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2015年4月1日水曜日

お江戸の町は花盛り。

 東京の桜は4月を待たず満開となった。28、29日の週末にはまだ5分咲きくらいだったが、気温の急激な上昇と晴天で一気に満開へ向かった。週が明けてしばらくはお花見日和の晴天が続いたが、週後半からは雨になるので花散らしになるだろう。定番のお花見スポット、千鳥ヶ淵へ行ったが、平日にもかかわらず見物客でごった返している。今年目立つのは外国人観光客。Hanamiを楽しんでいる。せいぜい日本の最高の季節を満喫して帰ってほしいものだ。

 この時期は、普段見慣れた都会の日常の風景が一週間だけ非日常の風景に変わる。通勤通学で通る最寄り駅への道も、このときばかりは「お花見ロード」。桜って考えてみると不思議は樹だ。普段は全く目立たず、どこに桜があるのか意識することもないのに、一年でこの時期だけ一斉に咲き、その存在を誇示する。こんなところにも桜がいたんだあ!と。桜は町の景色を一変させる力を持っている。人々の気持ちも切り替えさせてくれる。長くて寒い冬が終わり、暖かい春を迎える喜びに満ちている。桜を見上げている顔はそういった希望と安堵の顔だ。今年も春が来たぞ...  そしてあっという間に散りゆく。水面に浮かぶ花筏。散華の美も見事。そして新緑の季節へ。この時期は慌ただしい。

 そう思ってみると東京には桜が多い。江戸の名残だろう。上野寛永寺、墨田川堤、飛鳥山、愛宕山、御殿山、など江戸庶民の娯楽、お花見の名所が今も残っている。残念ながら御殿山は、黒船来航の時に急遽設けられたお台場用の土採りと、明治期の鉄道開通の時に山が切り崩されてほぼ無くなってしまった。千鳥ヶ淵や靖国神社などは明治以降の桜名所だ。それ以外にも地元の街のいたるところに桜が植えられている。

 戦前、東京市長であった尾崎行雄が日米友好の徴に贈ったワシントンポトマック川の桜は、東京と同じソメイヨシノであったが、こちらは一週間どころか一ヶ月くらい咲いていたように思う。なかなか散らない桜というのも妙なものだ、と思ったものだ。同じ桜でも風土によってその散り方が違う。日本とアメリカという風土の違いが、日本人、アメリカ人の心情の違いを表しているのだろうか。

 奈良、京都など関西はまだ開花したばかりだから、東京の桜の方が早い。奈良公園の氷室神社の早咲き垂れ桜は満開だそうだが、吉野のお山もこれからだ。又兵衛桜や佛隆寺の桜はもっと先だ。お江戸の桜とは違った風情があっていいものだ。

 それにしても、さくらさくらで、少々花酔い状態だ。桜には魔物が潜む。人を狂気に導く魔力がある、と言ったのは坂口安吾だったか。「桜の森の満開の下」では恐ろしいことが起こる、と。なにか心落ち着かなくなるのはそのせいなのか。満開の桜にただ浮かれて心ここに在らずなのかと思っていたが...


千鳥ヶ淵




平日にもかかわらずこの人出

大森貝塚庭園

JR大森駅への道







いつもの通勤路も花盛り
猥雑な駐輪場も画になる
八重洲さくら通り





日本橋野村本店前

日本橋



平日、曇天、強風、葉桜、にもかかわらずこの人出(上野公園)

目黒川
品川付近は静かで桜を独り占めできる





2015年3月25日水曜日

DUMBO Brooklyn ニューヨーク歴史地区 〜マンハッタン橋の下の物語〜

 ダンボ(DUMBO)といってもディズニー映画の耳の大きな子象の話ではない。ニューヨークブルックリンにある地区のことだ。ここはイーストリバーを隔てて対岸にマンハッタンの高層ビル群を望む景色の良いところ。最近は観光スポットとしても脚光を浴び始めている。しかし、かつてはマンハッタンブリッジの大きな橋脚の袂に広がる工場や倉庫がひしめくモノ造りの町であった。年配のニューヨーカーにとっては、地元ブランドのチョコレート工場やアイスクリーム工場が懐かしいところだとか。ご多分に洩れず産業構造の変遷により60年代以降衰退し、一時は廃墟同然の不気味で治安もよろしくない町へと変貌していった。1970年頃から、町の再開発を機に若いアーチストやアントルプルナーたちが移り住み始めた。古い倉庫や、工場跡がロフトやギャラリー、ビジネスインキュベーションの場として活用され始め、いまやトレンディーな街に変身を遂げつつある。地価・レントが高騰するVillageやSOHOを避けての移動だ。市当局はここを歴史地区の一つに指定している。

 もともとはマンハッタンのSOHOあたりもアイアンキャストの階段や外装の建物が並ぶ倉庫街であったが、いまやその独特の景観がアルチザンな街の顔になり、さらにはアーティストが活動拠点を構える憧れの地になっている。地価も高騰し、成功したアーティストやその雰囲気に魅せられた一部の金持ち(しばしばそうしたアート活動のパトロンである)しか住めない地区になってしまった。こうして若いアーティスト達はaffordableな新しい拠点を求めて、ブルックリンだけでなく、Meat Packing District:ミートパッキングディストリクトやHigh Line:ハイライン、あるいはハドソン河対岸のニュージャージーへと移り住んでゆく。最近はハーレムも新しい文化の発信地区に変貌してきている。どの地区もマンハッタン中心部への交通も便利で、若いサラリーマンたちにも人気のロケーションになっているという。

 DUMBOとはDown Under Manhattan Bridge Overpassの略で、「ダンボの物語」は文字通り「橋の下の物語」である。ニューヨーク最古のサスペンションブリッジ、ブルックリンブリッジもここに美しい姿を誇っている。3月初め、ちょうど訪れた時は雪景色を背景に、クリアーな青空。マンハッタンブリッジが夕日を正面に受けて輝き、対照的にブルックリンブリッジが夕日の残照にシルエットを落とすという、誠に美しい光景が出現していた。マンハッタンでは目にすることのできないもう一つのニューヨークの景観である。1870年以前は対岸からは船で渡るしかなかった。ここにFulton Landing:フルトン渡船場があったところからFultonとも呼ばれる。マンハッタンの素晴らしい夜景が楽しめる観光客に人気のRiver Cafeはここにある。


 こうしたスラム化した町が再び脚光をあびる町に移り変わってゆく様をgentrificationと呼んでいる。日本語では「都市再生」と訳しているようだが、日本の都市で行われているように、古い建築物を壊して、高層ビルに建て替える「都市再生」とは違う。古い建築物や町の景観を最大限生かしつつその中身を変えてゆく。それを、ハコモノではなくライフスタイルを提案する、いわば長いサイクルでの衰退と再生を繰り返す不断のevolutionと理解するならば、むしろ「町の輪廻転生」と言ったほうがいいように思う。都市はその中身を変えながら生き続ける。

 日本の地方の都市で、若者が出て行って年寄りばかりになってしまった古い町家、古民家を破壊してマンションにするのはgentrificationではない。古い町家や古民家での暮らしを新しいライフスタイルとすることだ。もっともマネーの論理がはっきりと働くニューヨークにおいては、そうしたgentrificationのせいで、街が賑わいを取り戻し、裕福な新住民が移り住み、地価が上がり、レントが上がる。それはとりもなおさず、安い家賃で暮らしてきた低所得の旧住民は出ていくことを余儀なくされるということを意味している。光と影を合わせて移ろいゆく、それが町の輪廻転生のもう一つの側面だ。


マンハッタンブリッジの橋脚が町のシンボル

石畳の街

イーストリバーままだシャーベット状だ。
春はまだ遠い

夕日を受けて地下鉄が行く

ブルックリンブリッジの夕景

ダウンタウンの夕景
新装なったフリーダムタワーも見える

ストリートペインティングもただの落書きではない
ここでは立派なアート作品



マンハッタンブリッジを下から覗く
橋脚の下はアートスペースやフードコートになる


DUMBOの街角
この橋はなんて巨大なんだ!

アート系のブックショップ








2015年3月13日金曜日

ニューヨーク郊外の小さな町 BeaconとCold Springsを訪ねる 〜そしてDia Beacon.こんなところに現代美術館が!〜

3月に入って、梅や蝋梅、椿が咲き始め、ようやく春の気配漂う季節になった東京を後に、極寒のニューヨークへ。最高気温でもマイナス1度、除雪の進んだマンハッタンの街角では雪が解けずに路肩で凍りついている。晴れの日の空は眩しいほど青いが、空気は突き刺すように痛い。久しぶりのfamily reunion。とりわけ「眼に入れても痛く無い」初孫と一緒!娘夫婦と初孫とでドライブに出かけた。なんと幸せな小旅行だ!そんな幸せにふさわしい素敵な街へ。

マンハッタンから車で80Km.ハドソン川に沿ってWest Highway , SawMill PKW、Route9Dと北上する。途中Bear Mountain State Parkの展望所で雪景色のハドソン川とベアマウンテンの眺望を堪能しながらのドライブ。陸軍士官学校で有名なWest Pointのさらに北、Beaconという小さな町に到着する。ハドソン渓谷沿いの美しい街並みが魅力的なニューイングランド風の町だ。中心部は歴史を感じさせる建物の立ち並ぶ通りと教会があるだけの静かな町並み。18世紀初めからプランテーションがあったところで、独立戦争当時にはFishkill 山にイギリス軍を見張るBaeconがあったことからこの町の名前になったという。アメリカ建国時代に形成された歴史ある街だ。

High Streetに沿って立ち並ぶ古い建物はアンティークショップ、廃業して売りに出されている古いホテル、小さなレストランやアートショップ。1870年代のスレート葺屋根の建物が復元保存されている。そして小さいが美しい尖塔を持つ教会。通りの先には雪化粧の山肌が迫る。

昔、イギリスのロンドンにいた時に、週末はよくKentやSussexの田舎へ車で出かけた。Tumbridge WellsやHasting,Battle, Ryeなどの小さな町のPub やレストランでイングリッシュブレックファーストやアフタヌーンティーを楽しむ。気取らない雰囲気で濃い紅茶やイングリッシュマフィン、ホームメードの生クリームとジャム。時にはミートパイ。たまらなく心豊かで嬉しい時間だった。Beaconの佇まいはあの時のイングランドの小さな村を彷彿とさせる。まさにニューイングランドと言われる所以だろうか。

Beaconにもコージーで素敵なレストランがある。アメリカらしくメニューはハンバーガーやパニーニが主体だが、イングランドの田舎町を思い出させてくれた。週末だからか結構込み合っていて、次々に客が来て、そのうち外で並んで待ち始めた。東京じゃあるまいし... あまり食べるところがないのと、なかなか洒落たところであることとで人気があるようだ。

最近、Beaconという地名が日本人のNY訪問客にも知られるようになったのは、Dia Beacon現代美術館が2003年に開設されてからだ。とは言ってもまだまだ知る人ぞ知るアートスポットだが。ハドソン渓谷沿いの広大な敷地に展開する自然と共生するアートスペースだ。Dia Art財団が展開する美術館はこのほかにもマンハッタンのチェルシーなどがある。ニューヨークといえばメトロポリタンや、グッゲンハイム、MoMAが有名人気美術館だが、ちょっと郊外に足を伸ばせばこんな素敵なところがある。

元はナビスコの包装工場であった広大な敷地には、これまた広々した建物が確保され、自然光だけで内部採光された空間が用意されている。それぞれの作品はそのなかにゆったりと配置されている。というより、このスペースそのものがまさに作品だと言えよう。写真撮影禁止と禁止マークの無いコーナーとがある。どういう区分けなのか不思議だ。人々の鑑賞を妨げるような無作法な観光客は少ないので、訪れた人は作品やその置かれている空間を愛でながら適切に撮影もしている、といった感じだ。ちなみに今はメトロポリタンもMoMAも写真撮影OKになっている。嬉しい。

しかし、なんという贅沢な癒しの空間と時間だ。日本人の「おもてなし」とは異なる「おもてなし」がここにはある。外に出ると雪景色のハドソン川を望む庭園がある。ここの植栽と青い空と白い雪、そして輝く太陽の組み合わせももう一つのアート作品だ。(Dia:Beaconウエッブサイト

少しマンハッタン方面に戻ると、Cold Springの街がある。ハドソン川に面した古い村である。ここも歴史的建物を中心とした街の佇まいが美しい。アンティークショップやブティークが並ぶ。夏は避暑地として人気だが、春まだ遠いこの季節の静かな佇まいもまた格別だ。ここもニューヨークなのだ。喧騒渦巻くマンハッタンとは違ったニューヨークのもう一つの姿を楽しむことができる。

どちらもマンハッタンからは、グランドセントラル駅からハドソンラインの電車でも行くことができる。所要時間1時間半ほど。


Beaconの町並み











Dia:Beacon現代美術館







Cold Springの町へ







Bear Mountain State Park