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2012年10月12日金曜日

Narita-JFK Flight   Is 13 hours flight boring? 

 成田/JFK間の飛行時間は約13時間。米国法人の社長をやっていた時を含め、出張でプライベートで東京/ニューヨーク往復を何度やった事か。もっぱらANA便を利用するフリークエントフライヤーだ。別にANAになにか義理がある訳ではないがマイレージプログラムのせいだ。それと後発で国際線市場に参入した,という点でなにか共感するところもあった。ANAのニューヨーク便初フライトにも搭乗した。

 ANA10便は成田を午前11時に出発。飛び立つとすぐに太平洋に出る。水平飛行に移ると食事(何メシなのか不明だが)になり、やがて窓の外は暗くなり、カムチャツカ、アラスカ上空では真っ暗になる。そしてカナダ上空ハドソン湾あたりから夜が明け始め、五大湖上空にさしかかる頃にはもう着陸準備だ。ほとんどが地球の夜の時間を飛行する。明け方のカナダ上空の光景は美しい。同日の午前10時半頃JFKに着陸だ。日付が戻るので得をするが、その分一日が長い。

 逆にJFKからは、ANA9便は午後12時半に出発。マンハッタン、ウエストチェスター郡、ハドソン川に架かるタッパンジーブリッジ、コネチカット州グリニッチを見下ろしながら、やがてカナダのハドソン湾上空にさしかかる頃までには昼食が終わる。窓の外はいつまでも明るい。機内は睡眠をとる人のために窓のシェードを降ろさせられるが、実は成田到着まで,地球の真っ昼間を飛行する。翌日の午後3時半頃成田着だ。逆に一日損をするが、その日はすぐ寝る時間になる。

 偏西風、ジェットストリームの影響で西向きに飛ぶ成田方向の方がJFK方向よりもやく一時間強余分に時間がかかるが、いずれにせよ12〜3時間の長い長いノンストップフライトだ。以前は(1980年代初頭まで)は、ニューヨーク便もロンドン等の欧州便も、この大圏コースを取る場合は、必ずアラスカのアンカレッジでワンストップして給油していた。眠い中降ろされて、トランジットロビーでボーッとするしかなかった。外は凍てつく寒さだが,青空。マッキンレー背景にダイアモンドダストが眼にしみた。あとロビー内の立ち食いうどんと仁王立ちの北極熊の剥製がアンカレッジ空港の名物だった。

 もっとも,さらに昔(1950年後半)、父母達の旅は、羽田からJALのDC6プロペラ機で、ウエーキ島、ホノルルで途中給油しながらサンフランシスコまで飛び、そこから国内線に乗り換えミネアポリス経由でニューヨークへ、という24時間以上の長旅であった事を思い起こせば、13時間なんてどうという事も無い。当時の博多/東京間の寝台特急あさかぜ、さくら、みずほ、はやぶさ、がだいたい14時間ほどであった。

 話を戻して。しかし、私にとってこの時間はとても貴重で,ある意味忙しい時間だ。もちろん出張の時は、資料に目を通したり、会議原稿やメモを作成したり。機内で無線LANによるインターネットが利用出来た。これは良かった。この飛行時間と時差を有効に使えるからだ。メールを読んだり、返事を送ったり。ウエッブで検索したり。しかし、これで私の部下はかなり迷惑したようだ。ボスが出張で飛行中の13時間はは静かな時間であったはずが、その間にもメールが飛んでくる... もっとも、逆に機内からも衛星電話がかけられるので、私の東京のボス(S社長)の秘書からのメールで、電話しなくてはならない事もたびたび。やがて、いつの間にか機内無線LANサービスは無くなった。社員の苦情が原因だったのか? ちょっと残念だ。

 もちろん機内での過ごし方は,こうした仕事がらみばかりではない。食事も大事。映画も見たい。CAさんとの他愛のない会話も楽しい。したがって、あんまり寝ている時間はない。人によっては、機内で寝れたかどうかが重要と考える人もいるが,私は、ニューヨーク行きは朝着くので、少し仮眠出来ればいい。東京行きは夕刻着くので全然寝なくてもいい、という風に考えている。

 今回みたいにプラーベートな旅ではなおさら。機内で何をしようかわくわくする。このフライトでは、日頃見たいと思いながら、なかなか見る時間がなかった映画「Red Cliff」を鑑賞した。前編、後編あわせて5時間になるという超大作だ。こういう長時間フライトの機内でないとなかなか見れない。そしてこういうエンターテイメントが入ると、あっという間に13時間は経ってしまう。

 ジョン・ウー監督の「Red Cliff(赤壁)」は三国志のクライマックスである赤壁の戦いを題材とした映画。これをニューヨークへ飛ぶ機内で見る醍醐味は格別だ。時代は3世紀初の後漢朝末期。魏呉蜀が覇権を争う三国時代へと遷りゆく戦乱の時代だ。東海に浮かぶ倭国でも、倭国大乱を経て、邪馬台国の卑弥呼が魏に朝貢し、親魏倭王の印を親授された、と魏志倭人伝に記されている。
 
 主人公は後漢の丞相曹操(後の魏の創始者と言われている)、蜀を建てる聖君子劉備、その軍師諸葛亮孔明、そして呉の始祖孫権。この三人が覇権を争う物語りである事は言うまでもない。史書としての「三国志」は、後の晋の時代になって(晋は魏から政権の禅譲を受けたとされている)の陳寿が編纂したものだ。日本について記述された最古の歴史資料である、いわゆる「魏志倭人伝」の編者として知られているあの人物だ。比較的丹念に信頼出来る事実を拾い集め編纂された国史として後の世に評価されている。

 一方、庶民に人気のある物語り、三国志は、こうした史実をもとに後世に創作された「三国志演義」がベースになっている。もちろん物語りを面白くするための脚色がいたるところにちりばめられており、時代考証についてもおおいに異論があるわけであるが、英雄伝として現代まで親しまれている。

 話の軸は、悪玉:曹操と、善玉:劉備の戦い。劉備の稀代の名軍師諸葛亮が、孫権との反曹操同盟を成功させる。関羽や趙運、張飛といった伝説の英雄達が登場する壮大な軍記物語りだ。客観的な史実よりも,ワクワクする物語りの方が人気があるのは洋の東西を問わず同じだ。

 この映画「Red Cliff」も、この伝統的なシナリオに沿った筋立てとなっており、諸葛亮と名コンビとなる、劉備の総司令官周瑜とその妻小喬。それに懸想して略奪を狙う曹操。女だてらに敵地に乗り込み大活躍し悲恋に泣く劉備の妹尚香、といったヒロインの登場人物も物語りに色どりを添えている。諸葛亮役の金城武が好演している。いいな。そして、いよいよクライマックスの赤壁の戦いを迎える。壮大なセットと見事なカメラワーク。

 と、面白くてあっという間に時間が経ってしまったが、この中国映画もアメリカ映画同様、スペクタクルなスケールとするために使った「カネ」と「火薬」の量は半端でない。しかも、殺される人の数もハンパでない。戦いの中で虫けらのように人の命が扱われ、映画の部材として消費されて行く。使われた火薬の量に比例しての死屍累々にはうんざりした。

 映画の時代考証は、かなり脚色があって史実には必ずしも即していないだろう。しかし、奴国、伊都国や邪馬台国や、これらと争っていた狗奴国が名を連ねる倭国の時代でもある3世紀初頭。その同時期の中国大陸で、このような大規模な戦いが繰り広げられ、使われる戦術、武器、軍船、砦、衣装、食事、楽器、茶道等の大道具、小道具を見るとその素晴らしさに驚いてしまう。このあいだ見学した吉野ヶ里遺跡や、ヤマトの纏向遺跡を思い浮かべるとなおさらだ。映画だよ,とわかっていても時空を超えて、3世紀の東アジア世界を垣間みたような気にさせられた。

 このような漢帝国崩壊にともなう、三国の戦乱の時代、なぜその魏の陳寿は中華帝国を取り巻く夷荻についての記述を国史に残したのか? 倭人/倭国については他の蛮夷の国々と比べ、比較的詳細に述べられている。一説には、当時の三国の緊張関係のなかで、蜀と呉に対峙する魏はその東の海に倭国という強力な同盟国(多少誇張してでも)を有している。その倭国は大乱の後に連合し、その王が魏の皇帝の徳をしたって朝貢して来た。倭国王すなわち邪馬台国の卑弥呼を親魏倭王として柵封体制に組み入れた事を天下に示しておく必要があった。というもの。いわば我々の背後に軍事同盟を持つ強国が居るぞ、というわけだ。

 その解釈の是非については何ともコメントするすべもないが、当時の華夷思想では、中華帝国/その皇帝の権威は、その皇帝の「徳」によるもの。その「徳」は遠く周辺の蛮夷の国々にも知れ渡り、その「徳」を慕った蛮夷の酋長や王が中国皇帝に朝貢してくる。その国々が遠ければ遠いほど、その数が多ければ多いほど皇帝の「徳」が高く、中華帝国を治める権威が備わっている,と考えられていた。三国が中華帝国中原を治める権威、レジティマシーを争っているなかで、魏の主張を史書の形で陳寿が明文化したとしても不思議ではあるまい。

 ちなみに蜀と呉を連合させた稀代の軍師、諸葛亮は倭国の事を知っていたのだろうか? 倭国を反曹操連合に組み入れ、挟み撃ちにする戦略を考えてみた事はなかったのだろうか? もしそうなっていたら東アジアの歴史は書き換えられていただろう。ひょっとしたら金城武の諸葛亮は倭国から渡来した人物じゃないか,などと、荒唐無稽な夢想も楽しい。

 ニューヨークへの飛行中に、ふと気付くと3世紀の三国志の時代、倭国の時代にタイムスリップしていた。全編を見終わった頃には、夜が明け始め、窓の外に朝日に輝く茜色の雲と、雲間から無数の湖沼が点在するカナダの大地が見える。間もなくJFKだ。他機が飛行機雲を一直線に引っ張りながら,高速でANA機とクロスして行った。NY上空はあいにく厚い雨雲に覆われている。今日はマンハッタンは見えないな。ANA機は幾重にも重なりあった雲の中をドンドン降下しながらJFKにアプローチする。まだ見えない,まだ見えない、地上が見えたと思ったら,あっという間に雨の滑走路にタッチダウン。

 さあ、三国志、魏志倭人伝という3世紀の世界に別れを告げて、いよいよ今度は21世紀のニューヨークへとワープするぞ。


(撮影機材:FujifilmX10)



(飛行ルート。いわゆる最短の大圏コースだ。)