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仏塔と梵字と鳥居 日本は海外からの文化を受容し日本的に変容させ習合してきた国だ これまでもこれからも |
今日は憲法記念日だ。大型連休後半でお天気も良いので行楽日和だ。なぜ今日が休日なのかは誰も気にしないが連休なのでどこかへ行きたいとソワソワしている人が多い。かといって円安、インフレ、賃金安なので海外旅行での出国は少なく、観光客と言えばインバウンドばかり。日本人は近場でという過ごし方が多いようだ。今年の憲法記念日は、皮肉にも戦後日本に「民主的憲法」を教えたアメリカの民主主義が激震の真只中という、まさに記念すべき日になった。連休ボケ、平和ボケの頭を引っ叩いて、民主主義の将来と日本の将来を考えてみたい。
今のアメリカを見ていると、基本的人権尊重、三権分立、法の支配、民主主義政治、思想信条の自由、言論の自由、学問の自由、平和と平等主義。そして多国間主義、自由貿易体制という人類が長い戦いの歴史の中で勝ち取ってきた理念や価値観がどれも危機に瀕している状況だ。まるで17〜18世紀の絶対専制君主の時代に戻ろうとするが如き「歴史的反動」の嵐が吹き荒んでいる。「ホワイトハウス宮殿」の「アメリカ帝国皇帝陛下」は議会も司法も無視して支離滅裂な命令を出し続けている。こういう「反動」的動きは思った以上に一気に来るものだと改めて知らされる気がする。築き上げるのは長い年月がかかるが壊れるのは早い。そして意外にも抵抗勢力が沈黙している。議会にも司法にもエドワード・コークは現れない。おそらくこれは今の大統領が替われば元に戻るなどと言う単純なことではなさそうだ。恐ろしいことだ。
17世紀イングランドで、主席裁判官であったエドワード・コークはコモンローの優位、法の支配、司法の優位、議会の優位を説いて王権神授説を唱える絶対君主ジェームス1世と対立し、弾圧にもめげず闘った。13世紀の「マグナカルタ(大憲章)」に始まる議会と専制的な王権の戦いは、コークの「権利の請願」、清教徒革命での国王処刑、クロムウェルの共和政、そして王政復古。そして名誉革命で「権利章典」へと発展し、18世紀には議会と議院責任内閣による「君臨すれども統治せず」の立憲君主制が確立した。またジョン・ロックは「市民政府論」で、国民主権と国民の抵抗権を説いた。これはフランスのルソーの人民主権と革命権やモンテスキューの三権分立論に影響を与え、やがてはフランス革命による絶対王権打倒、共和政に繋がり、アメリカ植民地ではイギリスからの独立戦争、ジェファーソンやフランクリンの独立宣言の思想的バックボーンとなった。こうした流れがが現代の民主主義、自由主義、法の支配を標榜する憲法の歴史の基底をなしている。
一方で、18世紀のアダム・スミスの自由主義経済(「神の見えざる手」)、資本主義経済、自由貿易が、それまでの国王が一方的に定める関税で保護された重商主義的貿易体制を壊し、都市資本家の経済活動の活性化で海外進出を果たしヨーロッパの経済発展を進めた。さらにニュートンによる科学技術発展は、科学万能、合理主義の時代を到来させ、産業革命の原動力となった。こうして都市のジェントリー、ブルジョワジーによる産業資本、自由貿易の仕組みと植民地主義が組み合わさって帝国主義的世界競争の時代に向かい、覇権国とそのほかの未開発国(旧文明国)と言う格差が生まれた。
アメリカはそうした絶対君主制、植民地主義に抵抗して建国した国家であった。信教の自由を求めてピルグリムファーザーズがメイフラワー号で移民した新天地であった。そのはずだった。しかし建国250年を迎える今、アメリカはそんな初志を忘れてしまったようだ。信教の自由、思想信条、言論の自由、学問の自由を高らかに宣言し実践したのではなかったか。大量の移民を受け入れ、労働力の確保と生産性向上、多様で自由闊達な議論による知恵の創出と、フロンティアスピリットで国を発展させたのではなかったのか。奴隷制を廃止し公民権法を制定し自由と平等の国を目指したのではないのか。アメリカはそうした人類の自由と民主主義の専制主義への戦いの歴史のながで生まれた自由の申し子であるはずだ。イギリスの植民地を基盤とした帝国主義的な貿易体制を批判し自由主義的な経済システム、金融システムを主導したのは新興国アメリカであった。そのアメリカが、アジアでは植民地支配競争に血道をあげるヨーロッパ列強に先駆けて、鎖国日本を開国し、近代化を助け、日本の世界に引っ張り出した。そして帝国主義、ファシズムに走った軍国日本を徹底的に壊滅させ、戦後の経済復興と民主化を助け、アジアにおける自由主義陣営の主要な同盟国にした。冷戦下ではそうした自由主義的価値観、民主主義を守る戦いの先頭に立って、共産主義や全体主義と戦い勝利したのではなかったか。そうしたアメリカを取り巻く自由主義同盟国アライアンスができた。にもかかわらず今、ロシアや中国、北朝鮮の専制主義、全体主義陣営に、そのアメリカさえもが参加しようとしている。あの尊敬し憧れるアメリカはどうなってしまったのか。悲しい。あれは我々の祖先、祖父母がやったことで我々ではないと。まるで別人のような顔をして17〜18世紀の専制君主主義、保護主義の時代に、そして20世紀の全体主義時代に戻ろうとしている。なあんだ、アメリカ人は結局、旧世界の「王様」に憧れていたのか!ファシズムの独裁者を熱望しているのか!そんな人物を選挙で選ぶ国になってしまったのか。自由と民主主義を守る同盟国を裏切り、全体主義・専制主義国を利する国になろうとしている。しかもその「王様」の言動は朝令暮改、支離滅裂だ。もう正義の味方、良い子でいることに疲れたのか?大国の責任を果たさぬまま自宅に引き篭もろうと言うことか。それが引き起こす混乱はとてつもなく大きい。
さて、そんな今年の「憲法記念日」だ。歴史教師はこう言うだろう。「マッカーサー君、日本国憲法を起草したのは君だろう!日本人が書けない理想的な自由・民主・平和憲法。アメリカは最後までその責任を果たせよ。」日本では戦後ずっと今の憲法はアメリカから押し付けられた憲法だ。だから「自主憲法」を制定しなければならない。そう言ってきた。もっともこれは戦後保守政治勢力の共通スローガンであった。いっぽうで、民主的な憲法を自分で起案できない保守政治がそれを言う資格はない、というのが革新勢力の共通理解であった。「保守勢力は改憲」「革新勢力が護憲」という奇妙な対立関係が戦後長く続いてきた。憲法改正論議は今も続いていつ終わるともしれないし、そもそも何を改正するのか論点すら見えない。改憲することに意義があるという訳か。そんなことで時間ばかりが経過するうちに「押し付けた」アメリカはいまやリベラルで民主的な価値観から遠ざかり、その主導者、守護者の立場から降りようとしている。そして自由主義陣営の正義を守る「世界の警察」の役割も返上しようとしている。憲法九条も非核三原則もアメリカの安全保障の下での話であって、「お前らに搾取されてきた」などと同盟国に捨て台詞はきながら店仕舞いし、自宅に引き篭もろうとしているアメリカの後ろ姿を目の前にすると、これが現実的なものなのか心許ない。今こそ真剣に自国の民主主義と安全保障を考えなくてはならない。憲法改正で問題が解決するのか。戦争も放棄したかもしれないが、強かな外交もインテリジェンスも培われてこなかった。戦後冷戦構造の時代は終わり、アメリカ一極の時代も終わり、専制主義的国家を牽制するパワーバランスが壊れるG-0の時代を迎えている。世界は危険な状態に入った。
今の「王様」がいなくなってもアメリカの凋落は避けられないだろう。パクスアメリカーナは終わりを迎える。日本はこれからどうする。アメリカベッタリはもはやありえぬ。かといって背後には中国やロシアという(民主主義など意に介しない)専制国家が控えている。『前門の虎,後門の狼」だ。気が付けば少子高齢化が急速に進み人口減少、経済規模が縮小し、かつての世界第2位の経済大国もGDPで中国、ドイツに抜かれて第4位に。やがてインドやイギリスやインドネシアに抜かれて7位に転落しそうな勢いだ。軍事大国ではないし、もはや経済大国でもなくなりつつある日本。国家としての国際的な発言力、影響力の低下も避けられない。歴史を振り返れば、日本はどこともベッタリせず独自の道を歩んできた。「中国ベッタリ」(朝貢冊封体制)からは8世紀には脱した。「アメリカベッタリ」は20世紀後半のことだ。これも(否応無しに)脱する時期が来た。国家レベルの外交関係とは別に民間レベルでの近所付き合いはこれからますます重要になる。これからはアジアの国々やヨーロッパ、アフリカの国々、中南米の国々ともうまくやって行けるだろう。「アメリカか中国か」という二択の罠に陥らないよう第三、第四の選択肢を用意しておくことだ。民主主義、法の支配、自由貿易という普遍的価値観を共有する仲間作りを主導するのは日本の役割だ。だからといって中国やアメリカと仲違いするというわけはない。多くの友人や仲間、家族がいる国だ。大国の狭間で生きる国の運命だが、別に鎖国する必要はないが、大国のせめぎあいから距離を置く。争いに関わらない。どっちつかずでぬらぬらする。それは勇ましいことでもカッコイイことでもないだろうが、したたかにその狭間で生きてゆくのだ。