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2023年5月12日金曜日

旧古河庭園に五月の薔薇を愛でる 〜7年ぶりの再訪で発見したもの〜


ジョサイア・コンドル設計の館と庭園

このアングルの方が英国のマナー・ハウスらしい佇まいを見せてくれる



時空トラベラー  The Time Traveler's Photo Essay : 旧古河庭園にバラを愛でる:  五月の薫風、爽やかな晴天のもと、旧古河庭園にバラを愛でる。休日にもかかわらず幸い思ったほどの人出もなく、比較的ゆっくりと庭園散策を楽しむことができた。東京にはこうした庭園が多い。江戸時代から続く大名庭園だけでなく、明治以降、維新の元勲、旧大名家、財界の長老、文化人などの...

と、2016年5月に訪ねて以来、旧古河庭園は7年ぶりの再訪である。毎年バラの季節になるとここのバラ園を思い出し、行ってみようとなるのだが、コロナ禍による3年ほどのブランクもあり、こんなに年月が経ってしまうとは思ってもいなかった。当日は思ったより人出も少なく、ゆっくりとバラを堪能できた。今回は初めて建物内部を見学した。前回は、人気のバラ園しか訪問しなかったので、この邸宅を全体として俯瞰することができなかったと言える。今年、あらためて探訪してみると新しい発見があった。まず、旧古河庭園は東京都、旧古河邸は公益財団法人「大谷美術館」と所有が分かれていることがわかった。今更であるが、今回初めて建物を見学してみてわかったことだ。この敷地全体が、元は古河家第三代当主、古河虎之助の邸宅であったのだが、今では、このコンドル設計の英国風洋館は、同じくコンドル設計の洋風庭園とは独立した施設となっているのだ。ちなみに、入場料金は庭園が150円(シニア割引はその半額、申し訳ないくらいだが...)、建物は400円(シニア割引なし)である。

まあそんなことは単なる無知を曝け出す話にすぎないのだが、今回、庭園を散策し、さらに建物見学をして気がついたことを述べてみよう。建物と洋風庭園は英国出身のジョサイア・コンドルの最晩年の設計になるもので、日本庭園は京都の作庭家、小川治兵衛の手になるものである。これは案内書にも記述されているので既知のことである。

建物は、外観は英国の田舎の丘陵に聳える荘園領主の館、マナー・ハウスを彷彿とさせる重厚な造りである。しかし、建物内部を見学して分かったのだが、一階部分はヴィクトリア様式の書斎や暖炉付きの応接室、撞球室、ガラス張りのテラスがあり、ここから庭園が展望できる。まさに英国マナー・ハウスの佇まいだ。ここは賓客を迎えるためのスペースとなっていたそうだ。しかし、2階へ上がるとそこは和室中心になっており(と言っても和室の見学はできない)、外見からは想像できないインテリアとなっている。面白いのは蔵にも繋がっていることだ。歴史的街並みの景観を保存している「伝建地区」の蔵屋敷を彷彿とさせる構造である。ここでコンドルと古河家に関する展示を見ることができる。ここは生活の場となっていて仏間もあるようだ。このギャップ、階段を登ると英国から日本に時空をワープする感覚だ。この辺りの設計コンセプトは、フランク・ロイド・ライト設計の芦屋のヨドコウ迎賓館(旧山邑邸)にも取り入れられた和洋併存形式だ。「折衷」ではない、「併存」である。明治から戦前の洋風邸宅の一様式と言っても良いのだろう。ちなみに館内の写真撮影は一切禁止であったので写真を掲載できないのが残念だ。。

そしてコンドル設計の庭園である。人気のバラ園である。ここを訪ねる人は大抵このバラを観にくる。そして美しく咲き誇る様々なバラを堪能して帰って行く。しかし、これは、英国マナーハウスに定番のイングリッシュガーデンではなく、フランス式の幾何学的な庭園の様式をとっていることにお気付きだろうか。いわばブローニュの森のバガテル庭園のミニチュア版だ。なぜなのだろう?イングリッシュガーデンの特色の一つは、バラと多種多様な草花で彩られる自然を再現した田舎風の庭である。フランスの幾何学的、人工的に区画された庭園とは異なる。そういう点では日本庭園の思想と共通する点があるのかもしれない。庭園の専門家ではないので軽率なことを言うと怒られるかもしれないが。それはともかく、なぜコンドルは英国風のマナー・ハウスにフランス庭園を配したのだろう。確かに、本場のマナー・ハウスやさらに広大なカントリー・ハウスでも、フランス庭園を広大な敷地の一角に設けている所もある。また日本庭園風のコーナーを設けているところもある。あくまでも主体はイングリッシュガーデンで、邸宅の主人の海外経験や外国趣味の表現として取り入れられているのだ。コンドルは、英国様式の館を設計するにあたって、庭園の仕様についてどのように考えたのだろう。施主の意向であったのだろうか。温帯モンスーンの風土に合わせた「洋風庭園」には、自然を活かすイングリッシュガーデンよりもフランス式の方がよいと判断したのだろうか。さらに、もう一つの庭園は、京都の名作庭家、植治こと小川治兵衛の日本庭園である。こちらは京都の南禅寺界隈の別荘群の庭園(無鄰菴や野村碧雲荘)にも引けを取らない見事な池泉回遊式庭園である。庭園の広さで言うと、人気の洋風庭園(バラ園)よりも圧倒的に広い。ただ、邸宅縁側、いやテラスから鯉に餌をやるといった嗜好は想定されていない。庭園内には茶室があるので、そこが和の接客スペースでありて自然と一体化した和の境地を味わうポイントなのだろう。この「洋館」と「日本庭園」の組み合わせは、意外な調和を醸し出している。ただ、その「洋館」と「日本庭園」の間に「フランス式庭園」が鎮座していることに多少の違和感を感じてしまった。しかもそのバラ園がここの一番人気だということである。コンドルの意見を聞いてみたい気がする。コンドルは日本庭園に関する書籍を著している(下記参考文献)。どのように述べているのか、今度神保町の古書街で本を探して研究してみたい。

このように和洋併存、英仏併存がこの邸宅の特色であるようだ。こうした折衷様式、併存様式は明治から昭和の戦前の日本における富裕層の洋館ブームの中で生まれた様式の一つなのか。これまで訪ねたところでは、東京都庭園美術館の旧朝香宮邸は徹底したフランスのアール・デコ様式である。和の要素はほとんど感じられない。駒場の旧前田公爵邸は英国チューダー様式の洋館と書院造りの和館が別の建物であった。洋館はあくまで伝統的な英国式にこだわっている。また最近、「再開発」で取り壊された大森山王の昭和初期の個人住宅は、全体が木造の日本家屋であったが、応接間部分が洋館の増築となっていた。こうした「洋館」にもさまざまな形式があり、そう思って観察すると面白いものだ。これも日本的な、外来文化の「受容」と「変容」なのであろう。


参考文献:ジョサイア・コンドル著「日本の風景庭園」:Landscape Gardening in Japan, Supplement to Landscape Gardening in Japan



旧古河庭園は東京都立


旧古河邸は(公財)大谷美術館

洋風庭園 バラ園の全景











日本庭園 小川治兵衛の作庭



日本庭園側から見た住宅

このアングルが最も英国マナーハウスらしい佇まい



玄関 英国コテージ様式




(撮影機材:Nikon Z9 + Nikkor Z 24-120/4)