ページビューの合計

2019年11月6日水曜日

旧安田善助邸「松滴庵」訪問 〜帝都東京の別邸街、大井町にその痕跡を探索する〜

旧安田善助邸茶室「松滴庵」

現在の品川区大井町あたりは、かつては江戸朱引の外。江戸前の海岸べりは東海道品川宿、武蔵野台地の南の外縁部は武蔵国荏原郡大井村であった。大井と言うとすぐに思い浮かべるのが大井競馬場や大井埠頭コンテナヤード、新幹線大井車両基地。しかし、それは戦後の、しかも海岸べりの埋立て地域の話。古くからの海岸段丘の崖をよじ登った台地上は、湧き水があちこちにあり、水神様が祀られ、その湧き水で野菜を洗って江戸へ出荷するという近郊農業を生業とする人々が住む大井村であった。明治に入ると、その大井村界隈には隣の大森山王界隈まで、政官財界の大物の私邸/別邸や、軍人官僚の邸宅が多く設けられ、さながら帝都別邸街の様相を呈していた。現在も高級官僚の公邸(誰も住んでいない国有遊休不動産になっているが)や、大企業の社長私邸、あるいはその跡地に社宅や社員クラブといった風情の住宅が多い地域だ。都心にも近い郊外で、公務を離れてゆっくりと過ごすには最適な地域だったのだろう。中でも、現在の池上通り(大井本通り)の大井三叉付近にあった、伊藤博文の大井別邸が有名であった。一時はニコンの社員クラブに利用されていたようだが、残念ながら14〜5年ほど前に売却されて解体され、なんの変哲もない集合住宅になってしまった。伊藤博文邸の建物は出身地の萩に移築されたが、大井町の自慢の和建築の豪邸であったのにもったいないことをするものだ。このあたりのマンションは、こうしたまとまった敷地を持つ旧邸宅跡に建てられたものが多い。

もう一つが、その旧伊藤博文別邸から池上通りに沿って西へ10分ほど歩いた所にある旧安田邸である。そう言ってもピンとこない人が地元にも多いと思うが、現在の区立の品川歴史館である。ここは安田財閥一族の一人、安田善助の邸宅跡だ。善助は安田財閥の総帥安田善次郎の甥で、傘下の銀行、保険会社、鉄道会社の社長を歴任した。安田財閥といえば、東京大学安田講堂や日比谷公会堂の建物を寄付したことで知られているほか、都内には墨田区の安田庭園(善次郎邸跡)や一族の邸宅がいくつか残されている。この大井邸宅もその一つであった。ここはその後、電通の社長吉田秀雄邸、さらに財団法人「吉田秀雄記念館」となったが、1985年(昭和60年)に品川区に移管されて、品川歴史館として一般公開されている。邸宅は昭和初期に建てられた和風木造建物であったが、現在は鉄筋コンクリート造りの建物となっている。往時を忍ぶ遺構としては庭園と茶室の「松滴庵」が残されている。「松滴庵」は創建当初のままの姿を保っている。当時は茶湯は財界人の嗜みとしてこぞって邸宅に茶室を設け、盛んに茶会を催した。数寄者同士のコミュニティーが形成されてたことも知られている。ここ「松滴庵」にも高橋是清、藤原銀次郎、根津嘉一郎など多くの政財界人が訪れたという。現在は区民に公開されており、茶会を開くこともできる。

邸宅本館は残念ながら取り壊され残っていない。跡地に、先述のように品川歴史館の鉄筋コンクリートの建物が建てられているが、館内一階に旧邸の書院と、庭園に面した縁側の一部が往時の面影を残す遺構として再現されている。庭園は所有者の変遷に伴い改造されてるが、年季を感じさせる桜と紅葉の古木があり、その季節の彩りが楽しみだ。また、風流な水琴窟が庭園に設えられているのが珍しい。これは品川歴史館の建設工事中に庭の中から見つかり復元したものだという。水琴窟は日本庭園に独特の仕掛けで、江戸時代文化文政の頃の庭師が生み出したらしい。一時盛んに作庭に取り入れられたが、やがて忘れられた時期があったようだ。ここの水琴窟はいつ頃に設けられ、いつ頃地中に埋れてしまったのか記録も残っていない。この復元された水琴窟の不思議な音色は何も故事来歴を語ってくれないが、時空を超えた瞑想世界に誘ってくれるようだ。さらに変わったところでは8世紀初期飛鳥時代〜奈良時代初期の竪穴式住居跡が敷地内に見つかっており保存されている。この周辺には竪穴式住居が複数検出された「鹿島谷遺跡」がありその一部だ。大井あたりの台地上には早い時期から人が集まって集落を形成しいていたようだ。そういえばここから池上通に沿って西へ行くと大森貝塚遺跡があり、この一帯は縄文時代から集落が形成され、先史時代から人の生活の痕跡があちこちに見出される地域なのだ。思いがけないところに古代への小さな「時空トンネル」があった。

現在は品川歴史館となっているこの建物と庭園は、池上通りと鹿島谷から旧東海道へ下る通りの交差点角に位置し、鹿島神社、大森貝塚庭園が近い。品川歴史館には、時々の企画展が催されるほか、常設展として明治初期にモース博士が発見、調査した大森貝塚の遺物も多く展示されている。また江戸時代の東海道品川宿のジオラマが展示されていておもしろい。しかし、これだけ旧邸、屋敷の跡があちこちにある大井町や品川界隈のお屋敷街としての歴史については触れられていないのが残念だ。維新後の帝都東京の発展と変遷を辿るのにちょうどいい場所だと思うのだが。品川宿や大森貝塚ばかりが品川ではないのだが。


品川区立品川歴史館

庭園は秋の気配

庭園で発掘された8世紀初頭の竪穴式住居跡が保存されている
「松滴庵」待合
茶室「松滴庵」入り口


光悦寺垣





本館跡には品川歴史館の建物が建っていいる

本館から眺める「松滴庵」

本館沓脱ぎ石
旧邸本館の書院と縁側が一部再現されている

庭園
桜と紅葉の季節は素晴らしい

水琴窟を伴った蹲

左の穴の中に瓶が埋められていて、蹲から水が流れ落ちるたびにえも言われぬ響きを奏でる
風流な仕掛けだ

折しもお隣の鹿島神社の秋祭り
庭園の塀越しに子供神輿が見えた

(撮影機材: Leica CL + Vario Elmar-T 18-55/3.5-5.6 ASPH)