡りに船。まさに最適の旅の相棒が現れた。

東海道線根府川駅。小田原から真鶴、熱海へと向かう途中にある。相模湾に面した崖の上に位置する。なんだかローカル線の駅のような佇まいの無人駅。江之浦測候所への最寄駅だ。この駅のホームに降り立つと背後には急峻な箱根外輪山を、前には相模湾の水平線を眺めることができる。なるほど彼の代表作の一つ「海景(seascapes)」の心象風景の原点はここにあったのだと気付かされる。あいにくの梅雨の曇り空であったが、むしろこの光が拡散して海と空の境目が混沌としているこの光景こそ心によぎるものがある。これだけでもワクワクする時空のゲートウェーである!

写真家、アンティークディーラー、総合芸術家、そして建築家。杉本博司との出会いは今から15年前のニューヨーク、ジャパンソサエティーギャラリーでの写真展が最初であった。彼の「海景」Seascapesには衝撃を受けた。世界中を旅して大判カメラで切り取った海と空の結界。そのモノトーンの二分割画面に浮き出るそこはかとないグラディエーション。結界が曖昧な混沌の世界もまた不可思議なものであった。彼の心象風景はどこにルーツを有するのかと考えたものだ。その後、2009年大阪国立国際美術館の「ロスト・ジェネレーション」、2016年東京と写真美術館の「歴史の歴史」で日本の古代史に登場する考古学的遺構や、古代史資料、古美術を取り込んだ写真展を度々訪れてその度に感動した。私にとっては入江泰吉の「大和路巡礼」とともに、彼の写真集「歴史の歴史」は今でも古代心象風景写真のバイブルだ。時間と空間と心情という目に見えないものを写真に切り取るという、まるで禅問答のようななかなか到達できない表現域である。

ここ、小田原文化財団 江之浦測候所は、杉本博司が小田原市江之浦の蜜柑畑広がる山を買い取り、自らレイアウトを構想し、建物の設計に携わり、古建築や考古学資料、古材、石材や石造物をキューレートし、作庭を行なった。パンフレットによれば、建築物は我が国の建築様式、工法の各時代の特色を取り入れて日本の建築史を通観するべく再現しているという。造園計画の基本は、平安末期の橘俊綱の「作庭記」の再検証を試みたという。すなわち石を立てるという垂直性を改め、伏せて配置する水平性を布石の原理としたという凝りようだ。また使用する石材は古材を基本とし、数十年をかけて収集された古墳時代から近世までの考古遺物、古材を使用している。このように徹底して時間の流れを可視化できるように意を尽くしている。五億年前の三葉虫化石から現代の最先端光学ガラスまで、時空を超えたアートの集積が、また新たなアート空間を生み出した。現代美術家としての集大成と言っても良いのだろう。ワクワクする時空のワンダーランドだ。

で、なぜ「測候所」なのか?何を測候するのか?なぜ測候するのか? 杉本博司の解説を引用してみよう。


小田原文化財団 江之浦測候所
概説(引用)

アートは人類の精神史において、その時代時代の人間の意識の最先端を提示し続けてきた。
アートは先ず人間の意識の誕生をその洞窟壁画で祝福した。
やがてアートは宗教に神の姿を啓示し、王達にはその権威の象徴を装飾した。
今、時代は成長の臨界点に至り、アートはその表現すべき対象を見失ってしまった。私達に出来ること、それはもう一度人類意識の発生現場に立ち戻って、意識のよってたつ由来を反芻してみる事ではないだろうか。
小田原文化財団「江之浦測候所」はそのような意識のもとに設計された。

悠久の昔、古代人が意識を持ってまずした事は、天空のうちにある自身の場を確認する作業であった。
そしてそれがアートの起源でもあった。
新たなる命が再生される冬至、重要な折り返し点である夏至、通過点である春分と秋分。天空を測候する事にもう一度立ち戻ってみる。そこにこそかすかな未来へと通ずる糸口が開いているように私は思う。

小田原文化財団 ファウンダー
杉本博司


さあ、この不可思議なワンダーランドへ旅立とう!そして自分の場を確認する作業を通じて未来への糸口を見つけよう。まさにこの「測候所」こそ「時空旅」の入り口なのである。そして冬至、夏至に太陽を観測するためにまた来よう。


1)周辺環境:

東海道線根府川駅
真鶴半島

小田原市街地

相模湾との結界



2)夏至光遥拝100メートルギャラリー:


夏至光遥拝100メートルギャラリー
海抜100メートルに長さ100メートルに渡り設計されたギャラリー
無支柱自立式のガラス板37枚で構成されるファサード
杉本の「海景」作品が展示されている。

構造壁は大谷石


円形石舞台

小松石 石組み

先端の12メートルは海に向かって持ち出す展望スペース



ギャラリー展望スペースから望む相模湾
まさに「海景」Seascapesだ



3)冬至光遥拝隧道:

冬至光遥拝隧道入り口

光の井戸

光の井戸





「海景」



4)光学硝子舞台と古代ローマ円形劇場写し観客席:


古代ローマ円形劇場写し観客席

光学ガラスの能舞台


冬至光遥拝隧道が脇を通る

冬至光遥拝隧道の眼下にはみかん畑と相模湾









生命の樹 石彫大理石レリーフ
12〜13世紀のベニス商館のファサードから
古代ローマ円形劇場入り口




根府川石






5)竹林エリア:

国東半島石塔
5億年前の三葉虫化石

蜜柑農家の道具置き場


縄文時代の石棒
御神体としてガラスの神殿に祀られる
磐座
数理模型0010
負の定曲率回転面
反射望遠鏡用光学ガラス基壇



竹林

被曝宝塔
被曝宝塔石仏


竹林の中の化石窟
蜜柑農家道具小屋を再生
蜜柑畑

細身古香庵 石仏群

茶室「雨聴天」と石造鳥居
利休の「待庵」の本歌取り

にじり口には
春夏秋冬の陽光に眩く輝く光学ガラス製の沓脱石が
内山永久寺十三重塔
鎌倉時代
鉄灯篭
桃山時代
鉄宝塔
鎌倉時代
旧奈良屋門(箱根宮ノ下「奈良屋旅館」から移築)
版築工法でできている


明月門
室町時代
鎌倉明月院の正門であったが、
関東大震災や移築後の戦災など幾多の災禍に見舞われたのちこの地で解体修理再建された。


(撮影機材:Leica Q2, Leica CL + Apo Vario Elmar-T 55-135 + Super Vario Elmar-TL 11-23)


(アクセス)
最寄り駅:東海道線根府川駅。そこから連絡バスで約10分。あるいは真鶴駅からタクシーで約10分。
入場は完全予約制。午前午後定員制、入れ替え制。
詳細は下記ウェッブサイトをご参照あれ。