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2026年1月22日木曜日

古書を巡る旅(74)トクヴィル『アメリカのデモクラシー』:Alexis de Tocqueville's Democracy in America 〜今のアメリカを予見した古典的名著〜




1966年英訳版表紙

Alexis-Charles-Henri Clerel, comte de Tocqueville (1805~1859)



トクヴィル『アメリカのデモクラシー』:

今年はアメリカ建国250年である。今のアメリカを見て、どうなってるんだ!と呆れているあなた。まさに今読むべき古典をご紹介しよう。彼は建国まもない共和政の民主主義国家アメリカを見聞して称賛するとともに、その課題を見つけ、今のアメリカの姿を予言した。彼の名はアレクシ・ド・トクヴィル:Alexis-Charles-Henri Clerel, comte de Tocqueville (1805~1859)。19世紀フランスを代表する政治思想家、政治家、法律家である。立法、行政、司法全ての仕事に携わった経験を持つ。モンテスキューの申し子のような知識人だ。貴族であるが民主主義者である。彼の『アメリカのデモクラシー』: De la democratie en Amerique を紹介したい。

本書は、フランス革命後の、ナポレオン帝政、共和政という政治混乱状態の中でアメリカ合衆国を訪問。9ヶ月にわたってアメリカの民主主義を見聞し論じた、いわば「民主主義共和国論」である。アメリカ独立宣言(1776年)から60年後、フランス革命勃発(1789年)から40年後に発表され、1835年に第1巻(概論:「なぜ共和政の議会制民主主義がアメリカではうまくいっているのか」)が、1840年には第2巻(分析:「アメリカの民主主義に潜む問題について」)が刊行された。母国フランス人に向けて書いた著作だが、たちまちアメリカでHenry Reeveによる英訳が出版され、むしろアメリカ人に愛読され、のちに長く政治学、社会学、歴史学の古典的名著として親しまれた。本書は、その後の研究成果を反映した1966年の新英訳版(J .P.Mayer, Max Lerner編集)である。日本における受容も早く、福沢諭吉が「西洋事情」で、J.S.ミル、ギゾーとともに取り上げている。日本語訳も多く刊行されており、岩波文庫版『アメリカのデモクラシー』松本礼二訳がある。我々の学生時代には、政治学、社会学、歴史学の必読古典書とされ、指導教官から与えられたリーディングリストには必ず登場した。今アメリカで、世界で起きている民主主義の危機を目の当たりにして、再びこのトクヴィルの著作が脚光を浴びている。すでに19世紀に民主主義、とりわけアメリカにおける民主主義に内在するいくつかの危険な兆候が指摘されている。パクスアメリカーナに酔いしれる中で、これまで何となく看過されてきたこれらの危惧。それが顕在化している今、本書を読み直す意義を強く感じる。本書は大部にして多岐にわたるトピックスの分析があり、また独特の文体は読むのに苦労するが、主要な論点を自分なりにまとめてみた。

(1)アメリカ民主主義の特色と優位点

・ヨーロッパの宗教的、政治的、経済的、身分制しがらみから抜け出たアングロ・アメリカン(イギリス人移民)が作った共和国である。

・自由と平等による民主主義の共和国である。

・貴族などの知的階層無しで行われる議会制民主政治である。フランスの議会は、「知的階級(貴族、聖職者)」と「無知な平民」という構造(身分制三部会のような)とみなされていることへのアンチテーゼと捉えた。

・タウンシップ(全員参加型)という地方自治が行政の基礎となっており、その上に郡(county)、州(state)、連邦政府(federal government)がある。連邦政府は外交と軍事のみに限られる。基本は今でいう「地方自治」「小さな政府」である。

・裁判は陪審員制で市民参加。ただ慣習法、判例に熟知する法曹が知的エリート化する。

・身分制のない「平等」が市民の政治参加、社会参加、経済参加を促し、それが民主主義を支える「民」を鍛えている。

・政党、結社の自由。自主的に様々な政治・社会活動に参加できる。

・政教分離。宗教が民主主義を支持し、政治に干渉せず、抵抗勢力にならない(フランスとの相違点)

・広大な未開拓の大地が、移民に平等な自己実現機会を提供した。いわゆるアメリカンドリーム、西部開拓による新たな富の創造。産業資本の勃興により新たな富の創造が起きている。

(2)アメリカ民主主義が内包する問題点

・ソフトな専制主義 (Soft Despotism):気づかないうちに民主主義が専制主義に移行してゆく危険性を内包している。政治に無関心な大衆が専制的な指導者を選ぶ「衆愚政治」と表裏一体である。

・多数決という専制主義(Tyranny of the Majority):民主主義の基本とされる意思決定方法が独裁を産む危険性がある。多数派(マジョリティー)の横暴。少数派(マイノリティー)の迫害。

・思想の独裁:知的自由の欠如(多数に迎合する。少数の排除、迫害)あるいは「世論による専制政治」に陥る可能性がある。知性による抑制が効きにくい。

・行き過ぎた個人主義:これに伴う社会的孤立 。公共心や連帯感の欠如。

・人種問題:白人、黒人、インディアン(先住民)という3つの人種の存在。やがて奴隷制が廃止されても(南北戦争の前の考察であるが)、人種問題は「平等」と「自由」を標榜するアメリカに内在する構造的、文化的課題として永遠に残るだろう。

・貧富格差:人種問題に加えて新たな「平等」への脅威になる。西部開拓が終わりに近づくと国富拡大の恩恵にありつける人が少なくなる。アメリカのダイナミズムの縮小。一方で産業化に伴う豊かさの一方、富の再配分メカニズムが働かない社会へ、すなわち富の偏在、格差社会の出現。これが平等、民主主義を危うくする。

・新たな貴族階級の出現:大規模産業資本家という超富裕層が新たな「貴族制」を生み出す可能性。

・文化的欠点:アメリカ人は功利主義的で思弁的ではない。理性よりも現実的な利得を優先する。哲学を好まない。したがって文化芸術(文学、詩、歴史、哲学)で優れたものは出てこない(ヨーロッパ人に共通の意識?!)(明治期の日本についてもこう指摘するヨーロッパ人が多かった)

(3)トクヴィルの「予言」

トクヴィルは、ヨーロッパでは知的階層である貴族が無知蒙昧な庶民を導くと考えるのに対し、アメリカの民主主義の力とその平等と自由の精神を称賛した。と同時にその脆弱さを見抜き、知性による抑制が欠如した民主主義が「専制」へと転落する可能性を指摘した。世論による専制政治、多数派による暴政、知的自由の欠如。これが政治家の資質の劣化、庶民の思考停止、学問のレベルの低下を招くだろう。そして人種問題と、富の偏在による経済格差がアメリカを分断に向かわせるだろうと指摘した。さらに大規模な産業資本家という新たな「貴族階級」の出現が「平等」と「民主主義」の脅威となるとも。

19世紀になされた彼の分析は、いくつかの点で200年を経た21世紀のアメリカの民主主義が置かれている危機的状況を予見したものとなっている。特に今論じられている「民主主義が独裁者を生み出す」「民主主義は容易に全体主義に移行する」という政治思想パラドックスがこの時にすでに見通されている。民主的な選挙で選ばれた多数党が(民意を背景に)凶暴化する。民主的な選挙で選ばれたカリスマ的指導者が(民意を背景に)独裁化する。反知性主義とポピュリズム、主権者である民の思慮欠如と思考停止(体制への迎合)が専制主義を許す。トクヴィルが言うように「知性が多数を導けなくなる。賢人の判断が、無知の偏見よりも下に位置付けられるようになる」のである。そして富の極端な偏在が新たな身分、階級を生み出し、そこに政治権力が集中する危険性がある。理性と知性によらない功利主義的な民主主義は専制主義と表裏一体の関係にある。こうした関係性(あるいは矛盾)は、20世紀にファシズムやコミュニズムという全体主義がリベラルな民主制の中から生まれ、世界を悪夢に陥れた経験を持つ我々には説得力を持つはずだ。そのファシズムとコミュニズムに対して勝利したはずの『アメリカのデモクラシー』とそのアライアンスが、気づくと自己を見失ってどこかへ行ってしまいかけている。民主主義にはこうした危険性が内包されている。そして理性による戦いを不断に続けないと民主主義はその存在理由を失ってしまう。そうトクヴィルは教えている。


トクヴィルの視点から今日的アメリカ考える:

アメリカはその後の歴史の中で、多数の白人による人種差別を禁じ、奴隷解放、黒人の公民権法制定など、数々のマイノリティー保護、優遇措置を講じてきた。こうした「平等」の問題への取り組みにもかかわらず、トクヴィルが指摘したように、この問題はアメリカ社会に根ざすより複雑な問題として残り続ける。すなわち、マジョリティーの白人(アングロ・アメリカンに始まる)を圧倒しかねない人種的マイノリティーの増加、特にラティーノ、アジアンの伸長。自由を求めて多様な地域からの移民、難民(合法、違法を問わず)の流入。さらには、人種を超えて女性の地位向上、フェミニズム、LGBTなど性的マイノリティーの権利が強調されるようになる。そこへ経済格差が顕在化すると、いわゆる「プアーホワイト:Poor White」「ラストベルト:Rust Belt」「ヒルビリー:Hillbilly」という貧しさに喘ぎ阻害された白人層に対する「非対称差別」論が横行するようになる。これが「移民国家」における「反移民」政策を生み出す。また一部の知的エリート層が大多数の庶民層を支配しているとする陰謀論や反知性主義が横行し始め、ついには「マイノリティーがマジョリティーを搾取している」との言説を流布する人物を国家のリーダーに選ぶようになる。一方で、機会は「平等」に与えられるとしながらも、(トクヴィルも指摘した)富の偏在を是正する再配分の仕組み(「慈善事業」というキリスト教友愛精神以外の)が機能しないまま産業主義全盛となり、「持てる者と持たざる者」の経済格差が広がり、新たに桁外れに豊かな支配階級(新貴族)が生まれる。皮肉なことに、民衆はそうした「新貴族」:Celebrity, Rich and Famousに抵抗するどころか「アメリカンドリーム」の英雄として崇め、我々を助けてくれると信じ込んでいる。結局、アメリカ人はヨーロッパの王侯貴族に憧れているんじゃないのか、と皮肉を言いたくなるような現実がある。権力と金が結びつく「巨悪」が蔓延る土壌さえ生まれる。どうやらアメリカには国家に内在する「安定復元装置」:Built-in-Stabilizer(例えばコモンロー:Common Law のような、あるいは「公共の福祉」といった調整機能)がどこか欠如しているのかもしれない。この点はトクヴィルならどう評するのだろう。「移民が建国した」アメリカ。「自由」「平等」「民主主義」という理念を国家のアイデンティティーとし、それによって合衆国市民としで団結していたアメリカ人が、それを失いはじめると、たちまち分断化され対立する。パクスアメリカーナの夢から覚めると、自分たちが置かれている民主主義社会が脆弱さを内包していることに気付き、動揺し思考停止に陥り、迷走する。

一方で、グローバリズムに対しては「同盟国から搾取されている」という言説がまことしやかにこの国家のリーダーの口から発せられる。新モンロー主義の標榜、多国間主義/国際的枠組みからの離脱、背叛へと向かう。しかし トクヴィルが見た19世紀のモンロー主義、ジャクソン主義は、独立まもないアメリカという民主主義の共和国を、ヨーロッパのアンシャンレジームと帝国主義の干渉から守る立場から主張されたものであった。現代では専制主義的、覇権主義的な大国間のテリトリー争いに、自らも参加し、相互不干渉という新たな「帝国主義」の枠組みを提唱しているに過ぎない。「自由と民主主義の守護神」という理念による紐帯よりも、他の専制主義国家と利権を競い合う国になってしまった。ちなみにトクヴィルは、ロシアがこれからのアメリカの競争相手になるだろうと予見している(中国については予見不能であったのだろう)。しかし、これがアメリカでは一定の支持を得ている。いわゆるMAGA派:Make America Great Againである。少なくとも多数党である共和党を支配している。彼らはボーダレス自由市場体制がアメリカを弱体化させたと一方的に主張し、法外な保護関税を武器に言うことを聞かない国を恫喝する、あるいは市場から排除する。資源や利権を独占するために他国を「植民地化」「領土化」する。気に入らない他国の元首は特殊部隊を差し向けて拘束、拉致する。関税と軍事力という「力による現状変更」が「国際協調」「法による国際秩序」に取って代わる。そして二度の世界大戦で人類が獲得した「民族自決」という大原則は大国のエゴの前に再び失われることになる。人権よりも利権(難民救済より紛争跡地の資源やリゾート開発にしか関心がない)。国外では帝国主義、国内では専制主義(三権分立という民主主義の基本が無視されても対抗しない立法と司法もどうしてしまったのか)。「アメリカ民主主義」の末路。建国250年の若い国が晒す老醜か。18世紀に「王政」に反発して建国した「共和国」がまた「王政」に戻ろうとする。19世紀に「帝国主義」に反発した「自由主義」の国が「帝国主義」に戻ろうとする。さすがのトクヴィルもここまでは予見できなかったろう。彼が称賛したアメリカ民主主義は、彼が指摘した課題のために消え去ろうとしている。そしてアメリカの時代が終焉を迎える。


参考:

1776年 アメリカ独立宣言
1789年 フランス革命勃発
1804年 ナポレオンが皇帝に即位
1814年 ウィーン会議
1823年 モンロー宣言
1829年 ジャクソン大統領就任 民主党創設(~37年)ジャクソン主義アメリカの出現期
1830年 フランス7月革命(ブルボン復古王政崩壊)
1831年 トクヴィルがアメリカを旅行
1835年 『アメリカのデモクラシー(第一巻)』発刊
1840年 『アメリカのデモクラシー(第二巻)』発刊
1848年 フランス2月革命(ルイ・フィリップ王政崩壊)
1852年 ナポレオン3世即位
1853年 ペリー、浦賀に来航
1861年 アメリカ南北戦争


追記:

Edmund Burkeの『フランス革命省察』と合わせて読みたい。

18世紀末のイギリスの政治思想家エドムンド・バークは、彼の著作『フランス革命省察』の中で、抽象的な理論で全ての歴史や文化的背景を拭い去る急進的な革命によって成立する国家体制に疑問を抱き、フランス革命を批判した。そのような急進的変化ではなく、イギリスの17世紀の一連の王権と議会の戦いや革命のような長い歴史の営みの上に起こす漸進的変化こそ望ましい歴史進化であるとした。彼はイギリスの名誉革命を理想としその帰結としての立憲君主制こそ最良のものと考えた。ちなみにバークはアメリカ革命(独立宣言)を、新天地に新たな歴史を作り出すものとして支持した。ちなみにバークもトクヴィルも保守主義の政治思想家と見做されている。保守主義とは何か?これもまた曖昧だが。

民主主義の母国とされる、アメリカとフランスとイギリス。この3カ国の民主主義の発生と成立を歴史的に比較評価してみると見えてくるものがある。さてどのモデルがこれから民主主義を健全で持続可能な形で発展させることができる強靭さを持っているのだろうか。

アメリカ: 君主も貴族もいない平民民主主義共和国 イギリスから独立した植民地

フランス: フランス革命で君主を処刑して共和国に。しかし、共和派の内部争いからナポレオンが登場するも、王政と共和制が交互に起きて長く不安定な政治体制。

イギリス: 君主を処刑したのちに一時共和制になったが王政復古。のちに名誉革命。マグナカルタ以来、権利請願、権利章典に至る議会と王権との長く激しい歴史的闘争の末に生まれた立憲君主制、法の支配。「君臨すれども統治せず」の伝統 いわば「君主制の下の民主主義」


Where are you going, Uncle Sam ?



2026年1月15日木曜日

Quo Vadis Domine ? 〜21世紀の世界は何処へ向かうのか?〜



Where are you going, Uncle Sam? 

A democracy that forgets the people. A tyrant to be revived. Monroe's principle of forgetting the democratic republic. The world order that has forgotten its national self-determination. Interests rather than human rights. Change the status quo by force. World division by tyrannical states. New imperialism.

Is it the 19th century now? Will time be rewinded? I don't think so, but is it real? The world is getting worse day by day. Where is the world of the 21st century heading?

Quo Vadis Domine? Lord, where are you going? Where will you lead the stray sheep ?




Taro Urashima is traveling through time and space with a camera in one hand again this year.
Now I'm warped to the world of the 19th century.





2026年1月10日土曜日

日本文化とは何か? 〜外来文化の受容と変容の歴史(2)〜

 

鉄道という西洋近代合理主義の産物を受容し日本的な精緻さで変容するとこうなる?
河鍋暁斎の鉄道絵図(神奈川県立歴史博物館蔵)
北亜墨利加合衆国帝王献上貢物品(品川歴史館蔵)




「西洋近代合理主義」はどのように受容され変容していったのか?

前回のブログ(2025年12月27日 日本文化とは何か?〜外来文化の受容と変容の歴史(1))では、紀元前10世紀頃に始まると言われる稲作農耕文化の流入。5〜6世紀の儒教、仏教の伝来と受容と変容。16世紀のキリスト教の伝来と排除。そして19〜20世紀の西洋合理主義思想の受容。日本文化の3000年の歴史を駆け足で見てきた。明治期の「文明開花」と戦後の「民主化」。これもいずれも外からやってきた文化である。いわば西洋からやってきた「近代合理主義」教の伝来である。明治維新から150年、終戦から80年。このインパクトはまだ我々日本人には生々しい歴史体験として記憶されている。「惟神の道」「儒教」「仏教」という東洋思想に、「近代合理主義」という西洋思想は、どのように受容され変容してきたのか。歴史的時間軸で見るとまだ味わいつつ咀嚼している途上にあると言わざるを得ない。伝統だと思っている東洋的な価値観や習俗と、最近入ってきた西洋的な価値観、習俗との間のギャップはまだ解消されていない。少なくともこの変容は、既存文化を置き換えるフェーズ転換ではなさそうだし、徐々に上書される漸変的転換、いや日本独特の「習合」なのかもしれない。

ヨーロッパにおける神学から哲学へ、神の摂理から人間の理性へ、経験主義的思考を経た哲学や科学の進化。さらに産業革命の中から生まれた科学技術。そこから生まれた社会契約概念、法の支配、議会主義、民主主義、人権、自由平等、そして市場主義経済。このような近代合理主義思想は、西欧諸国の長い歴史の中から生まれてきた。そしてその具体的な成果は市民が戦いの中で獲得した権利であり理念であり市場である。それが19世紀の日本に、科学技術、法律、政治・経済・社会制度という形で怒涛の如く入ってきた。戦後はアメリカから民主主義と個人主義、グローバル・スタンダードと称するルールが入ってきた。いわば歴史的な獲得闘争を経験せずに結果だけがもたらされた。外から「与えられたもの」という人もいる。奇しくも21世紀の世界ではその西洋的合理主義価値観が大きく揺らぎ始め、歴史を巻き戻す動きが出現。先行きを見通すことは難しい状況になっている。正月早々、まさかという驚天動地のニュースが飛び込んでくるご時世だが、敢えて少し立ち止まって歴史を振り返り、あの外来文化の「受容」と「変容」の実相にふれ、来し方行末に思いを馳せてみるのも一興だろう。

ということで話を明治に戻そう。伝えた本家である西欧諸国の側から見た日本の「近代化」「文明開花」はどう見えたのか。「文明開花」とは「キリスト教化」することである。と信じて疑わなかったヨーロッパ人にとって、日本の「キリスト教化」しない「文明開花」はどのように見えたのか。受容し変容させたという日本文化、それを行った日本人の特質をどう見たのか?今回は明治期のお雇い外国人、ジャパノロジストのバジル・ホール・チェンバレンとラフカディオ・ハーンの、彼らが見た「受容」と「変容」の日本とは?を取り上げてみたい。前回と同様、彼らの「神と人間」という視点を「日本的なものとは何か」を考える縁(よすが)にしてみたい。


' Things Japanese ' 『日本事物誌」by Basil Hall Chamberlain in 1905

' Japan An Interpretation ' 『神国』by Lafcadio Hearn in 1904


(1)バジル・ホール・チェンバレンの Things Japanese:『日本事物誌』

以前のブログでも紹介した1905年版の『The Things Japanese:日本事物誌』序文で。チェンバレンは、現在(1905年当時)の日本を「古い日本は死んで去ってしまった」「日本は静かな家長制の中からやかましい西洋の競争の中に移された」と評している。1905年といえば革命(明治維新)から37年、日清、日露戦争に日本が勝利し世界を驚かせた時期である。これまでの西洋人の日本観は、「妖精の住む小さくて可愛らしいロマンチックな国」であり「繊細な芸術品に満ちたエキゾチックな国」であり、「素晴らしい進歩が起きている国」だが「このまま変わってほしくない国」だった。しかし気がつくと急激な大変化に直面、「日本は軍事的にも経済的にも西洋の脅威になるのではないか」と心配し始めた時である。「黄禍論」が叫ばれたのもこの頃である。チェンバレンは、「同じ人間が、ある時は日本の進歩を激賞したかと思うと、今度は日本がやり過ぎないかと心配する」。勝手なものだと。西洋人の日本に対する「エキゾチックな幻想」へのこだわりを批判するとともに「急速に変わってしまった日本」の脅威論にも異議を唱えている。もっと日本を冷静かつ客観的に観察せよというわけだ。「教養ある日本人は彼らの過去を捨ててしまっている。彼らは過去の日本人(部分的には今も過去の日本人なのだが)とは別の人間になろうとしている」と評しつつ、一方で「日本は捨てた過去よりも、残している過去の方が多いことは極めて明瞭である。革命(明治維新)そのものが極めてゆっくりと成長し、成熟していっているのだから」。そして「国民の性格は依然としてそのままであり、本質的には少しも変化していないのである」。「昔の武士階級の知的訓練は儒教の古典を暗誦することであった。その素養を育んだ彼らの息子達は、今日では西洋の科学の教えを受けている」として学びの基礎が変わっても知性の継承が行われていると述べている。また「日本人の外国を模範として真似するという国民性の根深い傾向は、12世紀前の行動を今日も同じく大規模に繰り返しているに過ぎない。あの時は中国文明に飛びついたが、今日では我々に飛びついている」。この辺りは皮肉満々である。古書を巡る旅(12)2027年7月10日チェンバレン著『The Things Japanese:日本事物誌』

「日本は昔の日本ではない。しかし日本人の性質は昔のままである」。こうしたチェンバレンの論評はヨーロッパ人読者に向けられている。「日本に対して昔の幻想を抱くのではなく、日本の西洋文明の受容と変容の実態を良く見よ!そしてヨーロッパがより深く日本について研究をできるよう、本書で諸問題に対する考え方を提示したい」としている。一方で日本人にとっては、「外来文化の受容と変容」という「日本らしさ」の本質とはどのようなものなのか。ヨーロッパ人研究者の目という写鏡で己の姿を見る機会が与えられたのである。まさに今まさに「激動の時代には何が起きるのか」「自己を見失わないようにするためにはどうすれば良いのか」を考えるための示唆に富む分析が散りばめられている。

チェンバレンは「日本事物誌」の中で「神と人間」という視点で日本文化について論評している。前回ブログでの折口信夫の「神と人間」論評と対比して読むと面白い。要約して紹介したい。

神道:

神道は宗教として言及されるが、宗教に値するものではない。まとまった教義もなく、聖書、経典もなく、道徳規約もない、習俗や慣習あるいは政治的儀礼と言って良い。最初期には神道という呼称すらない自然崇拝、祖霊崇拝であった。仏教が入ってきた6世紀以降に、(仏教に倣って)宗教的な形態(文字化された祝詞、拝殿を伴う神社建築)をとり始めた。そして仏教と習合していった。18世紀の江戸中期になると仏教や儒教などの外来宗教を排した「日本古来の」宗教として神道を位置付けようとしする動きが起こり、古事記注釈などの国学盛んになる。これがのちに幕末の尊皇攘夷、明治の国家神道の源流となる。しかし、神道が儒教や仏教の影響を受けていない日本古来の宗教であるという主張には無理がある。近代の神道は仏教と儒教に深い影響を受けているし、神道の聖典とされる古事記すら中国文明の影響が色濃く見られるのは明白である。

儒教:

儒教は仏教より早い時期に日本に伝わった。孔子はあらゆる形而上学的飛躍を避け、宗教的な陶酔(神秘主義)に陥ることがなかった。宗教というよりは、主君への忠誠、親への孝行といった社会秩序を重んじる道徳観を説く、いわば政治の細部にわたる実践と道徳倫理の思想であった。日本の社会は今でもこの「忠」と「孝」という二本の基本的徳目で組み立てられている。仏教思想が広まっていった時期以降は、儒教は休眠期となり影を潜めていたが、江戸時代に徳川家康が儒教を重んじ、徳川幕府が儒学を官学としたことで復活した。支配者や親への盲目的服従という教えが古い封建的な思想に完全に適合したからだ。この頃には多くの著名な儒学者(伊藤仁斎、新井白石、荻生徂徠などの)が現れたが、儒教思想体系を発展させたり修正、変更したり、いわば日本的に「変容」する独創性はもたず、ただ忠実な解説者に過ぎなかった。したがって日本人の著した翻訳書や注釈書で読むに値するものは一つもない。明治以降の学校教育の改編までは教育の主要な伝達手段として続いたが、現在ではほとんど顧みられなくなってしまった。

仏教:

日本では長く国教的に扱われてきたが、不思議なことに一度も仏典の和訳が試みられた形跡がない。僧はサンスクリット語原典の漢訳のまま経を唱える。一般信徒は仏典を読めないし僧の読経に唱和するのみである。これは聖書が各国語に翻訳され誰でも読み親しむことができるキリスト教とは異なる点である。仏教は信仰というよりは哲学的な思想を持っているのだが、日本人は仏教の複雑な形而上学にはほとんど興味を示さなかった。しかし長く日本における文化形成と教育に大きな影響力をもった。哲学を除き。信仰という点ではキリスト教と大きな違いがある。仏の恵みは無常を知って悟りを開くことによって受けることができる。キリストが身代わりとなって(救世主となって)受難したから人は救われるというものではない。仏道は、ただ自己滅却(煩悩解脱)により涅槃の境地に入ることが目的であって、キリスト教のような永遠の生命が目的なのではない。仏教の教えによれば絶対最高神や宇宙の創造神を否定する。日本に伝わったのは多神教的な仏教(大乗仏教)である。これが日本古来の神々との習合が進んだ理由である。

キリスト教:

16世紀にイエズス会ザヴィエルによって布教された。苦難の布教活動の成果が実り、一定規模の信者を獲得したが、結果的にはキリスト教は排除され受け入れられなかった。日本は禁教令を出し長い鎖国という微睡の時代に入った。この間日本でキリスト教は新しい信者を獲得することができなかった。明治になって禁教令が解かれ再びキリスト教が日本に入ってきた。カトリックだけでなく聖公会やプロテスタント各派が競って布教伝道活動を行っている。日本の近代化に大きな影響を与えたのは近代合理主義(科学や産業主義)とキリスト教である。しかし、伝道者たちの努力にもかかわらず現代でもキリスト教信者が増えないのは、布教活動がアジアにおける帝国主義的支配の先駆けとなることを求める本国の姿勢によることが大きい。これは16世紀におけるイエズス会やフランシスコ会などの布教活動が、本国スペイン・ポルトガルによる異民族の搾取、略奪、異教徒の文明破壊という領土拡大野望に利用されたのとあまり変わっていない。

日本人の信仰心について:

「日本人には信仰心がないのではないか」。これは多くの西洋人が異口同音に語ってきたことである。これにラフカディオ・ハーンは猛烈に反対している。日本人は神社参拝と葬式仏教を何の違和感もなく日常的に行なっている。西洋キリスト教文化圏の信仰では考えられない事だ。しかしこれが直ちに日本人に信仰心がないということにはつながらない。ただ一神教的な信仰の形がないだけで、我々には習慣とか習俗、儀式としか思えないような形で信仰心が表されているのだ。日本には「八百万の神々」がおり、一木一草にも神が宿っているのである。

「武士道」という新宗教:

チェンバレンは、日本が西洋文化礼賛、一等国へと突き進む中で、やがて日露戦争を境に、徐々に西欧文明一辺倒への懐疑に転じ、やがて、ひょっとすると西欧人よりも日本人の方が優れているのでは、強いのではという国粋的、愛国主義的ムードを高めてゆく。そういう変化を鋭く読み取っている。一心不乱に富国強兵、殖産興業に突き進み「一等国」を目指した先に見えた西洋文明への幻滅、不信感。そこから沸き起こり始めた「新たなる尊王攘夷」「国粋主義」「帝国主義」「民権から国権」というムーヴメント。その中で話題となりもてはやされている「武士道」は、つい数年前までは語られたことのない新思想であると彼は分析する。元々は武士の精神であったものが、革命(維新)で武家政治を否定し、武士を廃止し、その忠誠心を天皇に向けたにもかかわらず、新たに天皇(武人ではなく文人であるはずの)への忠誠心のために、「忠君愛国」「軍国主義」に向けた精神として、(武士でもない)庶民に「武士道」精神を押し付けている。これは西洋文化に対抗するために生み出された新たな「宗教」である。この「新宗教」を唱導したキリスト教徒の新渡戸稲造はそうは考えていなかったようだが、彼の意図とは別に受け止められ動き始めている。

西洋近代合理主義の受容と「日本人の特質」:

「日本人の特質」という章の中で、西洋近代文明に直面した日本人について観察、論評している。チェンバレンは「日本を批評することは感謝されない仕事である。そこから生じる自分への非難を避けるために、ほかの西洋人の論評を引用することにする」と皮肉を込めて言い訳している。この頃政府は言論に対する規制を強化し始めていた。これまでに日本に関する評論は数知れぬほど巷に溢れていた。東洋的な美術品に溢れるエキゾチックな国とする一方で、文明開花を西洋の猿まねだとする偏見に満ちた批判(ビゴーの風刺画のような)など、御雇外国人やヨーロッパからの商人、ジャーナリスト、短期旅行者、流れものまで、さまざまな外国人によるジャーナリスティックな日本観察が、これまたさまざまな書籍や新聞に掲載されている。センセーショナルに描けば描くほどどんどん売れる。今も昔も変わらぬ商業主義だ。しかしチェンバレンは、日清・日露戦争を経た「現代日本」についてもう少し現実的で冷静な観察がなされるべきであると指摘する。彼が選んだ評論には共通性がある。これが他者に代弁させた彼の日本観であることは間違い無いだろう。彼自身もこう言っている。「日本人は総合的に雄大なものを作るのに必要な素質も、幅の広い考え方も欠けているように思われる。それらは小さなもの、こぎれいなもの、孤立した物、小さな飾り物に表現されるにとどまる」。以下に本章で引用されたコメントをいくつか紹介したい。

W.アストン『日本文学史』:「日本人は、単に借用することで決して満足しない。美術においても、政治組織においても、宗教においてさえも、他国から取り入れたものは何でも広範囲に渡って修正を施し、それに国民精神の刻印を押すという習性を持っている」

C.ミュージンガー『日本人』:「特殊の才能(talent)は大きいが、創造的才能 (genius)は小さい」

P. ローウェル『神秘的な日本』:「並外れて明敏であるが、深く黙想的ではない」「高度に倫理的ではあるが高度に宗教的ではない」「日本人は創造性がかけているにもかかわらず、強い個性が目立つ。そして、外国からの輸入品がいつまでも外国のままの姿でいることに満足していない。」「抽象的思想を受け入れる能力を持たぬ」「礼儀正しさは、その奥底に精神的な活動が欠けていることを示す。活気にあふれた精神の持ち主なら、極めて厳格な礼儀作法に縛られていることはとてもできないであろう」

E. ケンペル『日本史』:「学問や文芸といった面で日本人に欠けているものは哲学的思索、音楽の調和、それに数学の論理である。道徳的には優れているが、思索的には無知で無頓着である」等々

このほかにもザヴィエルからウィリアム・アダムスなど16〜7世紀の先人たちの「日本論」を紹介している。明治期ではウィリアム・アストンとラフカディオ・ハーン(後述)の論評を激賞していることにも注目したい。また当時話題となったピエール・ロチの論評については「これが日本の全体の真相なのか?」、間違っているのは日本ではなく、悪口を言っているフランス人(ロチ)で、彼の理解力の欠如ではないか、とこき下ろしている。

日本人と中国人:

またヨーロッパの貿易商や銀行家による、中国人と日本人の比較論では、中国人の誠実で、信頼感のある商取引への賞賛に対し、日本人の不正や非能率、優柔不断な態度を嫌悪する評論が興味深い。チェンバレンは以下のように評している。「日本は観光客にとっては天国であるが、貿易商にとっては墓場である」。ただ、中国人と日本人に共通する特色がある。それは実利主義である。また「中国人は民族的誇りを持ち、日本人は国家的虚栄心を持つ」。すなわち、中国人はその悠久の歴史と文明に対する誇りを持つが、政治的単位としての国のために命を捧げるという理想には少しも関心がない。日本人は1000年の間に二度も自国のもの(文化)は全て捨ててしまったにも関わらず、抽象的には強烈な愛国主義者である。したがって、いざという時には実際の必要以上に勇敢である。中国人は名だたる現実主義者であるから、いざとなれば「三十六計逃げるが勝ち」である。

チェンバレンの総評:

これらの批評を整理すると、チェンバレンは、日本の長所としては、清潔さ、親切さ、洗練された芸術的趣味。短所としては、国家的虚栄心、非能率的習性、抽象概念を理解する能力の欠如を挙げている。日本人の模倣性については長所か短所か迷う。独創性がないと言えば短所だが、実際的(実用的)知恵の現れである、あるいは模倣が手の込んだ細部にまで浸透していることに驚嘆するという意味では長所だ。そして最後に、数々の雑誌や新聞に投稿されている付和雷同的な誇張と偏見に満ちた「特質」論が、あたかも日本国民全体の特質であるかの如き論調に強烈な皮肉をのべ違和感を示している。「これは歴史が示しているように、この国民が現在経つつある不安定な時期の特徴にすぎない。(中略)ヨーロッパが封建体制から抜け出した時も、全く同じ兆候を示したものである」と締めくくっている。うまくまとめたものだ。

チェンバレンは「歴史と神話」の章で、歴史と神話が区別なく語られる古事記の思想と背景を論評している。日本人の思想、日本文化の背景について、初めて古事記の英訳をなしたチェンバレンならではの鋭い切り込みである。興味深いのでぜひ以下を参照願いたい。古書を巡る旅(64)2025年5月17日 チェンバレン 英訳『古事記』


(2)ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)のJapan An Interpretation:『神国』

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、本書で「神と人との関係」という視点で日本を論評している。本書は1904年の刊行で彼の最後の著作であり、日本論の集大成とも言えるものである。本書についての詳細は次のブログを参照願いたい。2025年7月5日古書を巡る旅(66)ラフカディオ・ハーン Japan An Interpretation:「神国」

ハーンの目線(要約):

これまで述べてきたチェンバレンの考察との対比で少し要約すると、日本の神道は宗教というより古来からの習俗、霊的感情を表したののである。儒教や仏教もうまく受け入れられていった。仏教が祖霊崇拝を否定しなかったことが大きい。ここが祖霊崇拝を排除しようとしたキリスト教との大きな違いである。また日本人が個人よりも家族や社会を大事にする性質を持っているのは、こうした古来からの祖霊崇拝による親や一族の祖先への感謝、恩恵を感じているからである。この点でチェンバレンが儒教の「忠」と「孝」の二大徳目が日本人の家族や社会を重視する性質の根源とみなしているのと異なる。ハーンは外来の仏教や儒教の影響を否定はしないが、より古来からの祖霊崇拝、自然崇拝に注目している。またハーンは近代合理主義一辺倒で日本の古来の伝統や精神を蔑ろにする傾向を嘆いている。これは、ヨーロッパ人が抱きがちな東洋的、日本的なエキゾシズムへの懐古趣味からではなく、かといって日本人の急速な欧化に対する反発からくる極端な皇国史観や国家神道に傾倒する国粋主義からでもなく、人間の根っこにある霊的な感性、自然への畏怖と敬意といった素朴な心情(GhostryとFairy)を、そして、人種、民族に関わらず共有する普遍的な価値観が失われてゆくことへの哀惜の念からである。すなわちこれは日本のみの問題ではなく西洋文明の現実に潜む問題である、というのがハーンのメッセージである。ちなみに、ハーンが暮らした日本の街の中で最も愛したのは松江であった。勇ましい軍都熊本でも、華やかな開港場神戸でも、まして帝都東京でもなく。たった一年、そして初めて住んだ日本の街であった。そこは文明開花の波に洗われることもなく、古よりの日本人の心が西洋文明に曝されずに生き残っている街である。杵築の大社に守られた「八雲立つ出雲」、まさに「神国」である。

ハーン・チェンバレン論争:

ハーンはチェンバレンとは生涯にわたって交友関係を結び尊敬しあった。特にハーンはアメリカにいるときにチェンバレンの英訳『古事記』を読み、インスパイアーされて日本にやってきた。またハーンを東京帝国大学の英文学教師に推薦したのもチェンバレンであった。が、晩年には批判の応酬もしている(エリザベス・ビズランド『ラフカディオ・ハーン往復書簡集』チェンバレン『日本事物誌ラフカディオ・ハーン章』)。ハーンはチェンバレンの日本人の「神と人との関係」論は、アングロサクソンやキリスト教視点でのそれであり、キリスト教や仏教などの伝来以前からある、人類に共通する霊的感性や精霊、自然や祖先を神として崇める心を思い出すべきである。それは洗練された教義や聖典として継承され信仰されるものでは無いが、未開の習俗や邪教として排されるべきものではない。まさに我々が忘れかけている人間の始原的心である。日本にそれを発見したのだ。と批判している。

一方、チェンバレンは、ハーンはあまりにも日本的な感性に共感を寄せ過ぎていて、日本人の心に流れる美しい精神を讃えるときに、ヨーロッパ人を比較対象に持ち出して悪者にする。それが公平な観察を歪めていると批判した。しかし、ヨーロッパ人は、幸いなことにそんな悪口にはへこたれない精神と復元力を持っているので何も心配していないと自己弁護している。チェンバレンは別の章でヨーロッパ人の不行跡について批判しているので彼一流の皮肉である。これに対してハーンは「私は東洋的、日本的というよりはケルト的なだけだ」「教会よりも森に霊的なものを感じるのだ」とコメントしている。

ハーンの「日本的なもの」に対する観察は、確かに多面的な事象の観察という点では偏りがあり、チェンバレンが批判するように日本への共感が客観的な(アカデミックな)分析を妨げていると言えるかもしれない。チェンバレンは、多くの資料や文献にあたり言語学的、比較文化論的に考察する、いわば比較研究アプローチを取った(いわゆる「書斎学派」)のに対し、ハーンは、文字資料や書籍によるだけでなく、伝説、怪談など民間説話など、その土地に伝わる伝承をその土地の人々から聞き、実際に現地を見て歩く。そこに「日本的なもの」を感じ取った再話作家であり、在野のジャーナリスト視点を持つ批評家である。ハーンもまた、いわば柳田國男や折口信夫のような民俗学的なアプローチを重視したと言っても良いかもしれない。そういう意味においてはハーン(小泉八雲)も官学、アカデミズムの人というより在野の人であった。


(3)私的総括

この西洋文明側から見た日本の「近代化」への戸惑いと違和感は、おそらくかつて儒教や仏教を伝えた中国文明の側から見た日本にもあったのだろう。文化・文明の「受容」と「変容」は本家から見ると異様なもの、あるいは滑稽なものに見えるのだろう。それにもかかわらず「日本化」は、もはや本家を離れ日本固有のものになろうとしている。あるいは岡倉覚三(天心)が『日本の目覚め』で述べたように、本家のインドや中国で失われてしまったものを日本で保存し、今に残して預かっているものもある。あるいは、既に日本に内包されていた変化の兆しが、西洋の「近代合理主義」文明の流入で一気に顕在化して加速的に進化したとも言えるかもしれない。いずれにせよ問題はその日本化されたものが普遍的な価値を持ち、世界に発信して受け入れられるまで昇華されたものかどうかだ。かつての軍事大国としての日本は潰えた。経済大国としての日本も衰微しつつある。これからは文化大国としての日本が花開く時代に入る。日本に西洋文明を伝えた本家の欧米諸国が、その近代合理主義、なかんずく民主主義、自由主義という歴史的な理念と価値観を毀損させ始め、時代を逆行しつつある今、日本が、その西洋文明が失いつつあるものを保存し、東洋文明に内包される理念と「習合」し、再び世界に戻す時期が来るであろう。文明・文化は相互に行き交うものである。これからは日本文化が世界で「受容」され「変容」される時代がやってくるに違いない。それこそ日本の新たな役割であり文明国の歩む道、新たな「文明開花」である。

最後に、岡倉覚三(天心)のあの言葉をここでも掲げておきたい。

「西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国とみなしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮を行い始めてから文明国とよんでいる。」......「もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとすれば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう」(『茶の本』より)古書を巡る旅’47)2024年3月29日 The Awakening of Japan:『日本の目覚め』





2026年1月5日月曜日

2026年年頭にあたって 〜「日に日に世界が悪くなる 気のせいかそうじゃない」〜


夕焼け富士山と新幹線(1月4日Uターンラッシュ)


今日は仕事始め。9連休という長い休みで弛緩した気持ちとアタマを奮い立たせてまた頑張りましょう。頑張らなくていいんだよ、とか、自分さえ楽しければ良いんだ、とか言わずに世のため人のために、自分に出来ることで良いから頑張りましょう。東京の正月はいつもカラリと快晴になるが、今年も晴天でしかも多少暖かい正月です。今年こそ穏やかな一年となる事を祈りたいものですが、世界では正月早々とんでもないことが起き、どうやら多難な年明けになりそうです。内向きに閉じこもって居れる呑気な時代はまもなく終了かもしれませんね。

ともあれ新しい年の活動開始の日にあたって皆様のご多幸と繁栄をお祈り申し上げます。

そして本年もまた『時空トラベラー』をよろしくお願いいたします。

こんな時です、私の大好きなハンバート ハンバートの「笑ったり転んだり」を一緒に歌いましょう。https://youtu.be/1_P2MT39VJ0?si=qwB_D-Qvyfy7KZMS


A面:

「笑ったり転んだり」ハンバート ハンバート 作詞・作曲・編曲:佐藤良成 毎日難儀なことばかり 泣き疲れ眠るだけ そんなじゃダメだと怒ったり これでもいいかと思ったり 風が吹けば消えそうで おちおち夢も見られない 何があるのかどこに行くのか わからぬまま家を出て 帰る場所などとうに忘れた 君とふたり歩くだけ 日に日に世界が悪くなる 気のせいかそうじゃない そんなじゃダメだと焦ったり 生活しなきゃと坐ったり 夕日がとても綺麗だね 野垂れ死ぬかもしれないね 何があるのかどこに行くのか わからぬまま家を出て 帰る場所などとうに忘れた 君とふたり歩くだけ 黄昏の街西向きの部屋 壊さぬよう戸を閉めて 落ち込まないで諦めないで 君のとなり歩くから 今夜も散歩しましょうか




B面:

正月早々の3日、アメリカのトランプはヴェネズエラの首都カラカスに陸軍精鋭部隊デルタフォースを送り爆撃して民間人を含む多くの死傷者を出したのち、マドゥーロ大統領夫妻を拘束してアメリカに拉致した。「麻薬を使ったアメリカへのテロ」の主犯だという理由で。1990年のパナマ侵攻、ノリエガ拉致の時と同じ理由である。もちろん石油利権回復と中国の影響力排除が本音だ。いかに問題の多い独裁政権だとはいえ一国の国家主権など無きが如き傍若無人な振る舞いだ。そもそもヴェネズエラ国民を守るための行動ではないし、民主主義を回復することが目的だとは一言も言っていない。これじゃあロシアのウクライナ侵略戦争と同じで、その和平調停などできないわけだ。もちろんイスラエルのガザ侵攻など止められない。今や世界は、専制主義的な指導者が競って軍事力を使って「力による現状変更」を公然と行う。利権と自己名誉欲を実現するために他国を侵害するという構図がはっきり見えてきたようだ。世界の平和、民主主義、法の支配、基本的人権などという「理念」で動く世界では無くなってしまった。市民が死のうが苦しもうが子どもが飢えようが意に介さない人たちが政治を動かしている。今年も、ウクライナやパレスチナに平和が来るどころか、新たな戦争が拡大する兆しが見えてきた。次はコロンビアだ!キューバだ!メキシコだ!グリーンランドだ!カナダもだ!同盟国なんて関係ない!そうなると中国の「次は台湾だ!」も時間の問題か。朝鮮半島も中国とロシアで山分けだ。どうするニッポン。振り向いてもそこにかつてのアメリカはない。かれらは「民主主義の守護者」の看板を下ろし、モンロー主義の時代に戻ろうとしていて自分のテリトリー、西半球で手一杯なのだから。日本が置かれている地政学的リスクは日清・日露戦争から太平洋戦争の時代と少しも変わっていない。専制主義的な隣人と対峙して民主主義を守るというなら日本はこれまでのアメリカ一辺倒の姿勢から脱却しなければならない。どうする?

トランプは、この2026年「新年のメッセージ」で世界の専制主義的リーダー達にエールを送った。

「門松やデストピアへの一里塚」