童謡の世界で刷り込まれた日本人の原風景。
「村の鎮守の神様の
今日はめでたい御祭日
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
朝から聞こえる笛太鼓」
東京と大阪を新幹線で往復する道すがら、車窓を流れる田園風景の中に、こうした「鎮守の森」を発見する。とくに米原と京都の間の近江地方の田園、里山にこのようなこんもりとした森と鳥居を多く見ることが出来る。
最近は里山の破壊が問題になっている。里山はその昔には、村人の生活に必要な薪や落ち葉、キノコなど自然の恵みを生み出してくれる共有の場所(入会地)であった。しかし、エネルギー源としての薪に頼る時代ではなくなり、その経済的な価値が薄れると、徐々に里山が放置され、荒れ果て、やがては開発の波にのまれて消えてゆく道をたどりつつある。
しかし、一方このような「鎮守の森」は信仰の場であることもあり、むやみに破壊してはいけない(バチが当たる、祟りがある)という抑制が働くのであろうか。東京や大阪のような都会のビルの谷間にも突然鳥居とお社が残されていることがある。こうして、田舎ヘ行けば行く程、田んぼの中に木立が残されている光景を目にすることが出来る。そこに日本人の信仰が引き継がれ、古代から今日にまで続く土地の人々の信仰と祭りの軌跡がまさに時空を超えて存在し続けていることに感動を覚える。
ところで「鎮守の森」というのは、Wikiによると、「かつては神社を囲むようにして、必ず存在した森林のことで杜の字をあてることも多い。」と説明している。神社を遠景から見ると、たいていはこんもりとした森があり、その一端に鳥居がある。鳥居から森林の内部に向けて参道があり、突き当たりに境内や本殿が設けられている。森林の中央部が位置するようになっていて、森の深い方に向かって礼拝をする形になっている。鎮守の森は里山と並んで日本の原風景である。
現在の、神社神道(じんじゃしんとう)の神体(しんたい)は本殿や拝殿などの、注連縄の張られた「社」(やしろ)に鎮座ましましており、それを囲むものが鎮守の森であると理解されているが、本来の神道の源流である古神道(こしんとう)には、神籬(ひもろぎ)・磐座(いわくら)信仰があり、森林や森林に覆われた土地、山岳(霊峰富士など)・巨石や海や河川(岩礁や滝など特徴的な場所)など自然そのものが信仰の対象になっている。
神社神道の神社も、もともとはこのような神域(しんいき)や、常世(とこよ)と現世(うつしよ)の端境と考えられたエリア、神籬や磐座のある場所に建立されたものがほとんどで、境内に神体としての神木や霊石なども見ることができる。そして古神道そのままに、奈良県の三輪山を信仰する大神神社のように山そのものが御神体、神霊の依り代とされる神社は今日でも各地に見られ、なかには本殿や拝殿さえ存在しない神社もあり、森林やその丘を神体としているものなどがあり、日本の自然崇拝・精霊崇拝でもある古神道の姿を今に伝えている。
神道は仏教伝来以降の神仏混合や、天皇制による公地公民制の国家樹立の為に伊勢神宮を神の頂点にに位置づける動きや、さらには明治以降の国家神道の考え方に基づく廃仏毀釈、神仏分離、神社統合により、日本の土地に根ざした古神道の姿が見えにくくなってしまった。農耕を中心とした村、クニの守り神としての神道、産土神とか鎮守神とかいった土地に根ざした信仰、あるいは信仰以前の風習が、様々に変容してしまった為に、原始自然崇拝、精霊信仰としての神道がどのようなものであったのかわかりにくくなっている。
このような神道の基本は縄文時代以来の自然崇拝、精霊崇拝であり、一木一草に神が宿る、八百万の神々といった多神教的な信仰である。そこには宗教的な教義や「教え」を記す書(仏典、聖書、コーランのような)はなく、一神教的なカリスマ指導者(仏陀、キリスト、ムハンマドのような)もいない。このような自然崇拝、精霊信仰は決して珍しくない(ケルト、ネイティブアメリカン等)が、それが形を変えつつも神道という宗教として現代まで続いているのは珍しいという。
今、世に名高い神社や、由緒正しき官幣社など、明治維新後に格付けされた神社以外に、日本の各地にかろうじて残っている「鎮守の森」を訪ねると、こうした古神道の姿が時空を超えて蘇って来るような気がする。
下記の写真は奈良県橿原市の本薬師寺跡近くの「鎮守の森」だ。見渡せば畝傍山や遠く金剛、葛城の峰峰、東山中の山並みに囲まれたヤマト国中。田植えを終えたのどかな田園地帯の真ん中に、こんもりとした、しかし小さな木立が残る。「春日神社」の石柱。木立の中には石造りの鳥居と狛犬二体。石灯籠二本。土塀に囲まれた小さなお社の前面に木造の拝殿が立っている。拝殿には奉納された絵馬がいくつか掲げられている。昭和8年建立と記されているから、比較的最近の再建だ。おそらくこの森は古代から守られ残されて来た神域なのだろう。そこに代々の農耕にいそしむ村人が代々、祠や社を建てて村の繁栄と安全と豊作を祈り続けたのだろう。
農耕の民として自然を敬い畏れる、祖先を敬い、村落共同体の守り神を崇拝する、そのような原始宗教の祈りの場が今に伝えられていることを目の当たりにして、あらためて心が熱くなる。「鎮守の森」こそ、古代へワープする時空トラベルの入口だったのだ。
身近な森の歩き方―鎮守の森探訪ガイド 価格:¥ 1,554(税込) 発売日:2003-05 |