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2022年9月24日土曜日

江戸城再発見(1)〜Tokyo都市景観と江戸城〜


東京は不断に変化し続ける街だ。昨日あった景色は、今日には消えて無くなっている。明日にはどのような景色が眼前に広がっている誰にも予測出来ない。諸行無常、有為転変、色即是空。まさに「ゆく川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず」。幕末に来日したあのベアトが、愛宕山から撮影した黒瓦が累々と連なり、白漆喰塀が延々と市中を貫くあの江戸の街はすっかり時空の彼方に消えてしまった。文明開花、殖産興業、富国強兵が生み出した大日本帝国の帝都東京の赤煉瓦と大理石でできた堂々たる近代的ビル街も、震災や戦災や高度経済成長期にいつの間にか消えてしまった。歴史的な景観が保持されない街なのだろうか。そんな中、この江戸城だけはほぼその佇まいを変えず、東京のど真ん中で歴史的な景観と豊かな緑を保ち続けている。徳川が築いた江戸城は、明治維新後、天皇の東京奠都とともに東京城、皇城、宮城、皇居となった。そのおかげで、「王政復古」の大号令にもかかわらず、武家支配のシンボルである城の構えは取り壊しの憂き目にも遭わず、かつての威容を保っている。もちろん幕藩体制の中枢である幕府の御殿や、その藩屏たる大名屋敷は跡形もなく消え失せた。宮中三殿、新宮殿が元の西の丸、吹上に建設され「御所」となった。徳川の本丸御殿や二の丸、三の丸は皇居東御苑となり市民に公開されている。北の丸は武道館のある北の丸公園になった。かつての江戸城は、その濠と石垣と城門と櫓が残り、広大な敷地とともによく往時の風格を残した城構えが維持されている。そして都心に貴重な森を包含するこの皇居は、それを取り囲む現代的な都市景観と相俟って、世界に誇る国際都市Tokyoを代表するユニークな景観を形成している。この不変、不動の原点を中心に時代と共に日々移ろいゆく大都会の姿。このコントラスト、これは時代を超えて景観遺産として引き継がれてゆくことだろう。



皇居吹上御苑と富士山、国会議事堂の夕景

日比谷濠沿の日比谷通り
皇居外苑
江戸城時代の重臣屋敷跡

二重橋濠と丸の内オフィス街の景観

ゆったりとしたスペースが

都心の貴重な緑の空間

二重橋へ向かう坂
背景は霞ヶ関官庁街

東京海上ビル
かつて界隈唯一の高層ビル建設にあたって、皇居の景観を損なうと論争を引き起こしたビルも今や周りをさらに高いビルに囲まれてしまった。そして早くも建て替えのための取り壊しが始まった。

二重橋へのアクセスバリアー
背後は霞ヶ関官庁街


歴史上の二人の忠臣。武人の楠木正成、文官の和気清麻呂。その銅像が今も皇居を見守る。今やこの二人が誰だか知る人も少なくなった。


楠木正成像


和気清麻呂像


オフィスビル群に埋もれる巽櫓
背後はパレスホテル

巽櫓と桔梗濠

東御苑内の本丸百人番所



馬場先門界隈

桜の季節の千鳥ヶ淵

石垣ではなく土塁で囲まれた桜田濠
半蔵門方面

桜田濠
丸の内、大手町のオフィス街を背景に


桜田門

桜田門から国会議事堂


凱旋濠と第一生命ビル

銀行協会の赤レンガ建築は取り壊されてしまった

和田倉濠と大手町オフィス街

富士山、国会議事堂、桜田門、皇居外苑

皇居全景
丸ビルからの展望


(撮影機材:Nikon Z9 + Nikkor Z 24-120/4、桜の季節の写真、夜景写真はLeica SL2 + VarioElmarit 24-90)



皇居/江戸城全景
左の広い緑の部分が吹上御苑、宮殿、吹上御所(西の丸跡)
右上は東御苑(本丸、二の丸、三の丸跡)
右下は皇居外苑(大名、旗本屋敷跡)
上は北の丸公園、武道館(北の丸跡)
(宮内庁HPより)