今年の紅葉はことさら美しかった。ピークの時期は11月下旬だったが、残念ながらいろいろ忙しくて京都の秋を堪能出来なかった。遅まきながら12月の最初の週末に八坂神社、高台寺、清水寺を回って最後の紅葉を楽しんだ。落葉してだめかな?と思ったがなんとかまだ間に合ったようだ。
大阪から京阪特急で祇園四条まで。京橋からでは座れないので淀屋橋から乗った。駅を降りると南座を右手に見ながら四条通を八坂神社へ。この道はいつも狭い歩道に観光客があふれかえっている。そこへ「いかにも」という「京都らしさ」を売り物にしたお土産屋や飲食店がぎっしり並んで、観光客を吸い込んでいる。たいていは京都に関係ないお土産物を京都風にラッピングしているにすぎないが、これが東京方面辺りから来る観光客にバカ受けだ。店内は「ちゃってさあ」言葉で沸き返っている。
外人観光客(ヨーロッパ系)の方が賢いかもしれない。彼等はこんな所で時間と金を費やさないで、知る人ぞ知る街角で、骨董品や和装、工芸品の工房などを見つけて入り浸っている。彼等の手にするガイドブックの方が私には興味がある。旅一つとっても日本人はまだ、アジア的なのかもしれない。隣国から札束握りしめて大挙して日本に押し掛けてくるの観光客を笑えない。
ともあれ祇園、高台寺、清水寺コースは、観光客、修学旅行の定番コース。京都観光の初級編だ。ここに足を踏み入れる以上、文句は言うまい。
紅葉は盛りを過ぎたとはいえ、樹によっては美しく赤や黄色の葉を錦のように織りなして美を競っている。但し人出もハンパではなく、清水寺など明らかに紅葉よりも人出が真っ盛り。清水の舞台からは人がはみ出さんばかり。舞台の底が抜けるんじゃあ、と怖くなったくらいだ。音羽の滝も長蛇の列。連れ合いは名残惜しそうだったが、私はサッサと立ち去っててしまった。
京都は世界的な観光都市。しかし、もう少しゆったり静かな古都の晩秋を楽しみたいものだ。
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2010年12月7日火曜日
2010年12月6日月曜日
追いかけるモデルのない時代へ 〜英国のリーダー像に何を学ぶか〜
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今年はNHKの大河ドラマ「龍馬伝」や、「坂の上の雲」で、幕末、明治期の日本人のヒーローがブームをよんだ。
この閉塞の時代の指針にしようという事なのか、日常のなかの情けないリーダ達の言動に辟易して、非日常の英雄に夢を託そうというのか。多くの人が歴史ドラマを楽しみ、涙し、現状に悲憤慷慨する。ツイッター上で語り、なかにはエライ経営者までが「なりきり龍馬」ではしゃいだり、大騒ぎだ。
たしかに、この時代のヒーロー達は古い時代の破壊者、変革者であり、破壊のあとの創造者であった。幕末の志士の変革へ情熱、明治の若者の成長への意欲。どれも今の日本に求められるものだ。しかし、当時の彼等と同じような行動が今求められるかと言うと、事態はそれほど単純明快ではない。今の混迷は明治維新の時期のそれとは大きく異なっている。
一番大きな違いは、追いかけるモデルがないことだ。今から思えば明治期には変革のモデル、目指すべきゴールがはっきりしていた。何もしないと欧米列強の植民地になってしまうという恐怖心から生まれたエネルギーがある。そしてそこには欧米列強と言う明解なレファレンスモデルがあった。そして隣には、清國というこれまた明解な反面教師、負のレファレンスモデルがあった。
ゴールやモデルがあればあとはやるべきことやる実行力の問題だ。殖産興業、富国強兵、西欧列強に追いつけ追い越せ。その為には古い仕組みを壊して、近代化に突き進む。もちろんそれを成し遂げるには強力なリーダシップが必要であったことは言うまでもない。ある種のビジョナリーリーダが求められた。旧制度、幕藩体制に押さえつけられていた階層の中からそのようなリーダーが出現した。そして彼等がが時代を変えた。そのハングリー精神が原動力だった。
しかし、近代資本主義国家というゴール目指して突き進んで来た日本は、やがてその行く果てに「衰退への道」というフェーズを見てしまった。国家の栄枯盛衰は歴史の理だ。これからはかつてのような目指すべきゴールも、参照モデルも何もない。全くの無から、新たに政治や経済が突き進むべきゴールとモデルを自ら設定する必要がある。
こうした時代のヒーローは、残念ながらみんなが憧れる幕末や明治維新の英雄達ではなく、別のパラダイムの創造者でなければならない。武市半平太を想起してもだめだ。坂本龍馬を待望してもダメだ。立身出世のモデル秋山好古や真之兄弟を自分達になぞらえてもダメだ。これからはゴールも、ビジョンも、モデルも誰も示してくれない。全くの未知の世界を突き進まねばならないわけだから。坂の上に追いかけるべき雲はない。
イギリスの政治情勢をリードする二人の若き政治家、キャメロンとミリバンドを特集した日経朝刊の一面記事。「民主主義国はおそらくどの形態の政治よりも国民を指導し、鼓舞する卓越した人物を必要とする」(ブライス)という言葉が心に残る。
そういう意味ではイギリスという国は、近代の最先端を走っている国だ。資本主義帝国主義の覇者大英帝国の時代を過ぎ、超大国の座をアメリカと言う新興国に明け渡し、さらに日本と言う新興国にも追いこされてしまった老大国。英国病などという汚名を極東の新興国日本に浴びせられたイギリス。しかし、マーガレット・サッチャーのイギリス政治経済の大手術を経て、次のステージをどのように作り出すのか。英国の若きリーダー達と、それを輩出する人材層は健在だ。そして世界中でイギリス人(いやUnited Kingdom各地の出身者)が活躍している。
幕末明治期の若者達から学ぶべきことは沢山あるだろう。しかし、過去の歴史をただ振り返って慨嘆したり、英雄の出現を待望しても何も生まれない。日本は全く新たなパラダイムに突入しようとしている。アメリカもヨーロッパも日本も。過去の資本主義的な、帝国主義的なロールモデルを追いかけるステージは終焉を迎えつつある。それは新興国にまかせておけ。役者が変わるがいずれ歴史の中で新興国も我々と同じ道をたどる。
資本主義「先進国」は「衰退」期を経て、次のロールモデルを誰がいち早く作り出して実行できるかの競争に突入するだろう。そしてそれをなし得るリーダー層をどれくらい幅広く生み出せるかが全ての競争の源泉になるだろう。その点でイギリスの「人づくり」に学ぶ点は多いと思う。
我々日本の明治期の若者から学ぶべき点の一つは、彼等のどん欲な知識吸収力と行動力、理想に燃えた目線の高さ、ハングリーさと、そしてなによりも能天気までの「楽観主義」だ。そして今付け加えるべきは「創造力」すなわちオリジナリティーだ。明治の先輩達にかけている所だ。いずれにせよ、そういう点では「人」が国の基本だ。そしてその「人」こそ国の発展の原動力だし資源だ。そしてその「日本人」は日本という国の枠を超えて世界の様々な分野でリーダーシップを発揮するだろう。 この事を忘れたら日本人には未来はない。「自分が楽しければそれで良い」人生を送る人が大多数のなかで、高い理想と卓越したビジョンで「滅私奉公」する人材を育てなければならない。
今年はNHKの大河ドラマ「龍馬伝」や、「坂の上の雲」で、幕末、明治期の日本人のヒーローがブームをよんだ。
この閉塞の時代の指針にしようという事なのか、日常のなかの情けないリーダ達の言動に辟易して、非日常の英雄に夢を託そうというのか。多くの人が歴史ドラマを楽しみ、涙し、現状に悲憤慷慨する。ツイッター上で語り、なかにはエライ経営者までが「なりきり龍馬」ではしゃいだり、大騒ぎだ。
たしかに、この時代のヒーロー達は古い時代の破壊者、変革者であり、破壊のあとの創造者であった。幕末の志士の変革へ情熱、明治の若者の成長への意欲。どれも今の日本に求められるものだ。しかし、当時の彼等と同じような行動が今求められるかと言うと、事態はそれほど単純明快ではない。今の混迷は明治維新の時期のそれとは大きく異なっている。
一番大きな違いは、追いかけるモデルがないことだ。今から思えば明治期には変革のモデル、目指すべきゴールがはっきりしていた。何もしないと欧米列強の植民地になってしまうという恐怖心から生まれたエネルギーがある。そしてそこには欧米列強と言う明解なレファレンスモデルがあった。そして隣には、清國というこれまた明解な反面教師、負のレファレンスモデルがあった。
ゴールやモデルがあればあとはやるべきことやる実行力の問題だ。殖産興業、富国強兵、西欧列強に追いつけ追い越せ。その為には古い仕組みを壊して、近代化に突き進む。もちろんそれを成し遂げるには強力なリーダシップが必要であったことは言うまでもない。ある種のビジョナリーリーダが求められた。旧制度、幕藩体制に押さえつけられていた階層の中からそのようなリーダーが出現した。そして彼等がが時代を変えた。そのハングリー精神が原動力だった。
しかし、近代資本主義国家というゴール目指して突き進んで来た日本は、やがてその行く果てに「衰退への道」というフェーズを見てしまった。国家の栄枯盛衰は歴史の理だ。これからはかつてのような目指すべきゴールも、参照モデルも何もない。全くの無から、新たに政治や経済が突き進むべきゴールとモデルを自ら設定する必要がある。
こうした時代のヒーローは、残念ながらみんなが憧れる幕末や明治維新の英雄達ではなく、別のパラダイムの創造者でなければならない。武市半平太を想起してもだめだ。坂本龍馬を待望してもダメだ。立身出世のモデル秋山好古や真之兄弟を自分達になぞらえてもダメだ。これからはゴールも、ビジョンも、モデルも誰も示してくれない。全くの未知の世界を突き進まねばならないわけだから。坂の上に追いかけるべき雲はない。
イギリスの政治情勢をリードする二人の若き政治家、キャメロンとミリバンドを特集した日経朝刊の一面記事。「民主主義国はおそらくどの形態の政治よりも国民を指導し、鼓舞する卓越した人物を必要とする」(ブライス)という言葉が心に残る。
そういう意味ではイギリスという国は、近代の最先端を走っている国だ。資本主義帝国主義の覇者大英帝国の時代を過ぎ、超大国の座をアメリカと言う新興国に明け渡し、さらに日本と言う新興国にも追いこされてしまった老大国。英国病などという汚名を極東の新興国日本に浴びせられたイギリス。しかし、マーガレット・サッチャーのイギリス政治経済の大手術を経て、次のステージをどのように作り出すのか。英国の若きリーダー達と、それを輩出する人材層は健在だ。そして世界中でイギリス人(いやUnited Kingdom各地の出身者)が活躍している。
幕末明治期の若者達から学ぶべきことは沢山あるだろう。しかし、過去の歴史をただ振り返って慨嘆したり、英雄の出現を待望しても何も生まれない。日本は全く新たなパラダイムに突入しようとしている。アメリカもヨーロッパも日本も。過去の資本主義的な、帝国主義的なロールモデルを追いかけるステージは終焉を迎えつつある。それは新興国にまかせておけ。役者が変わるがいずれ歴史の中で新興国も我々と同じ道をたどる。
資本主義「先進国」は「衰退」期を経て、次のロールモデルを誰がいち早く作り出して実行できるかの競争に突入するだろう。そしてそれをなし得るリーダー層をどれくらい幅広く生み出せるかが全ての競争の源泉になるだろう。その点でイギリスの「人づくり」に学ぶ点は多いと思う。
我々日本の明治期の若者から学ぶべき点の一つは、彼等のどん欲な知識吸収力と行動力、理想に燃えた目線の高さ、ハングリーさと、そしてなによりも能天気までの「楽観主義」だ。そして今付け加えるべきは「創造力」すなわちオリジナリティーだ。明治の先輩達にかけている所だ。いずれにせよ、そういう点では「人」が国の基本だ。そしてその「人」こそ国の発展の原動力だし資源だ。そしてその「日本人」は日本という国の枠を超えて世界の様々な分野でリーダーシップを発揮するだろう。 この事を忘れたら日本人には未来はない。「自分が楽しければそれで良い」人生を送る人が大多数のなかで、高い理想と卓越したビジョンで「滅私奉公」する人材を育てなければならない。
2010年11月27日土曜日
Leica M9その後 点検完了
以前報告した、Leica M9の気になる不具合(?)、点検修理完了。
メールでライカジャパンに問い合わせていた事象は以下の通り。
1)電源オフでもシャッターボタンを押すとLEDが明滅する。
2)シャッターボタン半押しでAEロックが出来ない。
3)シャッター半押しで露出補正リング回しても補正値が設定出来ないことがある。
4)SDカード挿入でも「カードがありません」表示が出ることがある。
5)再生時に画面ズームインして、スクロールすると他の画面に飛ぶことがある。
メールでの回答では、5)についてはファームウエアーアップデートで解消されているとのこと。他は
基本的には実機を見て点検を勧めるとのことであった。
以来、忙しくてなかなか修理点検に出せなかったが、ようやく昨日銀座のライカショップへ持参し点検を依頼。早速夕刻には、ライカショップより点検結果が電話で伝えられた。とても早い対応だ。
1)については、上部基盤に作動不良があったとのことで交換修理。
2)は、ソフトレリーズ時には半押しでシャッターが切れるのでAEロックは出来ない仕様となっているとのこと。標準/分離チャージで使用すればAEロックは可。
3)露出補正リングは異常なし。但しシャッター押し方によりやや微妙なズレが発生することがある、とのこと。
4)SDカードは基本的には指定カードを使用して欲しい。また、カメラで時々初期化をすることを推奨、とのこと。
銀座のライカショップの対応はスピーディーでテキパキしていて、こちらの質問にも的確に答えてくれ、非常に好感が持てた。プロフェッショナルな印象で、だいぶ信頼感を回復することが出来た。
無限大ピンと点検と調整もやってもらい、愛機は今朝宅配で早くも手元に届けられた。
しかし、ショップの技術の方がコメントしていたように、SDカードの認識の有無が起こりうる点、時々カードの初期化しないと不具合が発生する可能性があることなど日本製のカメラではまず有り得ない点だ。こうした所は改良が必要だろう。またこの点に関して、ドイツ本国側からの正確な情報と説明が不足している印象を受けた。
また、ソフトレリーズ設定ではAEロックが使えないことなど、マニュアルには一切記載がない(日本語版には追記されている)。これもショップ側は謝っていた。補正リングの問題も、微妙な押し加減が設定に影響するのでは使いにくい。まして基盤不良で電源作動不良が起きるのは論外だ。道具としての完成度に今一歩のブラッシュアップを期待する。
とりあえず一件落着だが、ドイツライカ社は日本人スタッフの迅速なテキパキサービスに助けられ顧客を失わずにすんだ。日本人のプロダクト、サービスの品質に対する要求水準は非常に高く、本国の方はそれに対応するモノ造りに必ずしもなっていない事がある。それを補って、信頼性を担保しているのが日本のローカルスタッフのサービスだ,という事を知った一件であった。
この逆は私の米国会社でのサービス品質管理プラクティスでいやという程経験したが... こういうギャップを乗り越えて本当のグローバル品質になってゆくのだ、とも。
メールでライカジャパンに問い合わせていた事象は以下の通り。
1)電源オフでもシャッターボタンを押すとLEDが明滅する。
2)シャッターボタン半押しでAEロックが出来ない。
3)シャッター半押しで露出補正リング回しても補正値が設定出来ないことがある。
4)SDカード挿入でも「カードがありません」表示が出ることがある。
5)再生時に画面ズームインして、スクロールすると他の画面に飛ぶことがある。
メールでの回答では、5)についてはファームウエアーアップデートで解消されているとのこと。他は
基本的には実機を見て点検を勧めるとのことであった。
以来、忙しくてなかなか修理点検に出せなかったが、ようやく昨日銀座のライカショップへ持参し点検を依頼。早速夕刻には、ライカショップより点検結果が電話で伝えられた。とても早い対応だ。
1)については、上部基盤に作動不良があったとのことで交換修理。
2)は、ソフトレリーズ時には半押しでシャッターが切れるのでAEロックは出来ない仕様となっているとのこと。標準/分離チャージで使用すればAEロックは可。
3)露出補正リングは異常なし。但しシャッター押し方によりやや微妙なズレが発生することがある、とのこと。
4)SDカードは基本的には指定カードを使用して欲しい。また、カメラで時々初期化をすることを推奨、とのこと。
銀座のライカショップの対応はスピーディーでテキパキしていて、こちらの質問にも的確に答えてくれ、非常に好感が持てた。プロフェッショナルな印象で、だいぶ信頼感を回復することが出来た。
無限大ピンと点検と調整もやってもらい、愛機は今朝宅配で早くも手元に届けられた。
しかし、ショップの技術の方がコメントしていたように、SDカードの認識の有無が起こりうる点、時々カードの初期化しないと不具合が発生する可能性があることなど日本製のカメラではまず有り得ない点だ。こうした所は改良が必要だろう。またこの点に関して、ドイツ本国側からの正確な情報と説明が不足している印象を受けた。
また、ソフトレリーズ設定ではAEロックが使えないことなど、マニュアルには一切記載がない(日本語版には追記されている)。これもショップ側は謝っていた。補正リングの問題も、微妙な押し加減が設定に影響するのでは使いにくい。まして基盤不良で電源作動不良が起きるのは論外だ。道具としての完成度に今一歩のブラッシュアップを期待する。
とりあえず一件落着だが、ドイツライカ社は日本人スタッフの迅速なテキパキサービスに助けられ顧客を失わずにすんだ。日本人のプロダクト、サービスの品質に対する要求水準は非常に高く、本国の方はそれに対応するモノ造りに必ずしもなっていない事がある。それを補って、信頼性を担保しているのが日本のローカルスタッフのサービスだ,という事を知った一件であった。
この逆は私の米国会社でのサービス品質管理プラクティスでいやという程経験したが... こういうギャップを乗り越えて本当のグローバル品質になってゆくのだ、とも。
2010年11月24日水曜日
紅葉散らすな御室戸の山
今年の紅葉は例年にない美しさ。
夏の猛暑で木が傷み、秋は短く寒さが急にやって来た今年。
こんなときは紅葉はどうなるんだろうという心配をよそに、例年よりやや早く紅葉のシーズンがやって来た。それも鮮やかな赤や黄色の織りなす錦繍の秋。日照時と夜の寒暖の差が大きく,うれしい予想外の鮮やかな赤が浮かび上がって来た。
関西に住む人の特権の一つは、この紅葉のシーズンを堪能出来ること。紅葉の名所がいたるところにある。特に奈良、京都の歴史を彩る紅葉風景は時空の旅人をワクワクドキドキさせる。もっとも短い期間にすべてを回ることが出来ないのが悩みの種。こんな贅沢を言える幸せ...
それでも,今年の秋は高野山に始まり,室生寺、談山神社と巡ることが出来た。談山神社は奈良の紅葉名所としては超有名どころで、訪れた当日は車の大渋滞と人出でまいったが、その割にはイマイチであった。かえって桜井からの行き帰り、渋滞でのろのろ運転のバスの窓から見たの路傍の紅葉が素晴らしかった。
去年は京都東山の南禅寺、永観堂、真如堂、今戒光明寺の素晴らしい紅葉を楽しんだ。今年は少し違う場所を探訪しようと三室戸寺を訪ねることにした。
ここ京都宇治の三室戸寺は、ツツジ、石楠花、紫陽花、蓮、そして紅葉で有名な花の寺。京都は紅葉の名所が多いが、シーズンの人出でも有名だ。何しろ東京からも新幹線で2時間程で来れる。JRの「そうだ京都へ行こう」などと言うTVCMに誘われる東京の住人がいかに多いことか。
幸いなことに三室戸寺はそれほどの混雑もなく,ゆっくりと紅葉を愛でることが出来る。穴場と言うにはちょっと有名過ぎるが,意外な穴場かもしれない。
三室戸寺は西国観音霊場十番札所。約千二百年前の光仁天皇勅願により、千手観世音菩薩を御本尊として創建されたお寺である。京阪で中書島乗り換えで宇治線三室戸下車。徒歩15分。
あまり能書きは要らないだろう。とにかく稀に見る今年の美しい紅葉スライドショーをご堪能下さい。
暮れはつる 秋のかたみにしばし見ん 紅葉散らすな御室戸の山 ーーー西行法師
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