この季節、藤があちこちで満開。美しい。東京下町の亀戸天神社は藤棚が境内所狭しと並ぶ景勝地。ふつう天神さまといえば梅の花だが、ここは江戸時代から藤の名所でもある。太鼓橋から、池の周りから、見事に枝垂れる藤棚を眺めるとこの季節の風を感じることができる。ここの藤は江戸時代から続く藤の子孫だそうだ。戦災で亀戸天神は消失し、藤棚も大きな被害を受けたが、そのなかから不死鳥のように芽を吹いて、再び命を繋いだ藤を育ててきたという。
連休初日ともあって、境内は人でごった返す。つくづく東京はどこへ行っても人が多い。まして「名所」などと言われると、昔から江戸っ子は押しかけざるを得ない性質を持っているようだ。太鼓橋の上からは藤棚が一望に見渡せるて眺めが良い。しかし、せまい境内と人の多さは東京という町の縮図だ。亀戸天神名物の船橋屋の葛餅も、店の前は求める人が長蛇の列。「江戸っ子」、いや「東京人」、いや「全国から集まってきて現在東京に住んでいる人」は行列に極めて弱い。並んでりゃ、とりあえず並んでみる。並んでから「この先何があるんですか?」なんて聞いてる人がいる。行列が出来なきゃ「名所」でも「名物」でもないんだ。
「とうりゃんせ、とうりゃんせ、天神さまの細道にゃ人がいっぱい!」
この天満宮は別名、東宰府天満宮という。すなわち東の太宰府天満宮だ。菅原道真公の末裔が、筑前大宰府から正保年間(1640年)に江戸に天神さまを勧請して開いたのが起源という。境内には大宰府天満宮にならって赤い太鼓橋が配置されていおり、江戸時代の浮世絵にも亀戸のシンボルとして登場する。そして大宰府からもたらされた飛梅の子孫が植えられている。
ちなみに、東京のもう一つの天神社、湯島天神は、雄略天皇による創建といわれる社に、南北朝時代になって、地元住民寄りあって、天神さまを勧請して合祀したのが始まりだそうだ。天神さまは庶民の人気ヒーローなんだ。
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歌川広重
「名所江戸百景」の亀戸天神境内 |
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拝殿前はぎっしりで身動きが取れない
太鼓橋の上からの境内の眺め |
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なんか不思議な位置から藤棚を見下ろす形 |
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亀戸天神の新風景
こっちの「名所」も「行列ができる名所」だ |
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太宰府天満宮に倣って太鼓橋が |
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やはり美しい |
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白藤もまた良いものだ |
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善男善女の人の群れ |