今は、正しくは近鉄大阪上本町駅という。
平城京も飛鳥も大宇陀も室生寺も長谷寺も山辺の道も吉野も...
ヤマトへの旅はいつもここから始まる。
私の知っている上本町駅(「うえろく」でわかった時代が懐かしい)は奈良や伊勢志摩行きの近畿日本鉄道の始発駅だった。駅デパートがそそり立つターミナル駅だった。子供の頃、あやめ池(遊園地もなくなってしまった)のオジイちゃん、オバアちゃんの家から大阪に遊びに行く時はいつもここで降りた。
それがいつの間にか難波に線が延びて地下駅が出来て、そこがが始発駅になり、近鉄奈良線の「うえろく」は地下の途中駅になってしまった。大阪線だけはいまでも「うえろく」の地上が始発駅だが... 昨年3月には神戸の三宮まで阪神線と相互乗り入れが始まり、ますます途中駅に。その時からだよ「大阪」上本町なんて駅名に替わったのは。
だからといって別に時空トラベルには何の支障もないのだが...
突然、タイムスリップ!! 小学一年生の私はいま「ウエロク」駅にオジイちゃんと立っている。
オジイちゃんと一緒に出かけると何時も何か恥ずかしいことが起こる。
オジイちゃんと大阪に遊びに来て、近鉄で「うえろく」(「上本町駅」がほんとうの駅名だなんて知らなかった)からあやめ池へ帰るためキップ買って、改札で鋏を入れてもらってホームに入る。と、オジイちゃん、電車に乗らず、突然「黒門市場でイトヨリ(魚の一種)買ってこ」と、云うなり私の手を引っ張って今入って来た改札を出てゆく。
改札で駅員に「忘れモンや。ごめんやっしゃ」と切符見せてサアッと出てゆく。
行動が素早い。
出るのは勝手だが、またこの鋏の入った切符はどうなるのか、と不安になったがそのまま一緒に黒門市場へ。
といっても、黒門市場は駅からかなり離れている。「うえろく」駅から谷町筋を渡り、坂を下って松屋町筋(「まっちゃまちすじ」と言わんとわからん)の向うが黒門市場。大阪の台所だ。いかにも大阪、といった風情の街だ。
オジイちゃんは大好きな捕れたてのイトヨリをゲットして、私を従えて上町台地の上り坂を登って駅に戻って来た。改札出てから一時間以上は経っている。息も切れていない。元気だ!
さあどうするのかと思っていたら、その入鋏済み切符を駅員に見せながら、「さっき忘れモンしたもんや。ごめんやっしゃ」と改札を入ってゆく。
もちろん「さっき」の駅員などもういない。
私はどうしたら良いか、どぎまぎしながらつられて入ってゆく。
こんなのいいのかなあ。恥ずかしいなあ...
気が弱くて真面目な子供の私。
駅員は、「しゃあないなあ」「まけるわ」という感じで、眼がこっち向いていない。
ためらいのない勢いと大阪弁の力。
人に否やをいわせない説得力!
それを受け入れる度量の広さ?!
家に戻ってオバアちゃんに言ったら、「そんなんあたりまえや。お金払ろうてまだ乗ってへんさかい」と...
しゃあしゃあとしてる。
どこに「まだ乗ってない」という「証拠」があるんだ、という生真面目で理にかなった疑問をよそに。
大人を信じる街。「あうん」でコミュニケーションする街、大阪。
融通無碍な精神。
なんとでもなるんだ。
すっきゃねえ、こういうの。
(現在の近鉄大阪上本町駅。近鉄百貨店やシェラトン都ホテルが駅に直結している)