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2018年11月18日日曜日

伊豆奈良本散策 〜高低差200mの隠れ家へ〜



奈良本の鎮守の森「水神社」

相模湾の波濤

 まずはこの二枚の写真をご覧いただきたい。鬱蒼たる鎮守の森と相模湾の荒波。この山里と海を象徴する景観が高低差200m、歩行距離4キロほどの間に並存している。これが我が隠れ家のある伊豆奈良本だ。奈良本は、現在は賀茂郡東伊豆町奈良本となっているが、江戸時代は奈良本村であった。明治の合併(奈良本村、大川村、白田村、片瀬村)で城東(きとう)村となった。その名は「城(しろ)の東」ということではなく「天山の東」からきている。その後、昭和になって隣接する稲取町と合併して現在の東伊豆町となった。そもそも奈良本はその名の通り、飛鳥・奈良時代に大和奈良から移り住んできた人々によって開かれた集落であった。以前にも紹介したように、伊豆は古代より都から遠く離れた遠流の地であった。記録にある最初の流刑者は、大津皇子に連座させられた舎人、トキ道作(箕作:みつくり)であったと言われている。奈良本の南、下田街道沿いには箕作を祀る小さな神社があり、箕作の地名が残っている。彼に代表されるように流刑者と言ってもほとんどが政治的敗者で、みやこの政争に敗れたやんごとなきひとびとであった。その子孫が連綿として受け継いで来たどこか雅で品のある言葉使いや、立ち居振る舞いにこの土地の持つ「鄙には稀な佇まい」を感じることができる。こうした長い歴史を持つ奈良本は、現在は熱川温泉として知られている。江戸時代には熱川と北川(ほっかわ)は奈良本村を構成する集落であったが、今や奈良本という地名よりも熱川の方が認知度が高くなってしまった。熱川温泉は湯量豊富で町中に林立する湯泉井から湯けむりが立ち昇り、川には温泉が惜しげもなく流れ出て湯気を上げている。しかし温泉街はどことなく寂れていていまいち元気がない。海岸沿いの一等地の旅館も、そのいくつかが廃業に追い込まれている。建築物の外壁にはツタが絡まり、取り壊されもせず屹立する無人の巨大コンクリート建造物はまさに廃墟ツアーができそうだ。

 熱川の名の由来は、温泉が、文字通り湯水のごとく流れる川、これを熱川と呼んだことに由来すると言われる。元々は濁川と呼ばれ、上流の奈良本集落の水神社あたりでは現在も濁川と表示されている。古代に奈良から流されてきた人々の末裔がこの濁川の清流(!?)に感謝し、河岸の鎮守の森に水神社を建て都から神を勧請して祀った。しかし、現在の川はあまり綺麗とはいえず、温泉用のパイプが河岸に乱雑に張り巡らされ、川底石がゴロゴロと散乱するおよそ美的センスを感じない河川である。かつては生活排水も流れ込んでいたそうだ。伊豆熱川駅を降りると赤い橋が目に飛び込んでくるが、その下にはいきなりこの温泉パイプラインの管乱(!)風景が。急勾配を下る川なのであまり清流を楽しむ親水公園的なしつらえは難しいのかもしれないが、もう少し整備して、景観に配慮すれば、この地の名の由来ともなっているこの川自体が温泉郷らしい景観を生み出すと思う。残念ながらあまりそのようなことを考える人はいないらしい。

 先述のように、奈良本の魅力は高低差200m、徒歩4キロの間に山の魅力と海の魅力が詰まっている点だ。古代のやんごとなき血筋の流刑者たちの子孫は、この温暖で、穏やかで、明るくて豊かな土地に魅了されたであろう。確かに都からははるけき彼方だが、四国の祖谷谷や九州の椎葉村のような峻険な山谷を分け入り、外界から隔絶された秘境、落人集落という感じはない。しかし、伊豆半島東岸のこの山と海の高低差間を縦に移動するには急な坂や階段を上り下りしなくてはならない。奈良本の里は、天城山の東の山麓斜面に広がる温暖で穏やかな山里である。山里というと谷あいの集落を思い浮かべるかもしれないが、ここは天城山麓の、決して広くはないもののスペースが確保されている土地柄で、いちご、みかん栽培など稲作以外の農耕に適した豊かな農村を形成している。この山里から旧坂を下ると、風景はドラマチックに変わり、海岸沿いに湯けむりの温泉街があり、太平洋の波が打ち寄せる海岸線が連なる。伊豆七島を望む東伊豆海岸の絶景ポイントである。

 奈良本の我が隠れ家の料理は「山家料理」と呼ばれ、猪や鹿肉、わさびなどの山菜、みかん、山桃など豊かな山の幸に、稲取港、北川(ほっかわ)港で水揚げされる新鮮な金目鯛、鯵、マグロ、いか、かに、ウニなどの海の幸が並ぶ。文字通り山海の珍味を、夏は縁側で蚊取り線香とともに、冬は囲炉裏端で真っ赤に燃える炭とともに楽しめる。天城山系と相模湾に挟まれた地形は東伊豆独特のものではあるが、同時に山の幸と海の幸が食卓を飾る日本独特の豊かな食文化がこの密やかな奈良本の里には凝縮されている。


囲炉裏の炭が赤々と輝いている
もうそんな季節だ

山海の珍味が食卓を飾る
囲炉裏端で浮世を忘れる

奈良本の郷土の味「へらへら餅」
自家製の自然薯と胡麻味噌で作る素朴な味

天城山系にも時代の波が
風力発電とリゾートマンション

六地蔵

寄進された狛犬の基壇には「伊豆國城東村奈良本」とある

名残のコスモス

民家は立派な生垣で囲まれている


湯けむりの熱川温泉
伊豆熱川駅前


熱川海岸

波濤の彼方に水平線

下田湾
ペリー艦隊が停泊した、吉田松陰が密航しようとした、伊豆の踊り子が涙した、
それが下田港
(撮影機材:Leica CL, Vario Elmar18-55, Super Vario Elmar 11-14. Leica CL用のズームレンズはなかなか非凡。お手軽なASP-Cフォーマットカメラ用キットレンズを想像するといい意味で期待を裏切られる。軽量で取り回しが良く、しかも金属鏡胴の質感は高品位。写りは高解像で階調も豊か。CLのEVFの見えの良さとあいまって旅には最適のパートナー。さすがLeicaだ。といってもこのズームレンズシリースはすべてMade in Japan.ライカ一神教原理主義者に言わせると異端のレンズなのだ。異端大いに結構!この写りを見よ!)