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2025年4月26日土曜日

荏原・畠山美術館リニューアルオープン 〜「花ひらく茶と庭園文化展」と新緑美しい庭園・茶室を鑑賞〜

 


リニューアルオープンの荏原畠山美術館(旧畠山記念館)再訪。2019年3月以来しばらく休館していたが、改装工事とともに3階建ての新館が増設され展示スペースが広がった。2024年10月5日新たに「荏原畠山美術館」としてオープンした。私にとっては8年ぶりの再訪である。本館はほぼ元のままだが、そういえば以前は靴を脱いで入館したが、今回は「土足」のままで良い!これは大きな変化だ。折しも新緑が美しい季節。エントランスからのアプローチ、庭園、茶室もその新緑に映えて相変わらず美しく心癒される空間だ。そういえば前回は紅葉の季節に訪問した。8年前の「畠山記念館」時代の訪問記はこちら。2017年11月21日「畠山記念館探訪」

今回は「花ひらく茶と庭園文化」と銘打って、松平不昧(治郷)公(1751〜1818)の茶湯文化の足跡と、茶道具コレクション「雲州蔵帳」、名器油屋肩衡と大師会茶会、彼が開いた名園「大崎茶苑」を偲ぶ豪華な企画展示であった。品川区北品川(大崎御殿山)にあった出雲松江藩の下屋敷。ここは不昧公が隠居後に、二万坪の敷地に11もの茶室を設け、いわば一大「茶の湯テーマパーク」ともいうべき「大崎茶苑」を築いた場所であった。領国の松江にも数多くの名茶室、庭園を設け、高価な茶器を買い入れ、さらに銘菓の開発にも力を入れて不昧流の名を欲しいままにした。財政的に苦しかった松江藩は不昧公の茶の湯三昧で一時破綻に瀕したが、家老や、後継の藩主によって財政再建され藩は存続した。松江では、今でも不昧公は「道楽三昧の暗君」としてではなく、茶道不昧流の開祖にして「文化人」として敬愛されている。もちろん畠山則翁の不昧好みへの思い入れも、「雲州蔵帳」のコレクションの多くを所有していることからもわかる。今回の展示にも所蔵品が一堂に会しその熱意が表れている。松江藩江戸藩邸下屋敷。今はその不昧公「夢の跡」の痕跡も残っていないが、往時を偲ぶ資料が松江歴史館と国会図書館に残されており、今回それらが展示されている。品川、御殿山界隈には維新まで薩摩や土佐、筑後久留米などの大大名の下屋敷があり、出雲松江藩の下屋敷もその一角にあった。しかし黒船騒動による品川台場造成の土取りで、御殿山が切り崩され、また明治の鉄道開通でさらに開鑿され、かつての桜の名所として親しまれた風光明媚な御殿山はズタズタになり、別天地の風情は失われた。そして維新に伴い大名屋敷も無くなったが、明治になると益田鈍翁、原三溪などの財界人にして茶人、近代数寄者がこの地に邸宅を構えた。則翁の邸宅(現美術館)は少し離れた島津山にあるが、この界隈に不昧公の夢の跡があったとは。新しい発見である。何か土地の記憶と空気が、時空を超えて茶人、数寄者を呼びよせるのであろうか。そんなことを考えさせる展示であった。

展示室内部は一切撮影禁止で、畠山即翁や不昧公の茶道具、書画などのお宝をここで紹介することはできないが、新緑が眩しい庭園と茶室は撮影可。この美術館の特色の一つは、7点の国宝を含む充実の収蔵品のほかにも、その立地、佇まい。特に庭園と茶室の配置の美しさにある。日本庭園は自然を重視し、岩や植栽で山や谷、森、清流などを表現する、いわゆる「見立て」が用いられていて美しい。また茶室という木造の「人工物」が経年劣化による美的佇まいを自然の庭園の中に醸し出す姿は、18世紀イギリスで起こったエドモンド・バーク、ウィリアム・ギルピン、ユヴデール・プライスなどの風景論、庭園論で展開された美学論争、「崇高」と「美」、そして「ピクチャレスク」に通じるものを感じ取ることができる。イギリスと日本の美意識は似ている、などと短絡的な議論をするつもりはないが、洋の東西を問わない共通美意識があることに気づくことは嬉しい。ことさら違いを強調して、二項対立を煽る風潮を毎日見せつけられていると、多様な価値観や意識をお互いに尊重し、その中に共感が生まれ、違いを超えた普遍性をそこに意識することがいかに心地よいか。お互いのレスペクトはそこから生まれる。

以前と比べると、今回は外国からの訪問者が多かった。熱心に茶道具や書画、そして庭園や茶室を鑑賞している。こうした美への共感、普遍的価値観を共有する世界の仲間が増える。これも嬉しい。この美術館の再開を心から喜びたい。まさにこれからの日本は、明治以来の「富国強兵」「殖産興業」による「一等国」を目指した時代、そして戦後の「経済大国」、バブル崩壊の時代を卒業して、岡倉天心のいう「茶湯の精神」が評価される「文化一等国」日本に脱皮して欲しいものだ。

荏原畠山美術館HP:https://www.hatakeyama-museum.org/


(参考)

18世紀イギリスのギルピン、プライスの風景論、「崇高」「美」「ピクチャレスク」論とそれに伴う庭園論と、日本の庭園思想との共通点を求めるならば次のような点が見出される。

ギルピン、プライスの美的感覚日本文化における共鳴
経年劣化の美                  侘び・寂び、美しい古び
不規則さの価値   枯山水、借景庭園
人工と自然の曖昧さ   庭園における見立てや抽象化

特に、自然に人工物を配する中に「時間の経過が美を深める」という感覚は、日本の美意識と非常に相性が良い。西洋人の日本庭園理解や茶の湯文化への評価に結びつくと感じる。その一方で、日本人の英国式庭園の美意識理解と評価につながっているとも感じる。

参考文献: English Landscaping and Literature 1660-1840 ' by Edward Malins, Oxford University Press, 1966




門から本館へのアプローチ

本館入り口




茶室

新たなしつらえの庭園

石を引き詰め、水の流れに見立てる


館内唯一の写真

「ピクチャレスク」


(撮影機材:FUJIFILM GFX 100RF Fujinon 35mm/4)