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2023年4月5日水曜日

花と新緑の競演 日比谷公園は春爛漫 〜そしてちょっと皇居外苑散策〜


チューリップ
ネモフィラ

桜が今年は長持ちした。それも終わりに近づき、花吹雪が舞う頃、今度は一斉に春の花が咲き始める。日比谷公園は私にとっては毎年の季節の移り変わりの定点観測地点。例年、春になると日比谷公園の花壇にはチューリップが植えられ、そして続いてネモフィラが植えられる。コロナ規制が緩和された今年の日比谷公園はネモフィラとチューリップが同時に植えられている。藤棚には早くも花房が枝垂れ、ハナミズキも開花した。そして新緑が目に眩い。今日は快晴の空が気持ちが良く暖かいので、ウォーキングを兼ねて日比谷公園からお堀沿いに足を延ばす。ソメイヨシノは散って、皇居乾通りや千鳥ケ淵の桜も終わってしまったが、皇居外苑は八重桜が満開。海外からの観光客も増えて、この辺りは賑やかだ。かつては日比谷と霞ヶ関と大手町の間をよく歩いたものだ。この界隈は我がテリトリー、生活圏だった。日本が「Japan As Number One」などともてはやされて調子に乗っていた頃だ。そして日本企業の海外進出が盛んであったころだ。経済が停滞して30年。給料も物価も上がらないデフレの日本。頭脳流出、技術流出が始まった日本。海外から買い叩かれる日本。少子高齢化で生まれる人の数より死ぬ人の数の方が上回る様になり、人口減少が止まらなくなってしまった日本。本当に30年の思考停止、茹でガエル状態が現在の縮小日本の産んだ。この春爛漫の日比谷公園に佇み、脳内を巡るネガティブな妄想。日本経済の春の息吹はいつなのか? かつて我々が闊歩した日比谷、大手町界隈もすっかり街の様相が変わってしまい、なんだか見知らぬ街に変貌しつつある。街を歩いていても昔の仲間にも商売敵にも出会わない。日比谷公園を彷徨いていても知り合いに声をかけられることもなくなってしまった。行き交う人は知らない人ばかり。新橋の馴染みの店も今はない。長年住み慣れた日比谷ビルは着々と解体工事が進んでいる。毎年この季節になると日比谷公園を訪ねて「あの頃の時間」を探す。やれやれ「今浦島」感が漂う。ふと見回すと、街ゆく外国人の姿の多さに気づく。そうだこれだ!縮んだ日本が再生するトリガーは「外」だ!本当の意味でのグローバル化だ。均質化ではなく多様化である。あの頃のバブリーな過去に戻ることではない。ホラーストーリーをドリームストーリーに変えたあの時の決断と行動を思い出しながら、春の息吹を感じた。


春爛漫の日比谷公園!












フジ






ハナスオウ
シャガ






新緑の日比谷公園






皇居外苑の八重桜





ギョイコウ桜


ハナミズキ


お堀端、日比谷通りのイチョウ並木も芽吹き始めた


(撮影機材:今回はLeica M11 + Heliar Classic 50/1.5、Leica Q2 28/1.7。ズームレンズではなく単焦点レンズの威力を!)




2023年4月1日土曜日

自由学園明日館 〜フランク・ロイド・ライトの贈り物〜

 




本日は、念願の自由学園明日館を訪ねた。日本に残るフランク・ロイド・ライトの建築作品は、芦屋の旧山邑家住宅(ヨドコウ迎賓館)、駒沢の旧林愛作邸(電通八星園)と、今回訪れた池袋の自由学園明日館しか残っていない。ライトの代表的な建築作品であった旧帝国ホテル本館は解体されて、本館の玄関周辺のみが明治村に移築、「展示」されている。さらに、旧林愛作邸は所有者の電通が、遊休不動産売却計画の一環で2021年に住友不動産に売却。取り壊して跡地はマンションになるのでは、と言われている。芦屋の山邑邸も一時は取り壊して跡地にマンションをという計画であったものを、地元の住民の自治体を巻き込んだ運動とヨドコウ社長の英断でで取り壊しが回避された経緯がある。自由学園は1934年にメインキャンパスを郊外に移転した後も、旧キャンパスと校舎を維持、社会活動に活用し現在に至っていることを考えると、資本の論理に任せていると建築文化財は残らない事がわかる。そういえば歴史的建造物が取り壊された跡地がマンションになるケースは後をたたない。安易に換金できるからだ。マンションの住人としては複雑な心境だ。と同時に、企業はこうした歴史的な建物を取得する以上、後の世代に文化財として次いでゆく責任がある。それこそCSRでありSDGsであるはずだ。その責任を全う出来ないなら最初から手を出さないことだ。「文化財守れる人こそ文化人」

自由学園は羽仁もと子・吉一夫妻によりキリスト教の理念に基づく女子教育の学校として大正10年(1921年)に創設。画期的な教育方針とその実践で現在も人気の学園である(現在は幼稚園から大学部までの共学校)。私の小学校時代以来の旧友の姉がここの卒業生で、品格と教養を兼ね備えた才媛であったことを覚えている。そのせいであろうか私は自由学園に特別な憧れがある。1934年に郊外(現在の東久留米市、西武線「ひばりが丘」駅)に移転。西池袋キャンパスは自由学園明日館として残された。結婚式やコンサート、地域のイベントに使用されている。同じ敷地に建つ講堂とともに重要文化財指定である。残念ながら訪問当日は結婚式のため貸し切りとなっていて内部を見学できなかったが、これだけの歴史的建物とキャンパスが整備、保存、活用されていることに敬意を表したい。。また同じ敷地内には、羽仁夫妻が自由学園創設に先立つ1903年に創立した出版社、婦人之友社(元家庭之友社)の本社があり、その読者の会である「全国友の会」(1930年設立)の本部もある。むしろ自由学園は、その教育問題、社会問題に対する主張と実践の場として創立された。

この建物は、帝国ホテル設計のために来日中のライトに、その弟子の遠藤新が羽仁夫妻を紹介、自由学園の教育理念に共感したライトが設計を引き受けたものである。ライトは、帝国ホテル設計プロジェクトという多忙な日本滞在日程にもかかわらず、この自由学園プロジェクトに楽しんで取り組み、アメリカの平原スタイル(プレイリー・スタイル)を取り入れたプランを短時間に仕上げたと言われている。シンボリックなホールは、シンプルな構造の中に大きな窓を取り入れ、豪華なステンドグラスではなく、幾何学的な装飾(ライトスタイル)窓とした。まさに明日館の顔ともいうべき一角である。のちにはこのホールが手狭になったため、ライトの弟子である遠藤新によって別棟の講堂が建てられた。キャンパス全体が、いわば「ライト様」で統一されていて心地よい空間となっている。先述の旧林愛作邸も、帝国ホテルの支配人であった林愛作の願いで設計を手掛け、プレーリー・スタイルだと言われている。こちらは非公開建築物であり、ほとんどの人が目にする機会もないまま、人知れず取り壊されるのかと思うとなんともやるせない。

12年前に訪れた、もう一つの現存するライトの建築作品、兵庫県芦屋の旧山邑邸については、下記をご覧いただきたい。

 2011年9月15日 芦屋 旧山邑邸(ヨドコウ迎賓館


ライトの道
両側が自由学園キャンパス

明日館(中央棟、西教室、東教室)
フランク・ロイド・ライト設計 
大正10年(1921年)竣工 東教室は1925年竣工


中央棟外観
窓のデザインがライトだ

内側(Wikipediaより)


講堂:遠藤新設計 昭和2年(1927年)竣工

婦人之友社
1903年創業/創刊

池袋駅西口 Global Ring


(撮影機材:Nikon Z9 + Z Nikkor 24-120/4)

2023年3月29日水曜日

桜の季節は街の景色が一変する 〜そして慌ただしく季節が変わってゆく〜

今年の桜は開花と満開が早かったが、直後の冷たい雨と気温の急激な低下で花が長持ちしている。桜満開時の雨は「花散らしの雨」と言われるが、開花宣言から2週間たっても健気に散らずに咲き誇ってくれている。久しぶりのマスク解禁のお花見シーズン、都内の上野公園や隅田川堰堤、千鳥ヶ淵などの桜の名所はすごい人出であるが、この季節、桜は特別な花見の名所でなくても、いたる所で美しく咲き誇る、日頃見慣れたご近所の街角ですら、気がつくとここにもこんな桜があったのか、と思いがけない発見に驚かされる楽しみがある。桜には一瞬にしてあたりの景色を塗り替えて非日常世界に変身させる魔力がある。故郷の山河の景色だけでなく都会においても同様だ。これが日本の春の原風景である。そして一斉に散って季節が移り変わる。そんな慌ただしい季節でもある。今年の桜の記録の一端を。



日本橋さくら通り






日本橋




日本橋

大森













西大井駅

西大井

大森山王


馬込文士村「尾崎士郎旧邸」

東海道線沿線

大森貝塚庭園「モース博士像)


旧原小学校