去年4月のブログで、漱石の「漾虚集」「こころ」の初版本とThe Chiswick Shakespeareとの出会い、その影響など考察してみた。その後もこの美しい、いわば文庫本版シェークスピア全集に強い関心を持って古書市場を探索して回っていた。ネット検索では主に英国の古書店サイトに出展されているが、日本の古書店ではなかなかお目にかからない。ところが、ある時神保町を散策していると、いつもお世話になっている北沢書店のショーケースに、この本が数冊ディスプレーされているのを発見した。この選択は洋古書ディスプレーブックスを手がける若店主だろう。さすがだ。この19世紀英国のアート・クラフト運動が生み出した工芸品とでも形容すべき本が、この洋古書店の知的で美しい佇まいを効果的に演出しているではないか。しかし、このシリーズをコレクションしていた私にとって、展示後のこの本の行方はどうなるのかとても気になっていた。そしてある時ついに若店主に、展示替えの折には譲って欲しい旨申し出た。これに快く応じてくれ、年末の展示替えを機に譲ってもらうことができた。なんと幸運なことか!これで全39巻のうち30巻が揃ったことになる。残りの9冊は、これからどのような縁(えにし)で我が手元にやってくるのか分からないが、その出会いの時が来るのを楽しみに待つとしよう。
冒頭に述べた去年のブログ。2020年4月10日古書を巡る旅(1)〜漱石「漾虚集」「こころ」そしてThe Chiswick Shakespeareとの出会い〜ご関心のある方はぜひ参照いただきたい。
このシェークスピア文庫本全集(The Chiswick Shapespeare)は、19世紀末期の英国にあったChiswick Pressという印刷所による画期的な全集だ。ロンドンの西部にチジック(Chiswick:英国式にはチスウィックではなくチジックと読む)という静かな住宅街がある。小説家や、詩人、演劇人が好んで住んだというこの地域にChiswick Pressは生まれた。Charles Whittingham (1767~1840)によって1810年に創業した。彼は手作業でプレスする小型の印刷機を考案した。また、ロンドンのテムズ河、ドックランドの船から出る大量の古い麻ロープからタールを抽出して印刷インクを製品化するなど工夫を凝らし、比較的低コストで印刷、出版が可能となるビジネスモデルを生み出した。これにより手に入れやすい価格で小型書籍を多く生み出していった。当時は、書籍出版といえば大型豪華本で高価なものが中心であった時代であったので、この商品はヒットし大きなビジネスに成長したという。やがて創業者の死後は、印刷所は甥のMIchael Whittinghamの手に渡り、1852年にロンドン中心街のChancery Laneに移転した。ここは私がかつて通ったLSEキャンパスの東にある通りである。Charing CrossからHolborn, Fleet Streetといった大学(LSE, Kings College London)、法曹学院(Lincolns Inn)や新聞社、出版社が集まる、ちょうど東京で言えばお茶の水、神田神保町のようなところである。ここへ進出したということはChiswick Pressの印刷/出版事業が大きく広がっていたのであろう。
実は、この全集の印刷はChiswick Pressであるし全集名もThe Chiswick Shakespeareであるのだが、出版元はGeorge Bell & Sonsとなっている。この出版社は1839年ロンドンで創業し、Fleet Street界隈で1986年まで事業を続けていた出版社である。主に教育関係の書籍の出版を手がけて、場所柄、ロンドン大学の出版事業(University College Publications)にも携わっていたようだ。合併買収で規模を拡大してゆき、1880年にChancery Laneにあった上述のCheswick Pressを買収している。そしてこのChiswick Pressで印刷、製本して、1899〜1902年にこの画期的なチジック版シェークスピア全集(The Chiswick Shakespeare)を出版したという訳である。
このThe Chiswick Shakespeare全集はポケットに入る文庫本サイズ(日本の新書版サイズに近い)である。原著Macmillan and Co.のCambridge text (Globe Edition)からのプリントで、解説はJohn Dennis。ユニークなのは、装丁・デザインを当時の英国におけるデザイン界をリードしたByam Shawが手がけている。彼は文字情報の伝達メディアと捉えられていた書籍にクラフトデザインの視点を取り入れ、ウィリアム・モリス:William Morrisのアート・アンド・クラフト運動(Art and Craft)の影響を強く受けた瀟洒で美しい全集に仕上げた。シェークスピアの主な作品が年代的に網羅された画期的な全集であるというだけでなく、手に取りやすく、ビジュアル・アート的にも魅力的な「工芸品」と呼んで良いようなコレクションである。120年経った現代では骨董的な風格を纏っており古書市場では人気のシリーズとなっている。こうした出版活動ムーヴメントが、当時ロンドン留学中の夏目漱石に大きな影響を与えたであろうという話は、前回のブログで考察した通りだ(上記ブログ参照)。
この本の印刷は手動の活版印刷。紙は上質紙を用い、日本製の羊皮紙を用いた豪華版もあるようだ(見てみたいものだ)。基本的に家内手工業的な手作りの本で、小型本にもかかわらずグリーンのハードカバーに、ウィリアム・モリス調の植物模様のデザインに金文字の押し型という凝りようだ。またByam Shaw自らデザインし製作した木版画やエッチングの挿画をふんだんに用いるなど、とにかく随所にこだわりを持った珠玉のクラフト作品と言える出来栄えである。一方で、手作りらしく、各ページの紙サイズの不揃い、ページナンバリングの抜け、飛びが散見される。また挿画のプリントも、本文印刷とは別に製本時に挿入されたものと見え、白紙に糊付けされているものがあるほか、ページの隅に鉛筆で挿入ページ指示が書き込まれているなど、手仕事感満載で興味深い。このページの「抜け」「飛び」は、我が家ヘの納品に当たっての検品で、北沢書店が発見したものだ。その部分に全て付箋紙を挿入しておいてくれたため確認しやすく、製本過程でおきた手違い(?)の貴重な発見となった。しかし納品書にもコメントしているように、ページ番号は飛んでいるものの文章内容は繋がっており、ページ自体の乱丁、落丁とも言えない。どうしてこのようなことが起きたのか不思議だ。ページナンバリングの印刷に手違いがあったのか?原因の探索はともかく、とりあえず「落丁、乱丁お取り替えいたします」といった現代の書籍とは別次元の、「これこそ手作り本のなせる技」だとしておこう。むしろこういうところが、120年前の活版印刷工や編集者、装丁デザイナーなど生身の人間が関わったことの証である。こういった「手違い」の痕跡が残っていることもまた古書の楽しみの一つである。「あばたもえくぼ」。それを含めてなんと魅力的な「工芸作品」であることか!今回は思いがけない発見に遭遇した。これだから「古書を巡る旅」はやめられない。
(2021年4月2日追記)
昨日北沢書店を訪ねた折に、店主の北沢さんに「ページ飛び」現象の推理を伺った。すなわち北沢説によると、このページ間に図版ページを入れる予定であったのが、入れ忘れたか、入れるのを止めたか。その結果、文脈は繋がったままページが飛んだのではないか、というもの。なるほど! 入れ忘れは考えにくいものの、木版やエッチングの挿画制作が間に合わなかったり、予定していた図版が編集段階で不採用になったりしたケースは考えられる。そういえばあとから追加したと思われる挿画ページ(挿入ページ箇所の指示が鉛筆書きされている)も発見した。合理的な推理である。であるならばなお手作り感満載で、編集過程の試行錯誤の痕跡として新たな興味が湧いてくる。ここにはどのような図版を入れる予定であったのか?どのような議論があったのか?いろんな妄想を膨らませてみるのは楽しい。北沢説に感謝だ。
(2021年4月5日追記)
英国にある夏目漱石記念館の館長恒松郁夫さんに問い合わせたところ、同館にもこのThe Cheswick Shakespeareが数冊あるとのこと。かつては全巻揃っていたが大半がNYの古書店に買取られたそうである。ただ漱石の蔵書ではないという。岩波文庫版の漱石作品集への江藤淳氏の解説にあった漱石初版本の装丁にウィリアム・モリスが大きく影響しているとのコメントがあったことや、1900年、漱石留学中にThe Cheswick Shakespeareが出版されていたこと。これらから当時、漱石が購入し、彼の蔵書に加えたのではないかと想像したが外れた。しかしこの頃の文学作品+ビジュアルアート作品=総合芸術という影響は受けたに違いない。ちなみに以前、新橋の古書市で手に入れたEdward Dowden:エドワード・ドーデンのシェークスピア注釈本は漱石蔵書として存在しているそうだ。ドーデンは漱石の師であったWilliam James Craig:クレイグ先生の友人であったから、実際に面会し薫陶を受けたようだ。恒松さんに感謝。
恒松さんからの回答の引用:
何冊かまだ所蔵しているはずです。全巻あったのですが数年前にNYの友人の古書店主に頼まれお譲りしました。漱石蔵書に含まれていなかったからです。漱石蔵書にはH. Irving版、それに漱石がわざわざ面会に出かけたファーニバル博士、クレイグ先生、ドーデンの注釈本などが含まれています。個人的にはイラストレーターのByam Shawがラファエロ前波のロセッティーに影響を受けていますので、彼の絵画を見にハルの美術館まで30数年前に訪ねました。彼が暮らした家は以前住んで居た拙宅から30分のところで、お墓はクルックシャンク、テニエルなどがある同じ墓地でした。墓地訪問は何回も訪ねており、幾度も写真をアップしています。
参考ウェッブサイト:Chiswick Book Festival
小さな文庫本書棚に並んだThe Chiswick Shakespeare ストラトフォード土産「シェークスピアの生家」ミニチュアとともに |
Byam Shawデザインのハードカバー |
Byam Shawが手がけた木版印刷の表紙 |
エッチングによる挿画 |
「始まり、始まり〜」 |
「終わり」良ければ全て良し! |
背表紙の表情にも個体差があり 骨董的な趣がある |
若店主が発見したページの飛び(複数箇所見つかった) 58ページから61ページへ飛んでいる。しかし文脈は繋がっている。 |
London西部Thames河畔にあるChiswickの古地図 (Chiswick Book Festival HPより引用) |
(撮影機材:Leica SL2 + Apo Summicron-SL 50/2, Lumix S 20-60/3.5-5.6)