Edmond Malone's Shakspeare 1816 |
(注:現在ではシェークスピアはShakespeareと記述するが、マローンはShakspeareと記述したので、以下これに従う)
収集を始めたきっかけは、北澤書店のネットショッピングサイトで見つけたこと。全巻揃っていたわけではなく、数冊がバラバラに出品されていた。以前からシェークスピア研究者、編纂者として著名なマローンの業績に惹かれていたので、すぐに飛びついた。初版は1816年版、日本では文化13年の刊行という、書籍自体の歴史的な価値にも惹かれた。この頃の書籍はまるで工芸品のような装丁で美しい。何しろ200年以上昔の「文化財」だ。マローンが生きた18世期後半〜19世紀初頭は、日本では江戸時代後半。十返舎一九(「東海道中膝栗毛」)、滝沢馬琴(「南総里見八犬伝」)、山東京伝(浮世絵)、蔦屋重三郎(出版元)、本居宣長(「古事記伝」)、上田秋成(「雨月物語」)などが活躍した、いわゆる「文化文政の文化」の時代だ。また田沼意次の重商主義的な政策から、天明の飢饉を経て(1783−88年)松平定信の質素倹約の寛政の改革。寛政異学の禁などの締め付けが厳しくなって、庶民文化が疲弊した時期でもある。一方でロシア船やイギリス船がしきりに日本近海に出没し通交を求めて、海防論が盛んになり始めた時期でもある。徳川幕府の統治に綻びが出始め、幕末に向けて内憂外患の前奏曲が奏でられ始めた時代だ。一方で、イギリスでは1770年頃には産業革命が始まり、1776年にアメリカ植民地東部13州が独立したものの、アジアではインド支配の拡張など大英帝国の版図が広がった時期である。1789年にはフランス革命が起き、ヨーロッパの激動、大英帝国の伸長の時代である。文芸界では「ロンドンに飽きた者は人生に飽きた者だ」という有名な言葉や、多くの英国流の皮肉に満ちた警句を残したサミュエル・ジョンソン(Samuel Johnson 1709-1784)が活躍した。ジョンソンは1755年、「英語辞書」を編纂。また「シェークスピア全集」の編纂にも取り掛かる。そしてアダム・スミスの「道徳感情論」(1759年)「国富論」(1776年)が出されたイギリスの繁栄の光と陰の時代でもある。。
そんな時代のエドモンド・マローン(Edmond Malone)(1741-1812) はアイルランドの法律家であり歴史家で、シェークスピアの研究家でもある。1741年アイルランドのダブリンに生まれ、トリニティーカレッジで勉強し、その後イングランド、ロンドンのインナーテンプルなどで勉強したのちに弁護士資格を取った。父がアイルランドの国会議員や、判事であったことから、その跡を継ぐことが期待され法律家の道へ進んだが、あまりハッピーではなかったようだ。しかし文学との接点はまだこの時にはなかった。確かに文学者や文壇の大物のイメージが薄い。そうしたこともあってか日本ではそれほど知名度がないし、シェークスピア研究者でも取り上げる人が少ないようだが、イギリスやアメリカではシェークスピア作品の編纂者で作品を体系的に整理し全集を完成させた人物として知られている。先述の英国文壇の大物サミュエル・ジョンソン(Samuel Johnson)との交流を通じてシェークスピア全集編纂にかかわることになり、ジョージ・スティーヴンス(George Steevens)とのジョンソン/スティーブンソン版のシェークスピア全集の編纂事業を引き継ぎ、1790年に新しい研究成果をもとに全集(The Plays and Poems of William Shakspeare)を完成させた。特にシェークスピア作品の発表の順序がこれまで諸説あって曖昧だったのを文献史学的に検証し確定させた功績は大きいと言われている。また当時盛んであったサロン的なシェークスピア論議に対して、編纂者という視点からの作品の研究と整理、評論というアプローチの嚆矢となった。1812年にイングランドのロンドンで死去している
手元の全集 (The Works of William Shakspeare)は1816年(日本では文化13年)にロンドンで出版されたものだ。序文PrefaceにはOctobe 25, 1790 Queen^Anne-Street, Eastとある。マローンがロンドンで死去した1812年の4年後の刊行である。ところが出版社の記述はなく「printed for the proprietors」と記されている。「the proprietors」(所有者)とは誰のことであろう。市販されなかったのだろうか。まさか私家本なのか? ネットで検索しても引っかかってこない。第一巻の巻頭のシェークスピアの肖像プリントは、全く同じものが大英博物館のプリント部門のコレクションにある。1786年のリトグラフだという。これが収められているのにその書籍自体は見つからない。記録としては、先述のように1790年に最初の全集(The Plays and Poems of William Shakspeare)が完成したとされるし、序文でもこの全集に言及しているが、実際の初版本は未確認である。そののち版を重ねて何回か出版されているが、マローン自身が編纂したものと考えられる(The Works of Shakspeare)をネットで英米の図書館、大学の蔵書を検索してみたが、1860年代に出版されたものがあるが、それ以前のものは見つからなかった。どうも1816年のこの全集が現存するマローン版としては最も古いものなのか。この全集の氏素性を書誌学の専門家に聞いてみる必要がありそうだ。この第1巻はほとんどのページが序文で占められている。まずマローン自身の1790年の日付の序文に始まり、サミュエル・ジョンソン、ポープ、スティーヴンスや他の研究者の「序文」の引用で飾られている。これらの中で自らのシェークスピアに関する所感、作品のクロノロジーなどが脚注を交えて詳細に記述されている。また第2巻は英国の演劇、劇場に関する歴史について全紙幅を費やしている(グローブ座や俳優のイラストが挿入されている)。これらの解説には膨大な数の脚注がつけられており、彼の実証的研究姿勢が感じられる。実際の作品が紹介されるのは第3巻以降である。この全集が単なるシェークスピア作品集ではなく、ドクター・ジョンソン、スティーヴンスや他の先人たちの輝かしい成果の集大成の上に、彼独自の最新の研究成果による修正と補筆を加えた研究書、評論集としての性格がよく現れている。古来謎の多いシェークスピアの作品を整理、確定したまさに彼の生涯をかけた著作集と言っても良い。1812年の彼の死後も、1816年のこの版を含めて改訂版が出版されているが、「ジョンソン伝」を表したジェームス・ボズウェルの息子ジェームス・ボズウェル2世がこれを引き継いだとする研究もある。しかし少なくともこの1816年版にボズウェルの名は出てこない。
この全集そのものは手にとってみるとやはり出版から200年以上を経ている分、あちこちが痛んでいるし、印刷が薄れたり、帳合がずれていたり、シミが出るなどで、かなり古色蒼然たる佇まいである。しかし革装の美しい本である。何よりもマローンの研究者としての成果が凝縮した書籍である。このようなシェークスピア全集は貴重で、こうした出会いを大切にしたいと思っている。工芸品と言っても良いような佇まいの革装の全集は本棚でその存在感を遺憾なく発揮してくれている。おそらくコンプリートセットの全集だと、とても高価で手が出ないと思うが、幸いに、というか不幸にもというか、巷に散逸してバラバラになってしまっていたようだ。こうして一冊二冊と見つけるたびに揃えていけば安価で、しかもコレクションのプロセスが楽しい。もっとも全巻揃うかは全く保証の限りではないし根気もいる。現にこれもまだ第8巻が欠けている。ボチボチ拾って回るのが面白いとも言える。最後の一巻が見つかるのはいつのことかわからないが、気長に探すことにしよう。北澤書店には引き続き探してもらっている。
(8月21日追記:本日、北澤書店より探していた本が見つかった、とのことで、最後の第8巻が送られてきた。これで想定していたよりも早く全16巻揃い踏みとなった。なんとまあ!感動である!さすが洋古書の専門店ネットワーク、サーチ力とカスタマーサービスに感嘆する。多謝、多謝!)
最後の一冊が! |
Edmond Malone 1741-1812 London National Portrait Gallery所蔵 |
第1巻巻頭 |
革装の美しい背表紙 もう工芸品と言って良い |
全16巻であるがまだ第8巻が抜けている |
William Shakspeare(1564〜1616)肖像 1786 |
The Globe Theatre |