先週の全国規模のコンファレンスは福岡の新しい顔、シーサイド百道にあるヒルトンシーホークホテルであった。4000名を超える参加者が集まる大規模な会議であった。
これまでは横浜のパシフィコ横浜や神戸のポートアイランドシティーで開催されて来たものが,今年は福岡で開催された。
この辺りはまるでリゾートのような心地よさを持ったエリアだ。あるいはシカゴのレイクショアードライブを彷彿とさせる。あるいはワシントンDCのタイダルベイスンか。サンフランシスコのフィシャーマンズワーフか、ロスのサンタモニカか,ホノルルのワイキキビーチか、と言うと褒め過ぎかも。少なくとロンドンのドックランドエリアよりはかっこいい。特に博多湾の美しさが近代的な都市景観にマッチしている。
福岡には大きなコンファレンスの出来るホテルが少ないのが欠点だが、ここシーホークは十分欧米やアジアの新興都市のそれに対抗出来る設備と景観を有していると思う。
特に、ここシーサイド百道はアジア太平洋博覧会で新たに埋め立てられ,人工的に創出された新都心だ。しかし、その設計思想は新しいビジネス拠点と、住み心地のよい住空間と、豊かな自然と、人工的ではあるが海岸線をけがさない景観との調和が活かされているように思う。福岡市が取り組んだ成功事例と言われている。
だいたい役所が取り組んだ再開発プロジェクトで旨く行ったものは少ないがここは例外だろう。その成功に気を良くして取り組んだ二番煎じの上川端地区再開発や巨大な人工島アイランドシティーのプロジェクトとよく比較される。同じ時期に民活で行ったキャナルシティーの成功もあってますます、あとの二者のケースが悪く言われる。
私の幼少期を過ごした懐かしい今川橋や、樋井川、百道や地行の海水浴場はなくなってしまったが、後世に誇れる新しい福岡の顔が出来た事が嬉しい。すっかり変わってしまったのに何度来てもなつかしさえ覚えるのが不思議だ。確かに、博多湾に浮かぶ志賀島や能古の島、玄海島の風景は今も昔も変わらずにある。
ところで日本にはコンファレンスシティーという概念が薄い。いまだにせいぜい京都くらいが日本を代表する「国際会議」都市だったりする。国際的なコンファレンスを誘致する動きは世界の主要都市やリゾートの間で活発だが、なぜか日本ではあまり活発でない。欧米では大掛かりなコンファレンスやトレードショーは地元にとって大きなビジネスチャンスなのだ。シンガポールや香港もそうだ。それを見逃す方はないのだが。
福岡は,おそらく日本におけるこうしたコンファレンスシティーの代表格になってもおかしくないと感ずる。
まず、成長著しい東アジアの国々とのアクセスがよい。釜山とは3時間の高速船で直行で結ばれている。飛行機ではソウル、大連、北京、上海、香港へは東京よりも近い。福岡空港は世界でももっともアクセスのよい空港の一つだ。新幹線は東京や大阪のみならず鹿児島を繋ぐ。高速道路網も整備され九州各地の神秘的なリゾートへも簡単に到達出来る。
福岡市には20世紀的な重厚長大産業をシンボライズする工場群が見当たらない。海に面した日本の都会は,たいてい海岸ベリがこうした工場で占拠されている。お隣の北九州市とよく対比されたものだ。皮肉にもこれらがなかったことが21世紀的な町の発展には幸いする。なにより町の規模が適度で洒落たカフェや素敵な食事を提供するレストランが多い。しかもとてもリーズナブルなプライス... 町並みが美しい。祭りや芸能などの文化の香り豊かな土地柄である。学生が多く若者の町である。水辺が美しく都市の景観に彩りを添えている。まるでリゾートと言ってもよい雰囲気を持っている。歴史的な景観や自然豊かな風景が破壊されずに残っている。世界的に見ても非常にバランスのとれた都会と言えよう。
福岡に足りないものは、国際級のホテルだ。それと自分たちの町がそのようなポテンシャルを持った町だ、という市民の認識だ。そしてそのポテンシャルを活かそうという行動だ。世界的に見ても福岡は決して遜色のない魅力を持っている。もう少しブラッシュアップすればさらに言うことはない。過去の歴史を振り返ると中世博多の黄金の日々を除くと、特色のない平凡な地方通過都市,支店文化の町であった時代が長いので世界的に知る人が少ないだけだ。
これからだ、さらなる進化を遂げるのは。かつて大航海時代のオランダの地図にはIaponiaの西に島にFacataという都会が記されている。再び世界地図に福岡/博多が復活するのだ。
故郷である福岡がこのように大きく変貌し、さらにグローバルな評価を得られる町に発展して行くと思うと興奮する。決して東京を向いてその都市の進化の過程を真似をしては行けない。look eastではなくてlook west.だ。独自の道を創造することだ。アジアに向けて開いた国際都市としてのアイデンティティーを確立することだ。
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2010年10月15日金曜日
2010年10月10日日曜日
長崎くんち
福岡の街の変容ぶりと、都市景観の落ち着きには来るたびに驚かされる。福岡の都心部には高層タワーマンションなどの町並みを猥雑にする建築物がない。ビルの高さが一定に保たれているので整然とした落ち着きが保たれているのだろう。何よりも空が広いので気持ちよい。これは福岡空港が都心に近い所にあり,建物の高さ規制が適用されているためだ。航空機の騒音には悩まされるが、日本一便利な空港と低層ビル群。これが福岡の都市の特色となっている。アメリカのワシントンDCの都市景観も同じような理由で福岡に似ている。
コンファレンスのあったシーサイド百道のヒルトンシーホークホテルが唯一の高層ビル,と言っても良いくらいだ。
百道の都市景観は素晴らしい。穏やかな博多湾と能古の島、志賀島、そして糸島半島に囲まれた人工的な海浜都市景観。自然と都市の調和がよく保たれていてリゾートに行かなくても十分ゆったりとした時間を過ごせる。
子供の頃、樋井川のほとりから父のこぐボートに乗って百道の海水浴場へ連れて行ってもらったあの時の景観は既にないが...
長崎へは来年3月開業予定の九州新幹線にあわせて大規模な立て替え工事を行っている博多駅から特急で2時間強。将来長崎新幹線が開通しても1時間半かかるようだ。やはり遠い。東シナ海に面したいくつかの入り江が天然の港として、中国、南蛮、紅毛貿易の拠点になっていた。この辺りは地形が入り組んでいて、山も多く、複雑な海岸線が続き、平戸におけるポルトガル、オランダ、イギリス貿易に始まり、長崎に落ち着くまで、いくつかの入り江を点々と交易港にして来た歴史がある。
鎖国政策後の長崎は幕府によって管理された国際貿易港であった。新教国のオランダと中国だけが貿易相手国として長崎入港を許された。中国上海には近いが、九州の西の果ての、しかも陸路では江戸から遥かに遠い地に築かれた港町であった。幕府直轄の天領で、長崎奉行の支配下にあり、筑前黒田藩と,肥前鍋島藩が交代で警備にあたった。
10月の7,8、9日の三日間は長崎くんちのまっただ中で、町中が祭り一色であった。ちょうど長崎支店に到着した時におくんちの蛇踊りが「庭先回り」で来ていた。7年に一度「踊り町」の順番が回ってくるそうで、来年が弊社支店のある出島町がその番となる。準備が大変と聞く。しかし、長崎ならではの祭りに参加出来る栄誉を担う楽しみもある。
長崎の祭りは国際色豊かでエキゾチック。意匠を凝らした山車だけでなく、有名な蛇踊りや、本踊りやお囃子の行列の華やかで、南蛮、紅毛、唐のフレーバーを加えたし好はエレガントでもある。あでやかなきれいどころの踊りが色気と華やかさを盛り上げる。
見せ場の中心はもちろんお諏訪様(諏訪神社)だが、八坂神社、中央公会堂前広場でも楽しめる。しかし、早くから座席券を手に入れなければならない。他にも中央公園広場では無料で誰でも見ることが出来る。もちろん山車が市中の役所や企業、店を回る「庭先まわり」を市内いたるところで楽しむことも出来る。とにかく町が祭り一色になる。夏の精霊流しも風情ある祭りだが、くんちの雰囲気は最高によい。
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