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2020年8月14日金曜日

古書を巡る旅(3)〜ひさびさの神保町古書店徘徊〜

革装丁の古書は工芸品としての美しさがある
今回入手した「Glimpses of Unfamiliar Japan」Lafcadio Hearn
(上の2冊)


ネットショッピング全盛のこのご時世。ご多分に漏れず神田神保町の古書店街も大きな影響を受けているに違いない。Aマゾンなどというバーチャルショッピングモールの隆盛で本屋が店じまいするケースも出てきて本屋探訪の楽しみを奪われたと嘆く人も多い。と言いつつもネットショッピングを便利にも使っているが... そこへコロナパンデミック騒ぎ。緊急事態宣言は解除になったとはいえ、東京はこれまでにない感染者の増加で、人々は不要不急の外出は控えるようになっている。そんななか久しぶりに神保町へ行ってみた。神保町交差点の岩波書店を中心に昔ながらの古書店が軒を連ねている。主に古書店は靖国通りの北側に並んでいる。これは南向きだと書籍に陽が当たり「焼ける」からだと言う。なるほどそういえばそうだ。合理的な立地選択だ。それにしてもこれほどの書店が集積している街は世界のどこを探してもないだろう。夏目漱石が探訪し、私も徘徊したロンドンのチャーリングクロスやセシルコートも素敵な古書店街だがこれほどの規模ではない。ニューヨークには大型書店はあるが古書店街は見当たらない。北京には素晴らしい文房具街があるが古書店街はなかったように思う。ここは駿河台、一橋の大学街との共生がその起源であるという。出版、印刷が加わり独自のエコシステムを構成している。この歴史を見ると昔の学生はよく本を読んだものだとわかる。それ以降の時代、学生運動が一段落した頃には、神田神保町はスキーなどのスポーツ用品店やギターなどの楽器店が増えた。これも学生の意識や生活スタイルの傾向に合わせた動きであった。勉強よりも遊びと趣味。

ともあれ、やはり神保町は世界に冠たる書店街だ。このご時世であるから比較的人出は少ないものの、本好き、古書好きにとって「聖地巡礼」は欠かせないルーチンだから全く人影が途絶えることはない。国内外の文化財級の古文書、書籍、プリントなどの宝庫であり、かつ日常的な読書需要を満たす豊富で安価な古書を扱い続けている。日本人の知的好奇心と文化的成熟度を体現する街といって良い。イスラム教の聖地メッカでさえソーシャルディスタンスをとって巡礼を行なっているくらいだから、神田神保町巡礼の火は消えていない。こんな困難な時期だが閉店してしまった店はなさそうだ。後述のように内情は火の車だが。

今回のお目当ては神保町で100年以上の歴史を誇る洋古書専門の「北沢書店」。いつもオンラインでお世話になっているが、今回は初めて入店。そこはアッと息を飲む「洋古書の大海」、あるいは書林という言葉がぴったりの「深い森」だ。そう「知のラビリンス」。店内の佇まいも、ロンドンの「古書店」のようなお宝がどこに潜んでいるか分からないようなダンジョン的雰囲気ではなく、整然としている。探検するワクワク感は薄いものの、品格と知性を感じる。客は少なく私を入れて二人だけ。まずはラフカディオ・ハーンの「Glimpses of Unfamiliar Japan」を探す。彼が日本について最初に書いた本だ。初めて松江についた最初の宿での日本の印象。翌朝の松江大橋を渡る人々の下駄の音で目が覚める。あの印象的なフレーズが登場する本だ。その後の松江時代、熊本時代の著作は我が家の蔵書として並んでいるのだが、これだけは今まで手に入らなかった。日本関係の書籍も多い。エドワード・モースの「Japan Day by Day」が目についた。イザベラ・バードの「Unbeaten Track of Japan」もしっかりある。定番のはずのハーンのものが見つけ出せず年配の店主に聞いた。すぐに「ハーンはあちこちに散らばってますのでご案内します」として4箇所ばかり教えてくれた。日本関係書コーナー、英文学書コーナー、初版本ばかりの稀覯書コーナー、そしてハーン研究者の著作コーナー。なるほどすごいコレクションだ。さすが店主はその在り処をたちどころに教えてくれる。それでも店主は「以前はハーンはもっと人気があり研究者も多くて、注文もたくさん来たので世界中から取り寄せていたが、最近は減りました」と言っていた。探していた「Glimpses ...」も最近は初版本が入らないし、注文もないので在庫はないとのこと。その代わり日本の雄松堂が1981年に復刻したFacsimile版(300部限定)で程度の良いものがあったので購入した。ハーンはその時々で人気が復活したり、下火になったりの繰り返しだそうだ。人気の理由はテレビで見た、とか雑誌で取り上げられていた、とか素人受けしやすい理由のようだ。私のような研究者でもない素人が話題になると探すのだろうか。その他にもシェークスピア関係、ディケンズや英文学関連の古書は当然ながら豊富だ。珍しいものでは19世期スコットランドのセントアンドリュース大学の神学者John Tullochの美しい革装丁の本もあった。大学時代の法哲学講義で名前だけは聞いたことがある。ウン十年ぶりの再会である。こうした思いがけない出会いがまた楽しい。ここはやはり人文科学系の古書が中心と見える。一日居ても飽きない空間だ。この古書の大海に揺蕩いながら日がな一日過ごすのも悪くない。

先述のように、北沢書店は、他の神保町の書店と同様、最近は来店数が減り、大学研究者もネット検索で調べるので、来店して実際に手に取ってみたり、注文する人が減っているそうだ。しかも、在庫が掃けず、流通もしないので大きな声ではいえないが廃棄せざるを得ない書籍があるような状況になっているとも言う。なんともったいない!そこで、4代目の若店主が、オンラインショップを10年ほど以前から開始した。しかも売れなくて長く在庫となっている古書を処分するのはもったいないとして、装丁の美しい古書や、全集としてそろわない古書、デザインの美しいプリント/古写真/ポストカードを中心にDisplay Booksとして新しい活用法をネットを通じて提案した。良い着眼だと思う。特にヨーロッパの革装バインディングの書籍は、それ自体がいわば美術品、工芸品と言っても良い美しさがある。これを入手しやすい価格で提供する。これが反響を呼び(NHKや多くのメディアでも取り上げられた)インテリア業界や、店舗ディスプレーデザイナー、ギャラリー、あるいは個人の蔵書家から注文が入るようになったと言う。私もその一人だが、まるで古書ハンティングの常識が変わる新しい体験である。「オンライン古書店」という一見バーチャルとリアルの対極にあって合い入れないようなコンセプトの店と言うのがまた楽しい。見やすくレイアウトされたサイトで美しい装丁の古書を見ているだけでも楽しめる。しかもこれまで馴染みのなかった著者の本をこのサイトで知る機会にもなっている。もちろんここでブラウズして買うこともできるし、神保町のリアル店へ行って実際に手に取ってみることもできる。こうしたネット上のバーチャル店舗と神保町のリアル店舗が相まって独特の古書ハンティングワールドを創出している。とはいえやはり書店のあの独特の古書の匂いと、その場の雰囲気と人生を咀嚼し身に付けているような風貌の店主、静寂、背表紙をプラウズしてゆく楽しみ、その中からお目当ての本を探し出した時の「達成感」。これも大事にしたい。したがってできるだけ足を運ぶのが良い。しかし最近は古書店受難の時代である。ロンドンのシティーにあったあの古書店も、ニューヨークのマディソン街で見つけたあの古書店も、今は実店舗を閉め、あるいは郊外へ移転し、オンライン中心になっている。良い場所での実店舗維持はなかなか大変なようだ。しかし、神保町という伝統の古書街でこそ頑張ってほしい。そのためにはもっと利用しなくてはいけない。100年の伝統の老舗「北沢書店」をなくしてはならないし、世界でも稀有な規模を誇る古書店街をなくしてはならない。書店の側もこれからもオンラインを敵視せず、上手に併用して新しい世界を提案してほしい。

しかし、こうして新しい提案で新機軸に果敢に挑戦する若い店主がいると、必ずこれにケチをつける人間が現れる。「本をなんと心得る」といった上から目線の「あるべき論」から、「ええかっこするな」というやっかみ論まで。ツイッター上で同書店を誹謗中傷する輩が現れ、これに反論するツイートとが入り乱れてが本題そっちのけの感情的バトル状態になっているようだ。特にマスコミで話題になると決まって、匿名で罵詈雑言を浴びせ始める輩が登場する。悲しい人達だ。いちいち反応せずに無視するのが一番だが、傍若無人に延々と書き込まれてそれで傷つく人がいることは看過できない。ツイッターはFacebookと違い実名で登場しない限り本人確認ができない仕組みになっているので、結構な無責任ツイートが横行しがち。実名で無責任なfake newsを垂れ流している某超大国の大統領もいるが、そうしたfake news, 誹謗中傷コメントを書き込む輩のツイートを見ると、常に誰かを誹謗中傷している。そして妙な自己顕示欲丸出し(およそ知的ではないが、時には知識人気取りもいる)ツイートをしている。炎上を喜んでいる「放火犯」「愉快犯」的だ。どうもパラノイア的性格の人物が多いのだろうが、普通の人間だってこうしたツイート見て「行きがけの駄賃」のノリで人を「バカ」呼ばわりしてうさ晴らしをする手合もいる。いずれも自分の弱さの表明なのだが。先だっても若いプロレスラーの女性がこうした誹謗中傷コメントに耐えきれなくて命を絶ったばかりだ。「匿名」という姿を隠しての卑怯な言説がのさばるSNS、無責任に口汚く悪口を書き立てるSNSって、本当に我々は「表現の自由」の手段を獲得したと言えるのだろうか。SNSは一定のモラルとルールがないと、ネット社会の負の側面を助長するツールに成り下がってしまうことは疑うべくもない。

北沢書店もこんなものに負けず頑張ってチャレンジ続けてほしい。革新には必ず、様々な抵抗勢力が現れる。まして伝統的な確立したモデルのある業界での事業モデルイノベーションは、その逆風も半端ではないだろう。ネット時代にネットを活用してイノベーションを起こす。それにはネットの負の側面もあることを忘れずに賢く対処してほしい。

やっぱり、井上陽水の「ブラタモリ」主題歌じゃないが、

「♪SNSなんか見てないで古書店に一緒に行こう♫」だよね〜


神保町交差点
靖国通りと白山通りが交わる

100年の歴史を持つ洋古書の専門店「北沢書店」。今回の探検先だ。さて「知のラビリンス」へ、いざ!



すごい!


よく整理分類されている!



Display Booksのコーナー
とりわけ装丁の美しい工芸品ともいうべき書籍が並んでいる



一階は子供向けの本とカフェ



もちろん神保町には、この他にもそれぞれの得意専門書を扱う個性的な古書店が軒を連ねている。























靖国通りを一歩入ると、昔ながらの喫茶「さぼうる」。2号店も隣にできた?入店待ちで結構並んでいる。





昔からある老舗の古書店も健在だ。






古地図と浮世絵の専門店。
そこは完全に江戸の蔦屋重三郎の世界だ!


(撮影機材:Leica SL2 + Lumix 20-60/3.5-5.6 パナソニックから最近出た20−60mmというLマウントのズームレンズ。おもしろい焦点距離だが、これが町歩きに最適。軽量でコンパクト(しかも安い!)。近接撮影もでき思いのほかボケる。20mm始まりという画角もちょうど良くて、広角特有の歪曲もなく店内での撮影に威力を発揮する。ヘビー級のLeica SL2ボディーとの組み合わせだと、ちょうどバランスの良いお散歩ブラパチカメラとなる。いいもの見つけた!ちなみに「北沢書店内」は許可を得て撮影)