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| 小泉八雲・セツ夫人 |
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| トミー・バストウ(ヘブン役)、高石あかり(とき役)、ふじきみつ彦(脚本) 「NHKステラ」より |
NHKの朝ドラ『ばけばけ』が、本日3月27日に最終話を迎えた。
最初、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の事績を追ったストーリー展開を期待していた私には、大きく違った内容となり、終始期待がはずれたドラマであった。ハーンの多彩な著作も『Glimpses of Unfamiliar Japan』と『KWAIDAN』しか登場しないし、史実と異なる展開もあり、実際には1年しかいなかった松江時代のエピソードがあまりにも長く、端折られた時間(神戸時代)や、ハーンに様々な影響を与えた重要人物(西田千太郎、エリザベス・ビズランド以外の、チェンバレンやメイソン、マクドナルド、大谷繞石、焼津の音吉、帝大での研究者や彼の教え子たちなど等々)にも触れられることがないまま終わった。脚本家はそんな「小泉八雲伝」や「歴史ドラマ」を意図していないこと認識させられる結果となった。しかし、「期待外れ」と言いながらなぜか毎日欠かさず視聴している自分がいた。見逃し配信もNHK ONEで観た。終わってみると、何か「読後感のさわやかさ」というか、「ニヤリとする」ウィットというか、「思わず涙する」切なさというか、取り止めのないエピソードにも良い意味で期待を裏切られた感じがする作品であった。朝ドラに相応しく一日の始まりに活力を与えてくれた。あの主題歌は、今の世相とあの時代を重ね合わせていて心に刺さる。何よりもヒロインはじめ多彩な登場人物がどれも魅力的で素晴らしいし、ベテラン、若手俳優の演技力に感動した。このドラマが才能ある新人俳優がデビューする場となったとも感じた。これほど毎日楽しみに見た朝ドラも久しぶりだ。これは文豪「小泉八雲の回顧録」ではない。小泉せつ夫人の、本当は波乱に満ちた人生なのだが、何気ない日常を描いた「ホームドラマ」なのだ。悔しいが、しばらくは『ばけばけ』ロスに苛まれそうだ。
さはさりながら、言うまでもないことであるが、ハーンは作家として、帝大英文科教師として数多くの著作そして書簡を残している。その交友関係も、喧嘩別れした人物も多かったが、日本国内外の広範囲に渡っており、それにまつわるドラマもすごく魅力的なのだ。さらに彼の死後に発表された評論など関連著作、伝記、書簡集も多く刊行されている。それ等が、このドラマではあまり触れられず描かれていないことは不満ではある。セツ夫人が主人公なので致し方ないのだろう。また別の企画でその物語をドラマ仕立てで観てみたいものだ。
私はラフカディオ・ハーン(小泉八雲)ファンである。そのきっかけは、なんと言っても、学生時代に初めて訪れた出雲松江の街の佇まいが、小泉八雲の著作に情感豊かに描かれた松江の朝、松江大橋と人々の下駄の音、コメをつく杵の音などの情景描写とピッタリと重なったことであった。ハーンのファーストインプレッションが自分のそれとがシンクロしたと感じた。それから何年も経った後のロンドンやニューヨークでの生活の中で、ハーンを求めて古書店を巡り、彼の古書を買い集めたものだ。彼はロンドンやニューヨークには住まなかったが、古書店では人々のハーンへの思い入れを肌で感じることができた。ハーンはそこにいた。その後日本に帰り、神保町でも古書店巡りに勤しんだ。松江の小泉八雲旧邸にも二度ほど出かけた。杵築の社(出雲大社)にもその足跡を辿ってみた。ハーンの人生には多くのストーリーがある。それにまつわる多くの著作がある。バジル・ホール・チェンバレンとの交友関係や論争、野口米次郎のハーン弁護の評論、エリザベス・ビズランドの『ハーン全集』刊行と小泉家への支援、帝大時代の教え子たちによる『英文学史講義録』刊行など、この機会に「よきパパさん」の「文豪」「ジャパノロジスト」として事績を、今更ではあるが、振り返っていただければと思い、以下に以前のブログを掲載させていただいた。

