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2022年5月7日土曜日

東京都庭園美術館「アール・デコの貴重書」展探訪 〜薫風、新緑、稀覯書〜






今回は年一度の建物公開に合わせて、アール・デコの貴重書に着目した展示があるというので東京都庭園美術館にやってきた。前回の訪問はなんと7年前の2015年。近いのでいつでも行けると思ってこんなに時間が経ってしまった。久しぶりの庭園は新緑が目に眩しい。やはり都会には貴重な癒し空間だ。もちろん建物は近代建築として一見の価値があるほか、内部のインテリアは紹介しきれないほどの見どころいっぱいである。なるべく総花的にならないように写真をセレクトしようとしたが、それでも選びきれない。しかし、今回のお目当ては建物やインテリアではない。そこを我慢しながら今回は展示のテーマである古書中心に探訪してみた。もちろんこの建物やインテリアと無関係な書籍たちではないので、多少は触れざるを得ないのだが。5月の連休の只中とはいえ、予約制なのであまり混雑もなく、薫風、新緑、アール・デコの館、そして貴重書コレクションをゆっくりと楽しむ。贅沢な時間を過ごすことができた。

旧朝香宮邸は居住用の邸宅として1933年に竣工。その後の戦争と敗戦という歴史に翻弄されて現在は東京都庭園美術館となっている。朝香宮夫妻は1920年代にパリに滞在。まさに全盛期であったアール・デコ様式の美に魅せられて帰国。自邸の建設にあたりアール・デコ様式にこだわった。アンリ・ラパンがインテリアをデザインし、ルネラリックがガラス工芸を担当するなど、フランスの一流の工芸家、デザイナーの作品を内装や家具に用いた。これらはフランスから直輸入された。当時としてはかなり贅沢なこだわりで、皇族とはいえ日本に完璧なアール・デコ様式の邸宅を出現させたことには驚きを隠せない。建物はデザインをフランス側に依頼、日本側の宮内省内匠寮で設計/施工。日本の匠の技が随所に生かされている。日欧のコラボレーションの賜物である。

アール・デコ(Art Deco)とは、1920〜1930年に欧米でブームとなった美術、装飾デザインの様式。1925年のパリ万国装飾美術博覧会(通称「アール・デコ博覧会」)からきている。今回の展示でもこのアール・デコ博覧会関連の書籍、資料が豊富に展示されているほか、当時のフランスの装飾美術に関する書籍や雑誌、子供向けの絵本に至るまで多種多彩な文献資料が紹介されている。この美術館のアール・デコムーヴメントの文化的な遺産が歴史的建造物や工芸作品だけではない事を示している。この1925年のパリ博覧会には日本も出展しており、ヨーロッパに大きな影響を与えたと同時に、アール・デコの波は日本にも押し寄せこの朝香宮邸のような建築物を日本に生み出した。文化や芸術はこうして相互交流しながら発展してゆくものだ。

アール・デコと比較されるのがその前の時代、19世紀末のベルエポックの時代にもてはやされたアール・ヌーボー(Art Nouveau)である。これはウィリアム・モリスのアート・アンド・クラフト運動に発する自然や動植物の模様を取り入れた曲線や非対称的なデザイン様式、装飾デザインである。個人的にはエミール・ガレやドーム兄弟のガラス作品に魅了されるし、エクトール・ギマールのパリの地下鉄の出入口のデザインをイメージしてしまう。しかし20世紀に入ると第一次世界大戦を境に、戦後の産業や技術の発展に伴い、より直線的、幾何学的デザインを用い機能的で実用的なフォルムや、産業とアートを融合するムーヴメント、すなわちアール・デコがブームとなっていった。建築の分野でアール・デコの代表的な建物としては、ニューヨークのクライスラービル、エンパイアステートビル、ウォルドルフアストリアホテルがある。また日本でもその影響を受けた建築物として、学士会館、大丸心斎橋、山の上ホテル、などがある。フランクロイドライトやヴォーリスの建物もその影響下にあるといわれている。そしてこの旧朝香宮邸が最もよくそのオリジナルの様式を今に残す建築物の代表であることは否定できない。




ダイニングルーム:

開放的な窓からの緑広がる展望が最大のご馳走であるが、その内装やしつらえも代表的な作家によるアール・デコの真髄に溢れている。なんと贅沢な空間であることか。


内装設計:アンリ・ラパン
照明器具:ルネ・ラリック

壁面レリーフデザイン:イヴァン・ブランショ



テーブルセッティングは古書をイメージしている




書斎と書庫:

英国のマナーハウスのような重厚感よりも、シンプルでモダンなしつらえの書斎。映画のイメージで言えば、ダウントンアービーやコナン・ドイルのシャロック・ホームズの世界ではなく、アガサ・クリスティーのエルキュール・ポワロの世界だ。



内部設計:アンリ・ラパン

一枚板のガラストップデスク


隣接する書庫





展示古書:

やはり美術書、芸術関係書が多い。特にアール・デコ様式の参考書が圧倒的。パリの1925年開催の「アール・デコ博覧会」の記録集や資料も豊富だ。何と言っても当時の雑誌や書籍のデザインそのものがアール・デコ調。さすがのコレクションだ。


1925年「パリ万国装飾芸術博覧会」(アール・デコ博覧会)報告書

「アール・デ・デコラシオン」誌 1925年ルイ・ヴィトンの広告

「アール・デ・デコラシオン」1919〜1930年
老舗の美術雑誌のバックナンバー集

「ガゼット・デ・ボントン」誌 1924年


子供向けの音楽書「おもちゃ箱」
アンドレ・エレ画、ドビュッシー作曲


「近代装飾芸術年鑑」1924年


「室内芸術とラグジュアリー産業レビュー」誌 1933年
表紙デザインはマックス・アングラン


「新しいショーウィンドウと店内陳列」
ガブリエル・マリオン編集

「芸術と産業」誌 1923年1〜12月号
マックス・アングラン表紙デザイン



インテリアを構成する工芸品の数々:

ルネラリックのガラス工芸など細部のパーツに至るまでアール・デコ様式の装飾や家具の宝庫。全てをここで紹介することはできない。特にランプのコレクションは圧巻。これはまた別に写真集ができるほどだ。


ルネ・ラリック作


こちらもラリック作のシャンデリア

暖炉


アンリ・ラパン作の香水塔

ダイニングルームの壁面のレリーフ




暖房用のラジエータグリル





建物エクステリアと庭園:

門から玄関までの緑濃いアプローチは、これから始まる未知のストーリーへの期待感を掻き立ててくれる。そして開放感あふれる洋風庭園に隣接して池泉回遊式の日本庭園と茶室がある。この新緑輝く鬱蒼たる森の存在が和洋のコラボレーションの極致であるような感覚になる。ちなみに隣は目黒の自然教育園の森だ。



門から玄関までのアプローチ

正面から見た本館

庭園から見た本館

玄関前の新緑と狛犬

森に囲まれた様式庭園


池泉回遊式の日本庭園

茶室

美術館新館

新館のカフェテラス

本館


参考:過去のブログ



今回の建物公開、展示イベントでは、館内及び展示物の写真撮影、SNS等への掲載は、プライバシーに配意し、商業目的でない限り許されている。また館内での三脚、ストロボ、レフ板、望遠レンズなど重装備のカメラの使用は禁じられている。

(撮影機材:Leica SL2 + Sigma 24-75/2.8 DG DN 今回のような撮影にはコンパクトで取り回しも良く、他の来館者の迷惑にもならないので最適であった)