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2010年11月14日日曜日

女人高野室生寺 紅葉始まる




 


























高野山の紅葉を愛でたばかりだが、女人高野室生寺へ足を伸ばした。紅葉が見頃になったという。

 近鉄大阪上本町から急行で約一時間。室生口大野でバスに乗り継ぎ15分程で到着する。ただしバスは一時間に二本しかない。しかし,不思議なものでそれでもあんまり不便を感じることがない。だいたい急行の到着時間に連動しているようだし、石楠花の季節や、紅葉の季節には臨時バスも出て、それなりの対応がなされている。何より流れている時間がゆったりしていて、一時間に一本でも,二本でもそれなりに生活が回るようになっている。不思議なものだ。都会のように5分ごとに電車がやってくる便利さが、むしろ生活を忙しくしているのだろう。

 ちなみに奈良県内でバスを運行する奈良交通という会社はこのような閑散路線を多く抱えている。有名なのは日本一長い路線バス。奈良県の大和八木から、十津川村を経由して和歌山県の新宮まで走る路線を運営している。地域サービスの維持と収益確保に苦労していると思うが,観光客向けのサービスはきめ細かい。なにより運転手さんや補助の車掌さん(?)も気さくで,親切だ。

 バスは美しく黄色や赤に彩られた山肌を観ながら渓谷沿いを進み、深山幽谷の地室生寺に着く。室生寺は太古の室生火山群により形成された室生山の山麓に開かれた。このような神秘的な山と渓谷に囲まれたステージは、日本古来の神々のおわします磐座,神籠のイメージに近い神聖な場所。このような所に興福寺の高僧により、奈良時代後期から平安初期に開山された。本家高野山が厳しい女人禁制をとっていたため、女性でも参詣出来る真言道場として開かれ、女人高野と呼ばれるようになったという。
 室生寺はその昔は、東の長楽寺,西の大野寺,北の丈六寺、南の仏隆寺を四門と呼び,この内を聖域としていた。参詣者はそれぞれの門から峻険な山を越え、渓谷を渡り、この室生寺へたどり着いた。今でもこれらの寺から室生寺に至る道は険しい山岳道だ。昔の人々の信仰への熱意,特に女性がこの険しい道のりを越えてこの地へはるばる参詣したことを考えると,この地の持つ引力の強さを感じざるを得ない。

 平安初期の建築である金堂の御本尊、一木造りの釈迦如来立像と、同じく一木造りの十一面観音菩薩が華麗で洗練された趣を持っている(国宝。室生寺のHPから引用)。金堂の諸仏は外陣から立ったまま拝観するのだが、この位置だとちょうど梁が釈迦如来の御尊顔を隠す形になっていてる。それでみんなしゃがみ込んで下からお顔を拝見する。少し残念だが、そもそも立ったままというのが間違ってるのだろう。

 しかし狭い金堂内に所狭しと並ぶ諸仏の佇まいは、このような深山幽谷の地に極楽浄土を見るような気がする。特にこの十一面観音立像は女性の信仰を集める優しい仏様だ。もう少し時代が下った平安中期以降に阿弥陀信仰が盛んになったとき、貴族がこぞって立てた阿弥陀堂の原型を見るようでもある。

 平成の台風で倒壊した後に再建された五重塔,これも平安初期の建築である。鎌倉期の建築である權頂堂をみてさらに奥の院までは石段を300段程登る。多くの観光客は、この急峻な石段を見て,奥の院へ登るのを諦めてしまうが,奥の院からの室生の里の眺めも捨てがたい。それに奥の院の御朱印はもちろんここでしか頂けない。それでもオジイちゃんオバアちゃんが手すりにつかまりながら,杖をつきながら,この石段を上ってゆく姿に元気をもらう。関西のお年寄りは元気!

 それにしても紅葉が美しいこと。石楠花で有名な鎧坂の辺りはから上はそれほど紅葉していない。權頂堂の前のもみじが紅葉するととても画になるのだがまだチト早い。山門周辺の銀杏と紅葉の赤と黄色のコントラストが際立っている。また,室生寺へ至る渓谷沿いの紅葉が素晴らしい。バスに乗ってると、オバアちゃん達が「みてみて、きれいやわあ」「うわー、すばらしわあ」と歓声あげてワアワアと盛り上がっている。気取らず素で室生寺への旅路を楽しんでる乗客と,ホントにきれいな景色にこちらも楽しくなってしまう。

 室生寺の入口の橋のたもとに橋本屋という旅館がある、今はもう旅館はやってないそうだが、自慢の山菜懐石料理を出してくれる。座敷の窓から赤い橋を見ながら昼食。なかなか美味しい。ここは写真家の土門拳が室生寺の諸仏の写真を撮り続ける為に定宿としたことでも有名。部屋には土門拳の撮った十一面観音の写真が飾られている。

 帰りは東海道自然歩道を歩いて室生口大野駅まで帰った。全行程1時間程で、室生寺からはしばらく上り坂が続き、栢野森峠を越えるとあとは、だらだらとした下りが続く。よく整備された石畳の道であるが,これが意外に歩きにくい。地中から湧き出る水と苔で滑りやすく,杖が必要だ。途中で拾った木の枝で杖にした。杉木立の中を延々と歩くので森林浴になるが眺望はきかない。かえってバスが走る道路沿いの方が渓谷に沿って歩くので景色が良いし,歩道も整備されているのでいいかもしれない。疲れたら,途中で走ってくるバスに手を挙げて乗せてもらうことも出来る。

 杉木立を抜けると自動車道路に出る。ススキを見ながら少し歩くと,大きな磨崖仏が渓谷の水の流れの向うにおわします。銀杏の黄色に彩られた大野寺の磨崖仏を拝ませていただき、室生口大野から帰途についた。

2010年11月10日水曜日

高野山 レジェンドの地に紅葉を愛でる








 秋の休日、連れ合いと初めて高野山へ行った。

大阪難波から南海電車の特急「こうや」で1時間半ほどで極楽橋へ。なかな快適な電車だ。途中橋本からは勾配を登る山岳ルート。曲がりくねった渓谷沿いをくねくねといくつかのトンネルをくぐりながら登ってゆく電車。なんとなく箱根登山鉄道に似ている。極楽橋駅は標高514m地点だ。途中、九度山を通過。ここはあの真田昌幸、幸村親子が家康によって幽閉されていた所。

極楽橋でケーブルカーに乗り換え山上の高野山駅へ。5分程で到着する。この駅は歴史ある木造駅舎。しかし,残念ながら慌ただしく山上バスに乗り換える為,ゆっくりと鑑賞する時間がない。バス専用道路と乗降広場だけで回りに見るべき所もなさそうだ。
電車、ケーブルカー、専用バスという乗り継ぎルートは信貴山朝護孫子寺への行程と似ている。山岳宗教都市への交通は何処もおなじようだ。

さて、山頂はにぎやかな宗教都市の感。それにしても道路は車の列で埋まっている。動かない。歩くのが一番。
山上バスは女人堂から金剛峰寺、根本大塔、大門へ行くか、奥の院へ行く2ルートで運行している。普段は一時間に1〜2本程度だが,この時期は臨時バスがピストン輸送しているので便利だ。

お山は里より一足先に紅葉が始まっている。杉の古木に囲まれて金堂や根本大塔、西塔などの数多くの堂宇が立ち並ぶ壇上伽藍,さらに奥の院辺りの黄色、紅色の紅葉が目に鮮やかだ。黄色い葉が徐々に紅く変わっていくのだろうか、ハイブリッドな紅葉が多いように思う。遍路姿の参詣客がここかしこに。南無大師編照金剛の袈裟を羽織り、金剛杖を片手に金剛峰寺に参る姿が高野山の風景を独特なものにしている。

ヨーロッパからの観光客も多い。彼等にとってもなんとエキゾチックで神秘的な聖地であることか。ちょうど我々がギリシャのデルフォイを訪ねた時に感じた霊感、東洋人である我々がオリーブの杜に包まれたデルフォイ神殿を目のあたりにして圧倒されたように、彼等も塔堂の力強さに心奪われ、高野山の一木一草に霊力を感じるはずだ。宗教の違いや人種、民族の違いを超えた「何か」を感じるはずだ。

ここでは歴史的な史跡,というだけではなく、今に生きる信仰の場である。高野山真言宗総本山、教団本部所在地であり、多くの善男善女が訪れる祈りの場である。多くの巡礼は宿坊に泊まり時間をかけて塔堂伽藍に参詣する。

高野山は真言宗の根本道場。弘法大師、空海が814年に開いた真言密教の聖地である。その後、真言宗は時代とともに分裂,集合を繰り返し、今や18宗派ありそれぞれに総本山があるそうだ。金剛峰寺は高野山真言宗の総本山。ちなみに長谷寺は真言宗豊山派の総本山である。

空海は四国は讃岐の生まれ。四国八十八ヶ所巡礼(お遍路さん)などの弘法大師信仰は空海の説く法と彼の人徳、人望によるものだ。平安初期のもう一方の天才、最澄、天台宗を開いた伝教大師とともに遣唐使として唐に学び,帰国してそれぞれに仏教の奥義を説き,互いに激しく論争した。言うまでもないが比叡山延暦寺は最澄が開いた天台宗の根本道場だ。

高野山は我が家にとっても身近な山であった。大阪に生まれ育った父にとって高野山は、学生時代の夏休みには友達と籠り勉強した思い出の地。大大阪の喧噪を離れて避暑に最適な所だけに,心静かに勉学に励めたのだろう。後の父の人生の基礎を育んだ土地と言っても過言ではない。祖母方の実家の墓所も高野山にある。こうしたことから祖母からしょっちゅう高野山の話を聞かされていた。やっとその伝説(レジェンド)の地、高野山に来れたわけだ。

空海が今も瞑想していると言われる御廟のある奥の院。その2キロに及ぶ参道の両側は広大な墓地である。徳川家が高野山を菩提寺としたこともあり、多くの江戸期の大名が墓所とした。そうでなくても秀吉や信長などの歴史上の有名人物の墓が並んでいる様子は高野山ならでは。それ以外にも多くの一般の人の墓も、そして企業の墓がユニーク。物故従業員や創業者一族を祀るものが多いが、広告塔のようでもある。ロケットを墓石にしたS・M工業の墓地が威容(異様)を誇る。ここは宗派に関係なく墓を建てることが出来るそうだ。そして高野山に墓所を構えることが一種のステータスにもなっているようだ。ここも紅葉が美しい。静けさとは無縁の人出であったが...

今回は一日駆け足で回ったが、やはり宿坊に泊まりゆっくりと過ごすべきだと感じた。今回は下見だ。また来よう。もう少し静かな時に...ゆっくりと心を無にして。