今回は、先日の東大駒場博物館のウィリアム・ホガース展に続いて、慶応ミュージアム・コモンの「さすが北斎!やるな国芳!」〜浮世絵のマテリアリティー〜へ行ってきた。このところ大学ミュージアム巡りが続いている。しかも、イギリスの風刺画、銅版画、日本の浮世絵、木版画と、時代を映し出す、どちらも版画作品の展覧会である。18世紀ロンドンと19世紀江戸という「時空」の違いはあれ、アートとしてだけではなく、世相を映し出す情報メディアとしての版画が、これほど現代人に過去の世界へとタイムスリップさせる力を持っていることに驚く。そして、イギリス人がジョークとウィットで、日本人がマンガとアニメで、世の中を表現してきた伝統の眼差しを見る思いがする。また、こうした企画展を通して大学が限られた人のための教育の場、研究の場であるだけでなく、広く市民に開放された社会の器として、公開され始めたのは歓迎すべきことだ。また、都市が、再開発とやらで、景観や地域コミュニティーの破壊と混乱が繰り返されるなか、大学が伝統的でアカデミックな一角を持続可能な空間として保持し、歴史的な建築群を今に残し、知の殿堂としての矜持を守り続けていることにも感動を覚えた。今回、日本を代表する2つの大学のキャンパスを巡る、まさに「時空トラベラー」にとって、都会に残された貴重な聖地巡礼であったと言っても過言ではない。大学は文化の守り手であり、知的創造の担い手なのだから。
慶應義塾ミュージアム・コモンとは?
その理念をウェッブサイトから引用する。「慶應義塾ミュージアム・コモンズ(ケムコ:KeMCo)は、「コモンズ」「コモン・ルーム」として機能する、慶應義塾の新しい大学ミュージアムです。 「コモンズ」とは、公有/所有の枠組の外にあり、コミュニティ全体で守り活用する入会地あるいは空き地のことを指します。一方、大学には、学生・教員・職員・卒業生など、アカデミック・コミュニティのメンバーが交流する場所として「コモン・ルーム(Common Room)」が伝統的に設けられてきました。慶應義塾では、「萬来舎」がその役割を果たしています。KeMCoは、大学に蓄積されたさまざまな文化財が出会い、交流し、デジタル空間を通じてグローバル・ネットワークに接続する場です。 そして、大学にかかわるあらゆるコミュニティが、文化財を基点として交流する場です。」
このように、コモンズ:commons」は公開空地、入会地のことで、イギリスには伝統的に田舎であれ都会であれ、人々が自由に出入りし、利用できるコモンがある。これは、もともとは王侯貴族や領主が囲い込んだ土地(領地)に対して生まれた概念。その思想が共有された場として、イギリスの大学(College)やPublic Scoolには、必ずCommon Roomがあって、学生や教員が自由に集う場所となっている。ここでの会話や「知の交流」が人格形成に非常に重要であり、これがイギリスの大学の伝統である。イギリスのコモン・ロー:Common Lawに象徴される「共通善」「共通の利益」はこの「コモン」概念が起源になっている。福沢諭吉と慶應義塾は、こうしたイギリス流カレッジやパブリックスクールの教育理念を継承しているようだ。
慶応義塾ミュージアム・コモンは元々は早稲田にあったセンチュリー・ミュージアムが移転して開設されたものだそうだ。今回の展示は、慶應義塾大学が所有する高橋誠一郎浮世絵コレクションを公開したもの。高橋誠一郎は理財科、経済学部の教授で重商主義の研究者であった。また浮世絵の収集家、研究者としてもその名が知られている。コレクションの中から、北斎と国芳という人気の作家を選び、展示作品数は少ないものの、まさに「さすが北斎!」「やるな国芳!」と喝采したくなるような濃い作品ばかりである。最後には鑑賞者が、二人の筆力を評価してどちらが好きかをデジタル投票する企画もある。東大駒場のホガース展が、ポストイットで作品と対話できるよう工夫されていたのだが、慶応の場合は、学生のプロデュースで、作品鑑賞後に展示されていた北斎、国芳の好きなポストカードを選び、AIを使って自分なりのリデザインを試みる企画が用意されている。北斎の大胆な空間・時間処理、国芳の奇想天外かつ本音の人間描写に、自分ならどう手を入れて自分だけの作品にしてみるか、というこれまた破天荒なアイデアに思わず唸ってしまった。見るだけではなくお遊び感覚で作品をいじって楽しめる。まさに文化財を基点として誰でも参加できるコモンという名にふさわしい企画だと感じた。
今回の展示では、北斎の超現実的な造形世界、国芳の江戸っ子好みのおもしろ絵画世界に焦点を当てたが、この他にこれまで紹介されてこなかった新人絵師たちの画稿、下絵資料が特設コーナーに展示されている。当時の若い絵師たちのデッサン力の卓越を見ることができる。原画の劣化を防ぐために、照明を落としたほの暗い会場での鑑賞であるが、当時の江戸庶民の長屋でのアベイラブル・ライトはこの程度のものであったろう。現代的な照明のもとで鑑賞することを避けた展示であることは好ましい。ちなみに写真撮影は禁じられている。
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東別館ビル 慶應義塾ミュージアム・コモン |
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ミュージアム・コモン入り口 |
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最後は人気投票! |
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北斎の富嶽図に勝手に手を入れたらこうなりました! |
慶應義塾大学三田キャンパス散歩
そして、慶応といえばあの赤レンガの八角塔の図書館旧館である。改めて見ると壮麗なゴシック建築で、赤レンガと花崗岩の建物がひときわ青空に映える。官学に対抗する私学アカデミズムの象徴にふさわしい建物である。現在は「福沢諭吉記念 慶応義塾史展示館」となっている。八角塔には洒落たカフェもあり、芳醇な香りのコーヒーを楽しめ雰囲気が良い。国の重要文化財である。明治45年(1912年)に、慶應義塾創立50周年記念の寄付で完成した。設計は曽禰達蔵、中條誠一郎のゴシック様式建築の傑作だ。
慶応を代表するもう一つの建物が、三田演説館である。明治8年(1875年)の竣工で。いわゆる擬洋風建築である。現在はキャンパスの南西に移設されているが、創建当初は図書館近くにあったという。国の重要文化財で、現在は立ち入りができない。
他にも事務棟とも言うべき塾監局ビルがある。大正15年(1926年)の竣工で、こちらも曽禰・中條事務所の設計である。
三田キャンパスは、経済学部、法学部、商学部、文学部と法文系大学院がある。いわゆる文科系キャンパスである。図書館が象徴的かつ重要なキャンパスのセンターのポジションとになっていることは言うまでもない。ところで三田キャンパスは、東門から入っても、正門から入っても、また西門から入っても坂や階段を登らねばならない。そう、キャンパスは、まさに高台にあることに気づかされる。いまや都心のビル街に埋没してしまい、ここがそういう高低差のある世界であることになかなか気づきにくいが、たしかに慶応三田は「丘の上」の学舎である。
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東館・東門 |
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東門からの八角塔の展望 |
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幻の門 旧正門だとか |
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ステンドグラス 武士が西洋の知性の女神を迎えるシーン |
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「Calamvs Gladio Fortior」(「ペンは剣よりも強し」の意のラテン語) |
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ホール |
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階段室 |
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三田演説館 |
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南校舎・正門 |
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塾監局 |
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キャンパス内 |
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ケンブリッジやオックスフォードの町並みを彷彿とさせる景観だ |
福沢諭吉記念 慶應義塾史展示館
「自我作古:われよりいにしえをなす」 この歴史は近代日本の格闘そのものです。パンフレットの表紙にはこう記されている。福沢諭吉と慶應義塾の歩みを展示している。
今回の発見の一つは、東京以外にも慶應義塾があったこと。明治期には大阪、京都、徳島に分校が設立されていた。しかし、様々な事情でどれも一年ほどで閉鎖された。この頃の学校は、個人の志とそれに共感する同志、パトロンによって創立されている。世代が変わるなどその関係が壊れると学校も閉鎖に追い込まれるという歴史を知ることもできた。その他にも、郷里の中津を始め、福沢諭吉が携わった学校が全国にあったことを知った。
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ホール 右手にカフェがある |
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福沢諭吉書 修身要領
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サンフランシスコの写真館での少女との写真 |
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「西洋事情」初版 |
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ジョン・スチュアート・ミル「功利主義」の原書 福沢の書き込みが最も多いといわれる |
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「学問のすゝめ」 |
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福沢諭吉 慶應義塾が関わった全国の学校 |
(撮影機材:Nikon Z8 + Nikkor Z 24-120/4、超広角はLeica M11 + Tri Elmar-M 16-18-21/4)