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2020年9月12日土曜日

古書を巡る旅(5)〜「ペリー艦隊日本遠征記」"Narrative of the Expedition to China Seas and Japan"のオリジナル版発見~




ハードカバー表紙
金文字に型押し


以前、1856年の「ペリー艦隊日本遠征記」縮約版:Narrative of the Expedition to China Seas and Japan、ニューヨークのAppleton 社刊行についてブログで紹介した(2015年5月26日「古書を巡る旅〜「ペリー艦隊日本遠征記」縮約版〜)。しかし、古書コレクターの視点で見るとこれは、後世、装丁が大きく改変されていて、初版本としてのオリジナリティーが保たれていない状態であった。特に外装は新しいものに取り替えられており、書籍としての程度は良いが、歴史的な古書としての佇まいが失われている。かつ(残念なことに)背表紙のタイトルがミスタイプされてる。Narrative of the Expedition to China Seas and Japanとすべきところを、Narrative of the Expediition to China and Japanとなっている。ペリー艦隊は中国には行っていないのでこれは大きなミスだ。この本の内容を正しく表していない。

オリジナルはどのような装丁の書籍であったのか以前から気になってた。横浜の開港博物館や下田の黒船ミュージアム、日比谷図書館で見学(ガラスケース越しに)したオリジナル版らしい書籍は、ページを開いて中のイラストを展示しており外装がよくわからない。検分する限りどれもかなり表紙が痛んでいて、どのようなデザインであるか目視では確認できなかった。ネットで画像検索すると、海外中心にの書店や図書館所蔵のいくつか画像が出てきたが、後世に装丁を直したらしいものが多く、中には豪華な装丁に換装されているものまである。その中で、いくつかオリジナルのままらしいものが見つかり、その一つが神保町の北沢書店のものであった。早速、北沢書店に問い合わせると、程度は「並」で随所に痛みがあるがオリジナル版であるとのこと。「やはり現品を見にこられることをお勧めします」とのことで早速見せてもらいに神保町に向かった。

北沢書店では議会版(下院版)と縮約版を鍵のかかる稀覯書の棚から取り出して、店主自ら詳細に解説していただいた。議会版はハードクロスカバーの3分冊の重い本である。一方の縮約版も、なるほどこれがオリジナルか、と感動する美しい作りの書籍である。グレーのクロス装丁で表紙と表にタイトルと飾りイラストが金押しで丁寧に飾られ、エンボス加工のデザインが施されていてなかなか魅力的な本だ。しかし、出版から160年以上経過しているので、それなりの経年劣化があり背表紙の金字が薄れているほか、真ん中あたりでバインディングが外れている。しかしオリジナルの状態をよく残している。いかにも文化財、歴史的資料というオーラを纏った書籍である。

議会版は、日本についての記述をまとめた第一巻(例の「話題騒然!下田混浴図」付きである)、日本以外の記述をまとめた第二巻、航海中の天文観測についてまとめた第三巻からなる。イラストの版画が豊富で、しかも精密である。カラー刷りも多用され美しい。艦隊には写真家も同行したようだが、挿入されている図版は全てリトグラフだ。ある意味カラー写真よりも緻密で、それでいて時空を超えた空気感がある。それだけでも当時の日本の様子が手にとるように分かり(もちろん異国人が見たエキゾチックな日本であるが)興味深い。地図もふんだんに折りたたんで挿入されてなかなか豪華な内容である。しかしとてもすぐに手が出る価格ではないので、より手の届きやすい縮約版を中心に検分させていただいた。こちらも縮約版とはいえ600ページを超える内容で地図やイラストも豊富で、議会版に劣らぬ豪華本である。

以下の写真を見ていただきたい。縮約版とはいえ26*17cmのサイズで600ページを超えるかなり大部の重い大型本である。ハードカバーの背表紙の金文字はかなり磨耗して剥落しているが、型押しデザインの表紙の日米友好を象徴する金字のイラストは鮮明に残っている。これだけでも貴重だ。ページの欠落などはない。書籍の中程のページで背綴じが外れたところがあり、これは修復は難しそうだ。これを本格的にやるとなると、前回見た換装版のように表紙、背表紙、裏表紙カバーを総取り替えして、バインディングをやり直さなければならないのだろう。店主に伺ったが、なかなかオリジナルのままで、書籍としての脆弱性がなく完璧に原本の状態を保っているものは少ないだろうという。またバインディングをやり直すとすれば、日本ではなくイギリスやアメリカの専門業者に頼むべきだと説明してくれた。まあ、学術研究図書として頻繁に貸し出したり、研究者が回し読みしたりする「資料」としてではなく、歴史的な古文書、文化財として将来にわたって保存していくべきものであろうと考えると、オリジナリティーをできるだけ保ったままの方が良いように思う。

北沢書店店主は、さすがに博識で経験豊かな洋古書の専門家である。かつてロンドンにもたびたび買い付けに行ったと、その時の話を聞かせていただいた。懐かしいセシルコートやベーカーストリートの古書店の話で盛り上がった。貴重な古書を発見、発掘することと、それを市場のニーズに合わせて流通させること。なかなか大変な商売だ。シーズの発掘とニーズの掘り起こし。これはいずれのビジネスにおいても共通する課題であるとここでも再認識した。また90年頃のバブル時代末期には、このペリー遠征記もロンドン経由で何冊か日本に入ってきたが、この頃はめっきり減ったという。こうした稀覯書の流通もその国の経済状態を反映するものだということがよく分かった。また、こうした稀覯書は、意外にオリジナルは質素な装丁の書籍であることがままあるようで、のちにその著作者や書籍の歴史的評価が高まると、それに応じて所有者が、装丁を改めて、蔵書としての体裁を整えることがあるそうだ。特に、イギリス田園地帯のマナーハウスやロンドンのマンションハウスの書斎に並んでいる蔵書棚は見事であるが、こうしたインテリア的な視点からの換装が行われたようだ。多くのシェークスピア全集やディケンズの著作集なども豪華な装丁に変更されたものがあると言う。その極端な例の一つがアダム・スミスの「国富論」だそうだ。18世紀出版当時のオリジナル版は簡素な表紙の書物であったが、時代を経るにしたがって、後世の蔵書家や図書館が豪華な装丁に換装していったという。今流通しているアダム・スミスの「国富論」「道徳感情論」のオリジナルとされる古書はこうしたものが多いそうだ。おもしろい話だ。書籍がその内容や情報を伝えるための
「媒体:メディア」であるだけでなく、歴史を纏うと「工芸品」として後世に受け継がれてゆく。一冊の古書にも様々なストーリーがある。こういう話が聞けるのが古書店通いの醍醐味である。





背表紙はかなり金文字が剥落しているが豪華な意匠である

背景は議会版に掲載されている下田の了仙寺(下田条約締結の場所)と思われるプリント
Bridge of Cut Stone & Entrance to a Temple, Simoda

表紙を飾る金字のイラストと型押しのフリル
左に日本のサムライが徳川の旗を掲げ、右にアメリカの水兵が星条旗を掲げる
和船と黒船が並ぶ日米和親を象徴するイラスト
背景の山は富士山と思われる

背表紙

Commodore M.C. Perry, United States Navy


ペルリ像