次々と「喫茶店」が街から消えてゆく。最近、ご近所の最後の安らぎの場であった「昭和な」喫茶店が閉店した。高齢のご婦人とその娘さんが二人でやっていて、丁寧に入れてくれるコーヒーの香りが心に染み渡ってよかったのに。ふう〜と落ち着ける場所だったのに。これでこの界隈に喫茶店というものがなくなってしまった。いわゆる「再開発」で取り壊されるのだ。伊豆下田に行くと必ず寄っていた、高齢の夫婦がやっていた小さな落ち着いた喫茶店。これも「長らくお世話になりました」の張り紙を残して閉店した。だいたい熟達のマスターや家族でやっている店から消えてゆく。残るのは全国チェーンの(ネットでリクルートしたバイトがやっている)コーヒーチェーン店ばかり。マニュアルで「仕事」する画一性が安らぎを生んでいると言えるのだろうか。
学生時代にあった「歌声喫茶」や「ジャズ喫茶」「フォーク喫茶」などはもう語り種。ただ福岡天神のフォーク喫茶「照和」はレジェンドらしくまだ頑張っている。灰皿完備「喫煙当たり前」の煙もうもうの喫茶店も、「禁煙室」を設けて無駄な抵抗していたが遂に落城したようだ。大阪のなんばでガンバってたあのマスターも年だったからなあ。初任地の姫路の商店街の喫茶店。「モカ」って言ったかな。毎朝通勤時に、独身寮からここに寄ってコーヒー、トースト、ゆで卵のモーニングセット食って会社に行った。まだあるのかな。おデートした銀座の「和蘭豆」は健在だ。今も時々行く。あちこちに思い出の詰まった喫茶店があった。やがて「喫茶店」という言葉も「カフェー」という言葉と共に消えゆくのだろう。消えてゆくからノスタルジックなのか。
神保町のレジェンド「さぼうる」。こちらは観光スポットになっていて入店には行列待ちを覚悟すべし。ふらりとは入れない。それもなんか寂しい。神保町に行くとまだ老舗の喫茶店があちこち健在だ。本との相性が良いのだろう。頑張って欲しい。我々も懐かしむだけでなくもっと行かなくちゃ。
学生時代に通った九大正門前の「プランタン」跡。「学生街の喫茶店」。喫茶店はとうの昔に廃業したが、店とそのファサードはそのままで今も残っている。「純喫茶」(懐かしい!)「プランタン」のロゴが50年の風雪に耐えているのが愛おしい。これを発見した時、思わず「ありがとう」と手を合わせてしまった。時空を超えた奇跡だ。可愛いウェイトレスの娘がいたなあ。私がコーヒー頼むとヴィヴァルディーの「調和の幻想」をかけてくれた。元気かな。おばあちゃんになってるんだろうな。私もおじいちゃん。大学そのものが移転してしまい無くなったのに、正門前の喫茶店だけが残っている。なんとも切ない
伊豆下田の「邪宗門」。下田で唯一残る喫茶店。よく見ると「珈琲店」とある。私が勝手に喫茶店に分類してるだけなのか。ウインナコーヒーが名物。赤い郵便ポスト中心にアンティークなものが店内あちこちに飾られ、骨董品店に居る気分だ。観光客にも人気だが地元の人の交流の場になっている。タクシーでやってきた車椅子のおばあちゃんが、運転手さんと店員さんの手伝いでお店の定位置に収まり、コーヒーを飲んでいる。そんな喫茶店。
大森の老舗喫茶店「ルアン」。2階席もあってスペースがあり入りやすい地元志向の喫茶店。中高年世代の憩いの場は大森駅界隈ではここだけになってしまった。
福岡天神の伝説のフォーク喫茶「照和」。海援隊、チューリップ、甲斐バンドなどを生み出した。今も西鉄福岡(天神)駅ターミナルビル前の同じ場所で、同じ佇まいで営業中。周りは再開発ですっかり様相が変わったのに奇跡的!地下の小さなスペースにステージもあり、今でも多くの新人がここからデビュー目指してライヴをやっている。芸能人、歌手、音楽家を多く生み出している福岡という街を、ある意味象徴する喫茶店だ。




