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2022年2月26日土曜日

The History Returns 〜プーチンやっぱりお前もか!〜

(BBC News)

この道はいつか来た道


1939年、ヒトラーは「ドイツ系住民の保護」を名目に、チェコのズデーテン地方に軍事侵攻した。圧倒的な武力で制圧しその結果、チェコは政権が崩壊。またたくまに全土がドイツに占領された。時を置かず、ヒトラーはスターリンと共にポーランドへ電撃侵攻。ポーランドをスターリンと分割した。これをきっかけに英仏がドイツに宣戦布告して第二次世界大戦が始まった。しかしズデーテン地方進駐の当初、イギリスの首相チェンバレンはヒトラーの軍事行動を「非難」したが、具体的な対応行動を何も取らなかった。アメリカはこのヨーロッパにおける事態の急変に対応する気は全くなく、大西洋の向こうから模様を眺めていた。二人の独裁者は大手を振って近隣の国々を占領していった。

今でこそヒトラーやナチを悪魔の申し子のように言い募っているイギリスやアメリカ、フランスには、当時は多くのヒトラーのシンパがいたことを忘れてはいないだろうか。イギリスのロイド・ジョージはナチ党経済政策の支持者であり、チェンバレンはヒトラーとの宥和路線を進めていた。彼らはソ連(ロシア)の共産主義こそ脅威であってナチスドイツは同盟国であるとさえみなしていた。イギリスの王室や貴族の中には多くのナチ党シンパがいた。カズオ・イシグロの「日の名残り」にもそれが描かれている。多くの反ユダヤ主義者の共感を得ていた。アメリカでもナチ党が結成され、リンドバークのような英雄もこれに同調した。アメリカナチ党員はハーケンクロイツを振り翳し、ハイルヒトラーを叫びながらて堂々とニューヨークを闊歩した。占領されたフランスでもいち早くナチ協力政権が生まれ、ユダヤ人狩りが行われた。ヒトラーとナチは反共集団であったが、ソ連(ロシア)共産主義者で独裁者のスターリンはヒトラーと手を結んだ(偽りの同盟はすぐに裏切られることになるが)。ヒトラーとナチというまるで世界から孤立した「狂人」が起こした武力侵攻や、ユダヤ人虐殺であったかのように総括されているが、彼らは決して孤立なんかしてなかった。当時ヨーロッパでは最も勢いがあり、各国にヒトラーの傍若無人を許す多くのシンパがいたことを忘れてはならない。国際連盟から脱退して孤立していた極東の日本もナチと手をむすんだ。ヒトラーの電撃侵攻にも世界が足並みを揃えて対抗する姿勢を取らなかった。独裁者は決して孤独ではなかった。これが第二次世界大戦を招いた。

最初は滑稽なピエロと蔑まれ、そして天才ともてはやされ、さらには英雄として崇められ、やがて悪魔として葬り去られる。これが独裁者の運命だ。独裁者が民主主義に打ち勝って永遠の命を与えられたことはない。しかし、この独裁者のせいで、大勢の人々が命を奪われ、故郷を失い、財産を失った。しかもこの民主主義とは対局にある独裁主義や専制主義は(それがファシズムであれ共産主義であれ)同じ世界に生きている。民主主義は、ほっておくと脆弱で簡単に壊れる。昨日まで盤石と思われた民主主義体制が、いつの間にか専制主義、独裁主義体制になっている。アメリカにおけるトランプ某の出現に嫌な予感がした記憶も新しい(彼は熱烈なプーチンファン!)。ヒトラーを産んだのは、民主的なワイマール憲法体制下にいた普通の市民であった。最初は誰もがヒトラーの登場には、バカバカしい冗談として取り合わなかった。しかし気がつくと、インテリ層も、中産階級もこぞってナチ党員になっていた。民主的な選挙がヒトラーのナチ党を政権党に選んだ。「バカかと思ってたら天才でしたわ〜!」とばかりに。そして反ユダヤ主義が当然のように受け入れられ次第にヒトラーに熱狂するようになる。しかしてその末路は破滅であった。そしてソ連崩壊後のロシアの民主化の動きが今どうなっているかは説明するまでもないだろう。

こうした戦争への道はユーラシア大陸の向こう側の話だけでは無い。日本が朝鮮半島に進出したのも、台湾に進出したのも、満州に進出したのも、結局は「自国民保護」「自国権益の保護」が名目であった。確かに、長い鎖国から目覚め、まだ近代化途上で弱小国であった日本には常にロシアという地政学上の脅威があった。清朝の弱体化の隙を狙って南下し、朝鮮半島や満州に領土的野心をあらわにするロシア。この北方の飢えた熊の「南下政策」という伝統的な領土的野心からどのように日本を守るかということが明治日本にとっての安全保障上の核心的課題であった。結局は敗戦に追い打ちをかけるように。ソ連(ロシア)は不可侵条約を一方的に破棄して突然、満州に侵攻し、関東軍幹部は日本人の開拓団保護もせぬまま満州から逃亡してしまい、シベリア抑留と日本人難民の決死の逃避行という「この世の地獄」に見舞われる。近代の戦争において「侵略」が目的であると宣言した戦争は一個も無い。常に「自国民/自国権益の保護」が名目であり、「相手が先に発砲したから、防衛上応戦した」から始まる。満州事変も盧溝橋事件、日中戦争も然り。真珠湾攻撃すら、軍部にとっては防衛のため、一撃講和のための先制攻撃だと言っているのだから。しかしそうして始まった「自衛戦争」が、やがてはその名目とは別に一人歩きして、歯止めのない破滅的な戦争へと発展する。

ウクライナで戦争が始まった。この道はいつか来た道。歴史は繰り返す。プーチンは「ロシア系住民の保護」を名目にウクライナに武力侵略を開始した。圧倒的な兵力でたちまち首都キエフに迫り、ウクライナのゼレンスキー政権の崩壊は時間の問題だと言われている。国連をはじめ世界で孤立することなど意にも介さず戦争を強行している。それでもこれは「武力侵攻」などでは無いと強弁している。ウクライナのNATO加盟は絶対阻止しなければならない。ウクライナを非武装化する。そのためにはゼレンスキー政権を打倒して親ロ傀儡政権を打ち立てる。その背景には「偉大なる大ロシアよもう一度!」という時代錯誤な誇大妄想がある。しかし、いずれにせよそれ等は「プーチンの論理」であって、普通のウクライナ人やロシア人にとっては命を賭けるような論理では無い。これは「プーチンの戦争」だ。プーチンとその取り巻き連中の時代錯誤から発する意地と権力基盤が危機に瀕するからという理由に他ならない。民主主義や自由主義、法の支配という「普遍的な価値」を認めない独裁者にとって足元に迫る民主主義は危機なのだ。ちょうどハンガリー動乱やプラハの春への軍事介入したソ連の独裁者と同じ論理だ。「自国民の保護」などという名目は侵略開始の「常套句」だ。プーチンは「ウクライナ軍によるロシア系住民の虐殺があった」とか「ウクライナ軍が先に撃ってきた」などと言っているが、フェイクプロパガンダである。彼らのプロパガンダは自国民にも向けられる。彼にとってそれらが事実かどうかなどどうでも良いのだ。国際世論を気にしている風を装って行動を合理化しているだけで、ヒトラーと同じ独裁者の轍を踏んでいる。ヒトラーと同様「天才的」な軍事戦略と圧倒的な武力で、あっという間に小国を占領し、相手国政権を打倒する。そんななかで多くの市民が、兵士が殺される。ウクライナはかつてホロコーストの舞台であったことを忘れてはならない。プーチンはゼレンスキーをネオナチであると非難し、彼からウクライナ人を救う、などと世迷言を言っている。ちなみにゼレンスキーはユダヤ系で彼の身内の多くが強制収容所で犠牲になっている。ヒトラーだけでは無い、スターリンもその加害者であった。しかし、歴史は独裁者は最後には葬り去られることを教えている。

先の大戦勃発から学ぶことは何か。もちろん独裁者を産まない民主主義を堅持することだが、独裁者に対抗する各国が足並みを乱さないことだ。今回は各国の経済制裁への足並みがそろってきたことは評価できるが、今後の第二弾、第三弾の打ち手が有効に機能するか、小異を捨てて大同につく結束がなければ、またヒトラーの悪夢の再来を見ることになる。日本の軍国主義の暴走という悪夢を見ることになる。いや、東アジア、太平洋では「日本の軍国主義の亡霊」にかわる新たな脅威が起き始めている。終戦のどさくさに紛れたソ連(ロシア)の一方的な軍事侵攻で不当にも占拠されたままの北方領土問題が解決する見通しもないうちに、新たな独裁国家が跳梁跋扈し覇権を狙い始めている。ウクライナの戦争への対応を世界が間違えると、先に戦争仕掛けたもの勝ち。ロシアと同じ武力による現状変更はいつでもできるという誤ったメッセージを与えることになる。人間は歴史に学ばないし、懲りない生き物だ。全く同じことを21世紀になっても繰り返している。その愚かさに気づかねばならない。今回はプーチンの足元のロシアで市民の反戦運動が沸き起こっていることがせめてもの救いだ。独裁者が大好きな情報統制と言論弾圧にめげず、為政者の流す一方的なプロパガンダを鵜呑みにしない。自分で情報を収集し判断する。ネット時代の世界市民の連帯が、ここで発揮されなくてはならない。見て見ぬふりする訳にはいかない。もちろん対岸の火事ではない。


マクロン/プーチン会談 
このテーブル、この距離感が象徴的
軍事攻撃前


ウクライナ.ゼレンスキー大統領とプーチン
「国民のしもべ」と「独裁者」
(Foreign Affairs)