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2010年4月8日木曜日

ライカか? ニコンか? それが問題だ...

 なんと贅沢な選択肢だ。

 しかし、それは「問題」なのか? 趣味人にとっては、そういう二択問題はナンセンスだ。
自分で設問しておいて、いきなりナンセンス、か。

 昔、「ライカ、コンタックス論争」というのがあって、写真家や技術者の間でどっちが優れたカメラか、大論争になったことがあったそうだ。「降りかかる火の粉ははらわねばならぬ」などと、挑戦を受けた側も、最初静観の構えだったのに論争の渦中へ飛び込んで行った。

結論がどうなったのか知らないし、気にもならないが、そういう論争があったことが後世に語り継がれている。

 ましていわんや、ニコンか?キャノンか?ならまだしも、ライカとニコンでは狙う市場が違うんだろうから、どっちか?というのは極めて個人の趣味の世界の話で公に論争する話ではない。それを聴かされる人の迷惑を知りつつ、ついついつぶやきたくなった。ちょっと長いツイートだ。
 Twitterには収まらないのでBlogで興奮を少々...

 というのも最近、ニコンのフラッグシップデジタル一眼レフカメラ、D3S+ナノクリスタルコートズームレンズ24−70mmを使う機会を得た(ちなみにブログ添付の大和路の桜巡りスライドショーに使ったカメラだ)

 ライカと別の意味で、「違い」を感じた。これがカメラというものか、と衝撃が走った。

 現時点で手に出来る完璧な道具と言ってよい。ホンマモンのカメラや。デジタル一眼もここまで完成して来たか、と思った。とても私のようなド素人がこんな超弩級の道具を使いこなせるとは思えないが、その道具としての完成度と存在感にうっとりしてしまった。

 これぶら下げてお散歩ブラパチするなんて、ベンツSクラスに乗ってコンビニへ買い物に行くみたいなものだが、その「コチ亀リョウさん」的なミスマッチがまたたまらん。

 数字上のスペックもさることながら、手にしたときのずっしりとした重量感、剛性感、レンズとのホールディングバランス(かなり重いが)、ひんやりした感触、かちっとしたクリック感。なのに軽快なシャッター音。適度なトルクがありながらスムーズな回転。デジタルカメラに求められる処理速度の心地よさ(俗にいうサクサク感)。

 私は道具は見た目と質感で好きになったり嫌いになったりするので、ちょっと他の人とは違う評価視点かもしれないが、すっかり心を奪われてしまった。ペンタ部に中途半端なリトラクタブルライトなどが仕組まれてないのがまたいい。ペンタ部はパカッと開いたりしてはいけない。ソリッドでなくてはいけない。

 もちろん「超」高感度域でのノイズのない画質はこれまでカメラでは観ることの出来なかった世界を写し出すことが出来るし、9コマ/秒連写はストレスなく使える(私はあまり連写を使わないが)。レンズのナノクリスタルコートはニコンの誇る最新技術で、フレアーやゴーストの大幅な減少を実現していて、素人の私にもデジカメ写真にありがちな薄い幕をかけたようなぼんやり感が、このレンズでは一掃されていることに感動する。

 NASAがD3Sをメイン機材として採用した、というがその意思決定は十分合理的だ。

 しかしそれも大事だがやはり質感だ。スペック上の数字に心は動かされない。写真はある意味自分の感性とマッチしなくては撮りたくならないたぐいのものである。したがって道具にこだわる。分不相応な道具を使いこなせなくてもそれを楽しむ。だんだん底深い道具にハマって行く感覚がいい。所有欲というのでもない。ライカはどっちかと言うと所有欲の対象かもしれない。バグが多くても、こりゃライカだぞ、と言いながら愛でる。

「弘法筆を選ばず」の名人じゃないから道具に酔いしれるのだ。プロが盛んにNikon(ナイコン)を形容する時に使うDurable, Dependable...という形容詞がこれほど良く当てはまる道具もない。

 カメラはそういう底深さがあるかどうかで善し悪しが決まる。私にとっては...

 このニコンはいい。このレンズはいい。

 結局、全くライカと比較してないね。一方的にニコンD3Sにほれた、と言ってる。バカバカしいくらい。
だから趣味人は他の人から見ると理解に苦しむ。全然論理的、合理的でない。それでいい。

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